7 おわりに


 ナウシカのネクタイ姿を想像してみる。
 やはり、紺が似合うだろうか?
 深く胸元に沈みこむワインレッドも似合うかもしれない。
 ネクタイは無地がよい。
 がちゃがちゃと刺繍の入ったものは、ナウシカ自身が嫌う気がする。

 ブラウスはどうするか?
 ブレザーは?
 スカートは?

 ネクタイを決めたら、他も色々と決めてなくてはならない。

 僕は、ナウシカのズボン姿以外に見たことがなかった。
 あれはあれで、とってもよく似合っていて美しい。

 でも、なぜか、僕は、ナウシカがネクタイを胸元に一筋垂らしている姿が見たくてしょうがない。舞踏会でのドレスも、寝室でのネグリジェも見たくないから、ネクタイ姿が見たい。
 無性に見たいのだ。
 なぜだろう?

 面白い報告がある。
 全国の進学校に通っている高校生が母体を占める某リサーチによれば、
「あなたが、今までに見た映画の中で、もっとも心に残る作品は何ですか?」
 という問いに、ダントツの一位であったのが、『風の谷のナウシカ』であるという。
 当世の煌びやかなスターたちが活躍するハリウッド映画でもなければ、馴染み深い日本人タレントが綾なす流行映画でもない。

 僕は驚かなかった。
 当時、高校生だった僕には、そのことの意味がよくわかっていた。
 そして、もちろん、このことは、決して恥じるべきことではないということも……。

 間違いなく、僕らは『風の谷のナウシカ』の世代であろう。かつて、ある世代が『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーンに魅了されたように、僕らは『風の谷のナウシカ』のナウシカに魅了されている。
 その姿形が、セル画の中にしか実在し得ないとは、かえって素敵なことではないか?

 このセル画の中の少女に、いったい、何人の少年が恋をしたことか?

 そして、少年たちは、探していたはずである。
 彼女が、もしかしたら、セル画の中から飛び出し、どこか自分の周囲にいるかもしれない、と。

 どこに?

 ――あ、いた!

 僕が、ナウシカのネクタイ姿をみたくてしょうがないのは、多分、そういうことなのだと思う。
 ナウシカというキャラクターに触れたとき、僕は、高校生だった。「ネクタイ姿」というは、何ということはない――ごく見慣れた普通の高校の制服姿であったのかもしれない。

付記

 以上は映画『風の谷のナウシカ』についての私見である。
 ここで語られたナウシカは、スクリーンのむこうで笑顔を振り撒き、涙を見せたナウシカである。

 しかし、ナウシカは一人ではない。
 漫画『風の谷のナウシカ』のナウシカである。

 いずれ、もう一人のナウシカについても、語らねばならないだろう。
 彼女は、遥か西方土鬼の地で何を見、何を考え、何を思ったのか……。

 本稿のナウシカが、あくまで、映画『風の谷のナウシカ』であることを、末尾に、改めて指摘させて頂く。

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