4 北欧風の少女


 しばらくの沈黙の後、サミュエルは異変に気づきました。青い水の惑星の周りに、ある一点を中心にして、妙にたくさんの星が集まっているのです。
(あれは、なんだろう? さっき見回したときも、あんなだったかしら)
 サミュエルは目を凝らしました。
 星くずの吹きだまりように見えるそれが、実はかなりの規則性をもって並んでいるのに気付いたのは、間もなくのことです。
(…?)
 サミェエルの目には、それがひどくあたたかみのないものに思えました。もっと分かりやすく云えば、ひどく人工的なものに見えたのです。星にしてはなにかが不自然すぎるのです。まるで野原をサラサラと流れる小川に、ものものしいダムがそびえ立っている、という具合いに。
 しかし、サミュエルの注意を引き付けたものは、もっとずっと恐ろしいものでした。無数の光点の列の中央には、なにか巨大な真っ黒い鉄砲の銃身のようなものが横たわっています。そして、銃口にあたる部分は、はっきりとある目標物を捉えていました。先ほど、サミュエルが降りかけた、青白いきれいな水の惑星がそれです。

 サミュエルは、訳もなく急に恐くなりました。恐くて、恐くて、身震いが止まらなくなりました。自分の心臓に誰かの冷たい手が触れているような、嫌な感覚を覚えました。
(もしかして、まさか…)
 このときサミュエルは、完全におびえた視線をその巨大な鉄砲のようなものに注いでいました。しばらくして…。

 急激な異変は、まったく突然に起こりました。
 いままであれほど暗く静かだった銀河宇宙が、猛烈な勢いで弾けます。大量の光が、サミュエルの視力を一瞬奪い去りました。慌てて自分の両目をかばうサミュエル。
 なにが起こったのか確かめようとして、指の隙間からうっすら目を開いてのぞき込みました。エメラルド色の靄を介し、サミュエルは、その恐ろしい光景を、はっきりと視野のなかに収めていました。
 真っ黒い銃身の先っぽから、たくさんの光が、濁流となって吐き出されています。そして、その先端は大蛇のように何度かうねり、すうっと青い水の惑星の中心に、まさに今突き刺さろうとしていました。
(ああ…!)
 再び両目を手で覆ってしまいました。
 半瞬遅れて、声にならぬ多くの悲痛な叫びが、強い衝撃とともに押し寄せてきて、サミュエルの小さな身体を木の葉のように翻弄しました。

 気が付くと、サミュエルは、小惑星群のなかにいました。星の残骸に囲まれていたのです。
 あのきれいで雄大な青い水の惑星は、もうどこにもありません。サミュエルの目の前で、なにか得体の知れない人工の兵器によって、跡形もなく砕かれてしまったのです。
 あの、にぎやかな繁華街も、公園も、学校も、丘の上の天文台も、すべてが小さな、小さな、粉となって、この近くのどこかで漂っているに違いありません。形あるもののすべてが壊されてしまいました。
 それも、ごく一瞬の間に…。

 サミュエルは泣きました。
 名も知れない大勢の人々のために、まったくの未知の生命のために、サミュエルはすすり泣きました。

 どこからともなく、ヴァイオリンのような音色が風に乗って流れてきます。今にも消え入りそうな、その幻想的な調べは、サミュエルの心にしみわたって行きました。
 背後から呼びかける人の声がしました。
(なぜ、泣いてくれるの?)
 優しいカナリアのような声でした。
 サミュエルは、はっとして振り返りました。北欧風の民族衣装のをまとった一七、八歳くらいの少女が、こちらを見て寂しく微笑んでいます。
(あなたは…誰? ここの世界の人?)
 サミュエルは涙を拭いて尋ねました。
(ええ…)
(いままで、そこにあった星が、なくなっちゃったよ…)
(知っているわ。でも、こんなことは、しょっちゅう起こっているの)
(それをなんとも思わないの?)
 少女は答えませんでした。かわりに物悲しい表情で、ゆっくり天上を仰ぎ見ました。
(みんなが自然を愛し、尊び、みんなが仲良く暮らしてきたのに、なぜ、人々はあんなひどいことを平気でするようになってしまったのだろう。かつて共に夜空を見上げ、遠く銀河の星々に向かってみんながそれぞれの夢をはせていたというのに、なぜその銀河の懐で人々は惨たらしい戦争を続けるのだろう。誰がこの神秘の銀河宇宙を、あのような悲惨な戦場と化してしまったのだろう。…私には分からない…いいえ…分かりたくない…)
 少女の目から何か光るものが流れ落ちました。と同時に、少女の姿がわずかにぼやけ、宇宙の彼方へとしだいに遠ざかり始めました。
(待って、どこへいくの? 僕を一人にしないで)
 サミュエルは追いかけようとしました。優しいカナリアのような声はすぐ近くから返ってきました。
(大丈夫、ここにいる限りあなたは一人にはならないから…)
(でも…)
 薄く消えかかった少女の物憂気な表情は、遠くでかすかに微笑みました。
(むかしの人々は、もっとずっと優しかったのです。そう、ちょうどあなたの世界の大部分の人たちがそうであるように。でも、住み慣れた自分たちの惑星を飛び立ち、銀河系のすみずみまで足跡をのこしていったとき、そして、自分たちがこの宇宙でただ唯一の人類だと知ったとき、人々は変わってしまった。この広大な銀河宇宙に一人取り残されたという孤独感と、それと対をなす優越感とが、人々の心を別のものに変えていきました。人々は神へ、力による挑戦を始めてしまったのです。恐ろしい兵器をつくり、あちこちの惑星の自然を荒し回り、そして、ついには一つの星を、めちゃくちゃに破壊するまでに至った。なんて恐ろしく、悲しいことでしょう…)
 少女はなおも続けて語りました。
(私たちは、じきに滅び去ってしまう。この広大な宇宙の片隅で、誰にも看取られることなく…。あなたの世界の人々は、私たちと同じ道をたどることがないように、この果てしない広がりをもつ時空のどこかで、祈っています…)
 清水のように澄んだ声が聞こえなくなった時、それまで黙ってうなだれていたサミュエルは少女の姿が完全に見えなくなっているのに気が付きました。慌ててあとを追おうとしましたが、どうしようもありません。数歩かけだしたところでそれを諦めました。
 サミュエルはまた一人、取り残されてしまったのです。

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