あとがき


 作品の舞台は1993年の夏です。
 冒頭にJR新宿駅の地下中央改札口が登場しますが、当時と比べれば、様相は大きく変わりました。

 私が東京に暮らしていたのは1992年から1994年までの2年間です。
 その後の10年以上を、私は仙台で過ごしております。

 時々、用事で新宿にいくことがあります。
 冒頭のシーンの現場を通り過ぎることも度々でした。
 当然、月日が経つにつれ、印象は、どんどん変わっていきました。

 この作品は、ヒロインが切符自販機の前で立ち往生するところから始まります。
 しかし、このシーンは、1993年当時の新宿駅の様子を知らないと、多少わかりにくいかもしれません。

 そもそも「切符自販機」の意味合いが変わりました。
 改札は、カードを押し当てて潜る時代です。
 切符など、よほどのことがない限り、買いません。
 切符自販機の前に長蛇の列――という時代ではなくなりました。

 実は今でも私は切符派なのですが(笑

   *

 10年前に書き起こした小説を、今になって加筆し、ネット上で公開する意味は薄いかもしれません。

 それでも、ここに掲載する気になったのは、この作品が私にとっては一つの原点であるからです。
 より具体的には、私小説への決別です。

 当初、この作品は私小説という位置付けでした。
 が、実際は、そうでもありません。

 ヒロインのモデルになった女性はおります。
 しかし、その生い立ちは、モデルになった女性の生い立ちとは似ても似つかぬものです。
 また、語り部である「僕」のモデルは私自身ですが、細部の設定は大きく異なります。
 もちろん、作中に起こった出来事などは全てフィクションです。

 要するに、私小説を書こうとして、私小説にならなかった、というのが真相でした。
 どうも私は、私小説を書くより、随筆などで自分の本当の姿を克明に晒すほうが性に合っているようです。

 いつか、実際の1993年の夏の出来事を随筆に書くかもしれません。
 おそらく、そのほうが、よほど、すっきりすることでしょう。

 実は断片的には、既に書いております。
 例えば、本サイトの『道草日記』2005年2月17日『法華堂のブランコ』が、そうです。
 そちらを御覧になれば、この作品は裏読みのしがいのある小説ということになるかもしれません。

 興味のある方は是非、そちらも御一読下さい。
 とにかく、実際の私は、本作品の「僕」とは、かなり違うことを考えていた、ということであります。

 あるいは、そう思っているのは本人だけかもしれませんが……。

――2005年4月 式部たかし
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