「どうしたんだい、すみれ君?」
「本当にそう思っていらっしゃいますの?」
「え?」
すみれは大神の方に向き直り、興奮した様子で言った。
「本当にわたくしには悩みなどないと、そう思っていらっしゃいますの?」
「それは...。」
「やはり、少尉も分かって下さらなかったのね! わたくしの心を! いえ、わたくし自身を!」
意外な反応に大神は少し驚いたが、眼はずっとすみれを見据えていた。
「そもそも、『わたくしらしい』って、どういうことですの? わがままで、傲慢で、お客様の前では美しく振る舞い、そのくせ団員とは喧嘩ばかりしている、それがわたくしですか!?」
「いや、そんな風には思ってはいないよ。」
「では、どういう風に思っていらっしゃいますの?」
「いつも自分のことを『天才』と言ってるけど、裏では毎日鍛錬を欠かさない努力家。いつも喧嘩ばっかりしているように見えるけど、本当は仲間のことを想っていて、時には優しくしてくれて、そして何よりも美しい女性だと、そう思っているよ。」
「美しい...? このわたくしが美しい...?」
すみれは、自嘲的な笑みを浮かべ、手を差し出した。
「ご覧下さい、この手を...。殺して、殺して、殺して、血で真っ赤に染まっていますわ! 戦いにかまけて、夢や希望を持つこともできないこの手...。そして、それを命じているのは、少尉、あなたではありませんか!!」
大神は、黙ったまま聞いている。
「愛するあなたに命じられ、手を血に染めて...。」
「すみれ君...。」
「降魔は、確かに外見は異形の化け物です。でも、その実体は人々の怨念の集合体。怨念という形ではありますが、それでも人々の『思い』の塊なのです! それをわたくしは、命ぜられるままに、切り捨ててゆく...。」
「確かに、そうかもしれないが...。」
「降魔を切る時、いつも呪詛が聞えるのです。どうしようもない、やり場のない怒り、悲しみ、憎しみ...。わたくしは、そういった声にも耳を貸すことなく、癒すこともできず、ただ切り捨てることしかできないのです。それであの方達の気が晴れるというわけでもないのに!!」
「 ...。」
「わたくしは、殺人兵器と同じなのです。命ぜられるままに、人々の思いを踏みにじり、切り捨て、血に染まってゆく...。」
「いや、それは...。」
「少尉...。こんなわたくしでも、あなたは愛することができるのですか? この血に染まりし女を...。」
しばしの沈黙。やがて、大神はゆっくりと口を開いた。
「 ...できるよ。」
「なぜですの!? なぜそう簡単に答えることができますの!? 少尉、あなたはやはり...。」
「聞いてくれ、すみれ君。俺は決して軽い気持ちでそう言ってるんじゃない。よく考えた上での結論なんだ。」
「どういうことですの?」
「俺も、以前から気にはなっていた。降魔を切ることによって帝都の人々を守ることはできても、降魔の無念を晴らすことはできないんじゃないか、本当の解決にはなっていないんじゃないか、ってね。」
「でしたら...。」
「でも、俺達は無力だ。残念ながら、降魔の無念を晴らす方法を知らない。降魔に襲われている人々を守るだけで精一杯だ。降魔自身まで救うことはできない。」
「 ...。」
「俺達は、自分達にできることをしていくしかない。」
「それでは、結局、わたくし達の手を血で染めていくことしかできないではありませんか!!」
「でも、降魔に対する哀惜の念は持っている。そうだろう?」
「それは...。」
「降魔に対して憎しみ以外に何も感じるものがなかったら、永遠に降魔を救うことはできないだろう。でも、降魔に対して少しでも同情の念を感じているのだったら、そこから何かできるはずだ。降魔を切り捨てていきながらも、考えていればいい。彼らを救う方法を。」
「考える...。」
「人間は弱い。でも、成長することはできる。そうやって今まで進歩してきたんだ。」
「そう...ですわね。」
「だから、考えていれば、いつかは降魔を救う方法も編み出せるかもしれない。今はできなくても、いつかはできるようになるはずなんだ。」
「 ...。」
「それは、期待し過ぎかもしれない。でも、俺は信じたい。人間の可能性を。だから、今は降魔を切り捨てていく。でも、考えている。なんとかできないか、って。」
「少尉...。」
「でも、考えることがなければ結局前進はない。だから、降魔に同情の念を持ち、降魔を救うことを考えることができる、すみれ君のことを愛せる。降魔を救おうとする、その優しさがあるから、俺は君を愛せるんだ。」
「そうでしたの...。」
「本当のことを言うと、君に悩み事があるわけがないなんて言ったのも、嘘だったんだ。」
「え?」
「だって、ああでも言わないと、すみれ君からは何も話してくれそうにないし。」
「もう...少尉、おふざけが過ぎますことよ!」
「はは、すまない...。けど、すみれ君、これからは悩みがあったら何でも、俺に言ってくれていいんだよ。」
「 ...ありがとうございます、少尉...。」
すみれの目から、雫が一滴、ぽたりと手のひらに落ちた。
すみれが大神に見せる、はじめての涙だった。
<次回予告>
「あの...大神さんに、何か贈り物をしたいのですけれど...。」
「でしたら、こんなのはいかがですか?」
「あら、こちらの方が少尉のお気に召しますわよ。」
「アイリス、ぜーったいこっちの方がいいと思う!」
次回、「サクラ大戦番外編 十三色の虹 第2話 真心こめて」
愛の御旗の下に
「それで、結局何を贈れば良いのでしょうか...?」