書談

竹内 薫 著

『物質をめぐる冒険』

 NHKブックス 2005年11月30日発行 (定価870円+税)



 ――モノからコトへ

 と、著者はいう。

 モノは物である。物質のことだ。
 物質の理(ことわり)を論じる学問が、物理学である。

 現代物理学が明らかにするところによれば、物質の本性は、モノにではなく、コトにあるという。

 モノとコトとは何が違うのか?

 コトは、モノの周辺に漂う関係である。
 あるいは環境であり、つながりである。

 例えば、人はモノである。少なくとも人体はモノである。
 その人体には様々なコトが附随する。人格であったり、社会であったり、交友関係であったり――
 だから、物質の本性がコトにあるとは、例えば、人の本性が、人体にではなく、人格や社会や交友関係にある、というようなことを意味する。

 日本語の「モノ」と「コト」との異同は興味深い。
 日本の哲学者たちの主要なテーマの一つである。日本哲学の牙城といってもよい。
 事物のモノ的な側面やコト的な側面を表すのに、日本語は優れている。

 ――モノからコトへ

 この思想を、著者は、哲学者・大森荘蔵から学んだ。友人が亡くなり、驚き、戸惑い、自分探しに没頭した学生時代のことだという。
 大森荘蔵との出会いが、本書執筆の主要な動機であることは間違いない。その出会いが、本書の冒頭で語られていることからも、よくわかる。

 本書は思想書である。哲学的で、物理学的な思想書である。
 根底を貫く思想は、

 ――モノからコトへ

 だ。物質の本性を噛み締めるには、うってつけのスローガンである。

 本書は伝統的な思想書の体裁を採ってはいない。科学解説や掌編小説などが随所に織り込まれている。
 困惑する読者もいるだろう。

 本書をモノとみたら、がっかりするかもしれない。

 本書はコトである。
 徹底的にコトであろうとしている。
 思想書というモノに附随する様々なコトに、想いをめぐらせたい。

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