1)池波正太郎著 『真田太平記』(一)〜(十二) 新潮文庫
2)井上佑美子著 『女将軍伝』 学研M文庫
3)遠藤徹著『姉飼』 角川書店
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女が主役の物語に憧れる。骨太の歴史物語である。
濡れ場があれば申し分ない。猟奇的で、倒錯的で、夢幻的なら、なおよい。
『真田太平記』は骨太の歴史物語である。戦乱を生きた真田昌幸・信幸(信之)・幸村親子と、その草の者たち(忍者集団)との物語である。
大筋は史実に基づきつつも、細部に虚構がこめられる。男女の心の機微が濃密に溶かし込まれる。
時代物を得意とする作者ならではの技巧か――
真田家の忍者集団といえば、猿飛佐助が有名である。が、本書には登場しない。
代わりに、向井佐助なる人物が登場する。それも、どちらかといえば脇役である。
物語は、向井佐助の父・佐平次が負け戦から救われるところで始まる。佐助の生まれる遥か前のことだ。
救ったのは、お江(こう)という名の女忍者である。
このお江が佳(よ)い。真田の草の者たちの頭目の一人として、真田親子の手足となって働く。
お江は歳をとらない。とってはいるが、そうはみえない。
歳をとらず、物語の全編に顔を出し、真田家のために奮闘し続ける。
主役は真田親子である。
が、お江の魅力が物語の底辺を支えている。
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お江は佳い。
が、草の者である。歴史物語の主役としては心もとない。
『女将軍伝』の主人公・秦良玉(しんりょうぎょく)は、中国正史が伝える唯一の女将軍である。
外患内憂に揺れる明末の世――秦良玉は巾幗英雄(髪飾り武人)の勇名をはせ、順天府(北京)の天子に謁見を許された。ときに五十七歳――
幼少より文武に秀でた女であった。
実父に「兄弟みな汝に及ばず」と、いわしめる。
長じて、四川の宣撫使(地方行政官、武官)に嫁ぐが、夫は獄死――幼い息子に代わり、自ら官位を継ぐ。
以来、嫁ぎ先の実権を得、実兄たちも家臣に組み込み、近隣の声望を集めるに至る。
印象深いのは、最終章の一節だ。
天子への拝謁を許されたほどの良玉であったが、余生は凄惨を極めた。
例えば、息子の妻が戦死する。姑にならって武人となった嫁であった。
息子は、その九年後に戦死する。明の簒奪者・李自成らとの戦いに敗れたのである。
死ぬ直前の息子が寄越した書簡は、
――私のことはご放念くださるように。
であった。
「それでこそ、わが子」
と良玉は誉める。息子を誉めた唯一の例だと史伝は記す。
が、作者はいう。その言葉の裏には測り知れぬ慟哭が込められていたのだ、と――
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『女将軍伝』には艶が少ない。
物語に艶は必須と思う。
『姉飼(あねかい)』は歴史物語ではない。ホラー小説である。
艶に満ちたホラーである。禍々しい背徳の艶である。
姉を飼っている男がいる。
その男の耳元で囁く者がいた。
――さぞ、いい声で鳴くんだろうねえ、君の姉は。
「姉」はヒトではない。祭の夜店で売られている。若い女体様の生き物で、体の芯を串刺しにされても息絶えない。
――ぎぃよええええいッ、びぃよええええいッ
と鳴き喚く。これを買って、部屋に連れ帰り、餌をやっては加虐することで、男は悦びを得る。
姉の生命力は強靭だ。が、加虐しぬけば、いずれ息絶える。
その骸が美しい。あまりの美しさに男は虜になる。新たな姉を求めて大枚をはたく。出口のみえぬ冥宮である。
第10回日本ホラー小説大賞受賞作である。「選考委員への挑戦か!?」と物議を醸した。
ホラーの様相は薄い。が、異形性愛の極致が峻烈である。
2005年8月、記――