「失礼します」
嫁が、新しい小壷と急須とを手に、入って来た。
それをみて、すぐに反応してもおかしくはないはずだったが、ターナは嫁がお茶を汲む姿を、じっと眺めていた。
そんなターナを我にかえらせたのは、嫁の抑えた悲鳴だった。
「熱い……!」
手に熱湯をかけてしまったらしい。
夫も客も、一斉に嫁に視線を向けた。
廊下で控えていたらしい甥が、慌てて入ってき、妻の手をとった。
「大丈夫か?」
「……あ」
嫁は、慌ててこぼれ湯の始末をつけようと、台布巾を手にした。
客人の前ということもある。穴があったら入りたい気分だったろう。
それより早く。
「冷やしてきなさい、手を……」
ターナが代わりを引き受けた。
うつむき、耳まで赤く染めた妻を庇うようにして、甥は病室を出て行った。
ターナは慣れた手つきで卓上をさっと拭うと、嫁の容れかけたお茶を改めて汲んで、そっと客人にすすめた。
その動作には、みているものをほっとさせる日常の営みがあった。
「いただこう」
老人は茶杯を受け取り、その香を楽しみながら、そっとすすった。
「私は遠慮する」
夫は、ターナの目線に反応し、断った。
わかっている。完全でない義手で飲むのは厄介だ。
それで、ターナは、自分の分だけを注いだ。
しかし、形だけのことだったので、客人だけが茶杯を手にすることになった。
(お客さまだけが、お茶を飲むようなことにしては……)
と、以前のターナなら、目くじらをたてたかも知れない。
しかし、いまは違う。小さいことに気を回し過ぎては駄目なのだ。気付かない振りをすることも、一つの配慮である。
「甥御の上さんは、ずいぶん綺麗になった。そうは思わんかね?」
「ありがとうございます」
「初めて会った時は、十七。そう、甥御さんも一緒だった。あれから、およそ十年か。立派になった」
「しかし、あの通り、まだまだ危なっかしい」
夫が微笑を浮かべて云った。
「自分が彼らくらいだった頃を思うと、私は何も云えんね」
「それは私とて一緒です。よくあなたに怒鳴られました」
二人は静かに笑った。
しばらくして、甥が、ノックして入ってきた。
その手には、先ほどターナが客用にと買っておいた、お菓子の箱があった。
「さきほどは、妻が失礼を……」
甥は、お菓子の箱をそっと卓上に置き、客に一礼をすると、ターナに向かって軽くうなずいた。
ターナもうなずき返す。
「大丈夫かね? 御妻女の手は?」
と、元帥卿がたずねた。
「ええ、いま、冷やさせています」
と、甥は苦笑し、答えた。
「お大事にな」
おどけて、老人が云うと、
「はい」
と、甥は微笑で応じた。