再び、
「マリーさん?」
と、ターナの低い声が、給湯室に響きわたった。
「はい?」
と、嫁は、今度はすぐに返事をした。
「それ、お願いね」
ターナは、小壷と急須、茶杯の入った篭を、嫁に託した。
「はい」
と云って、嫁はうなずいた。
「今日は、何時ぐらいまで居られるの?」
と、ターナはたずねた。
「三時頃まで……」
と、嫁は答えた。
「夕方から会議があるんです」
「会議?」
姑の反芻に、嫁は、わずかに視線をそらせた。
「次の作戦の概要を決まるんです」
いよいよ、厳しい戦いが始まると、報道機関が騒いでいた。その戦陣にたつのは、嫁であり、甥である。
「あの子も出席するのですか?」
と、問うと、
「はい……」
と、嫁はうなずいた。
愚かな質問だった。
甥は、現在、国軍の事実上の総司令官を務めている。その作戦会議は、おそらく、甥が召集したものだ。
わかっている。
二人とも多忙な身なのだ。
それなのに、勤務時間の合間を縫って、きてくれているのだ。
もう二度と回復しない夫のために――
いくら身内とは云え、それは、やはり、たまらなく有り難い話だった。
口調が静かになるように努めながら、ターナは云った。
「うちの人も、最近、めっきり口数が減りました。あなたやリウスが来るのを、心待ちにしているようです。出征中は仕方ないけれど、これからも、なるべく来てやってくださいね」
「はい。もちろん……」
嫁は、今度こそ、本当に嬉しそうに笑った。
なんて、素直な娘なのだろう。これが、あの才知に富みし名将と誉れ高い才媛か?
信じられない。
嫁は支度を終えて、篭を両手に提げた。
これから、夫や甥のところへ持っていくというのである。
そんな嫁の様子をみていたターナは、まったくの思い付きで、
「ちょっとそこまで、お菓子を買ってきます」
と、云った。
「はい……」
とだけ云って、嫁はうなずいた。
唐突な言葉に、わずかに首を傾げたようだったが、それ以上は何も云わなかった。
それから、ターナは、
「お茶はぬるめにね。とくにリウスのは……。あの子、猫舌だから」
と、付け足した。
余計なことだと思った。
そんなことは、嫁の方がよく知っているに決まっている。
しかし、
「はい」
と、嫁は、今度も、はっきり、うなずいた。
「それじゃ」
と云って、給湯室を出ようとするターナを、
「お姑さま?」
と、嫁が呼び止めた。
「おいしそうなの、選んで来てくださいね」
嫁の笑顔は、少女のそれだった。
「任せておいて!」
意外にも、それは、素直に出た台詞だった。
気持ち良く云えた台詞だった。
(まだまだ、捨てたものではない)
こういう自分の顔なら、おそらく十は若くみえる。
(いつもこんな表情が保てたらいいのに……)
と、ターナは思う。