(今の人はもう帰ったのかい?)
まったく突然でした。サミュエルは、慌てて声の主を探しました。
(ごめんごめん…。驚かすつもりはなかったんだ)
軍服らしきものを身にまとった青年将校が、あどけない笑みを浮かべてすぐ近くにに立っていました。
(あなたは?)
(私もさっきまでここにいた人といっしょさ。ちょっとここを通りかかっただけだよ)
(さっきから僕、いろいろな人と出会うのだけれど…)
(それはそうさ。ここは銀河宇宙の交差点だからね)
(交差点…?)
青年将校はうなずきました。
(ここは、あらゆる人が、かならず一度は通る珍しいところなんだよ)
(ふうん…)
(ちょっと失礼するよ…)
青年将校は、サミュエルの目には見えない岩のようなものに腰掛けました。
(あなたは軍人なの?)
(むかし、そうだった)
(どんなこと、してたの?)
(決まってる。人殺しさ、それも大量のね)
(人を殺してなんとも思わなかったの?)
青年将校は、サミュエルの幾分厳しい表情を見て苦笑しました。
(実際、僕たちの時代の戦争はね、宇宙空間を行き来する船、つまり宇宙戦艦だな、これに乗って、お互いにズキュンバキュンとやるもんだから、なかなか戦争が恐ろしく、醜いものだと実感することができない。はた目には、それこそ花火をやっているくらいにしか見えないものね。まあ、人道的な見地からはともかく、現場で働かされる私たちにしてみれば、ありがたいことではあったけれど)
(恐い、と思ったことは?)
(いくらでもあるさ。もう持ち場から逃げてしまいたくなることも何度かね。でもしょうがない。僕には他に才能がなかったんだ。で、しかたなしに士官学校へ入学した訳さ。ちょうど君よりも二、三つ年がいったときにね。その後、何度も後悔したよ…)
青年将校の表情は、その言葉の背後に潜む何か暗く重いものの存在を感じさせました。青年将校はなおも語ります。
(私たちの戦争には目的なんてなかった。ただ、上から云われるままに戦場に行き、あとは、ただひたすら生きて帰ることだけを考える。今から思うに、戦争が本当に好きで好きでしかたがないっていう軍人は、一人もいなかったんじゃないかな。よく、戦争の責任を短絡的に軍人の責任と決めつける人がいるけれど、一番の被害者は、もしかしたら軍人かも知れない。もっとも、この考え方は、かなり虫が良すぎると自分でも思うけれどね)
青年将校は苦笑しました。しかし、すぐにその笑いを引っ込めてしまいました。そしてため息混じりに云いました。
(戦争はいやだね。私からいろいろなものを奪っていってしまった。何人の親友の最期をこの目で見てきたことか…、とても数える気になりやしない。みんな軍人になんかにならなければよかったんだ。ほかのもっとすばらしい才能を持ってた奴らだったのに…。戦争は、私みたいに、ほかに才能のないものだけがやればよかったんだ)
(じゃあ、なぜ、そうまでして戦争を続けるの? 嫌なら戦争そのものをやめればいいのに)
サミュエルは、本当に不思議そうに尋ねました。
(そうだね、やめればいいんだね。そうすれば誰も悲しまなくてもすむんだ。そうだよ、なんでやめなっかたんだろうね)
分からない数学の問題が、ふと解けたときの調子といった具合いで、青年将校は云いました。
(君は賢いね。最初は、そう、ちょうど君くらいの時は、みんな賢かったんだろうね。ところが大人になるに連れて、根本的なところみんな賢くなくなっていくんだ。知識が増えて行くのと反対にさ…)
青年将校はゆっくり立ち上がりました。
(さて、と…。あまりここにいてもしょうがないな。君も早くおうちへ帰るといい。私の愚痴を聞かせてすまなかったね)
音もなく歩き出したかと思うと、もうその青年将校の後ろ姿は見えなくなっていました。サミュエルは、その決して広くない頼りなさそうな背中が消え入った方をじっと見つめて立っていました。