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2005年5月31日 (火) |
僕が小説を書き継げたわけ |
僕が小説を書き始めた理由はわからない。
が――
なぜ小説を今日まで書き継いでこれたのかは、わかる気がする。
よく歩くからである。
僕が本格的に小説を書き始めたのは中学3年のときだった。
この年、僕は、きたる高校入試に備え、塾に通い始めた。
家から塾までバスで1時間くらい――家からバス停までは徒歩20分くらいの距離だった。
歩くと頭が活性化されるらしい。
少なくとも僕はそうだ。
お陰で色々なことを考えた。
そのうちの一つが物語だった。
物語を夢想するということは、それまでにも数限りなくやっていた。
けれど、小説の形式で具体的に書き表わそうと思ったことはなかった。
ある日、家からバス停に向かって歩いているときに、ふと思い立って、ノートに書き付けたのが、きっかけだったと思う。
いや、違うな――
本当に書き始めたのは高校1年だったか。
このときも歩きが関係している。
僕は高校まで電車で1時間以上かけて通っていた。
その前後で歩く。
例えば、駅から高校まで徒歩20分だった。
20分という時間が僕には、ちょうどいいのかもしれない。
この歩きが僕の物語欲を一層、濃厚に醸成していったように思う。
予備校時代も、よく歩いた。
下宿から予備校までの電車通学だ。
やはり、その前後で歩く。
大学に入り、歩く機会がめっきり減った。
移動は自転車がメインになった。
自転車だと、考え事をしながら、というわけにはいかない。
車にぶつかって命を失いかねない。
だから、大学に入って小説を書く量は落ちた。
少なくとも新たに生み出す物語の量は確実に落ちた。
今は、副業先に電車で通っている。
当然、前後で歩く。
物語の醸成は快調である。
歩きながら色々なことを考える。
＊
今日、大学時代に通い慣れた道を久々に歩いた。
中学や高校時代のようなノンビリした気分で、だ。
生活のことやキナ臭い問題を忘れて歩いた。
学生時代は自転車で行き来していた道だ。
そこを、今日は歩いた。
自転車に乗っていたのでは気付けないこと――風景や匂い、音など――に気付く。
ほんの20分も歩いただけだった。
なのに色々なことを考えた。
20分が2時間にも感じられた。
＊
小説家の中には、作品の構想を歩きながら練る人が多いときく。
いわれのないことではないと思う。
ただし、歩く場所は吟味するべきだろう。
本格SFの構想を練りながら、神社仏閣をめぐるのは、ちょっとキツい。
考えることは、歩く道の環境に左右される。
その方が楽しい。
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2005年5月30日 (月) |
物語の一回性 |
音楽や絵画は何回でも味わえる。
が、物語は一回しか味わえない。
これを「物語の一回性」という。
僕が勝手にいっている。
CDなどは普通、一回、聴いただけでは訳がわからない。
お気に入りのアーティストのアルバムであっても、
――なに、これ。全然じゃん。
と思ったりする。
が、繰り返し聴いているうちに、
――いい！ 凄くいい！
となる。
不思議だ。
油絵も、そうである。
レストランの壁にかかっている絵を、最初は何気なくみる。
すぐに気にとめなくなる。
が、そのレストランの常連になり、何度も何度も繰り返しみているうちに、思わず見入ってしまうことがある。
あとで、それが有名な古典絵画の模写であることがわかったりする。
ところが、物語は、そうはいかない。
基本的に一回で終わりである。物語に二回目はない。
例えば――
とある小説を読んで感動したとしよう。
いい作品に出会えたと満足している。
登場人物たちのこと、各場面の心情描写などを、あれこれと振り返っている。
が、その小説を繰り返し読むかというと、それはない。
物語を振り返ることはあっても、繰り返し読むことは稀である。
どうも物語は、音楽や絵画と違い、繰り返し味わえるものではないらしい。
一度、味わってしまったら終わりなのである。
――いや、そんなことはない！ 物語だって何度でも味わうことができる。
と主張される向きもあるだろう。
実際、そのような経験は僕にもある。
例えば、歴史の古典を僕は繰り返し味わった。
『三国志演義』や『平家物語』である。
『源氏物語』も繰り返し味わったといえるかもしれない。
が、どれも二度目以降、味は変わる。
正確には、味わい方がシフトする。
二度目以降は一度目の味わい方とは違ってくる。
一度目の味がメイン・ディッシュだとすると、二度目以降はオードブルだったりデザートだったりする。
決して、オードブルやデザートが悪いわけではない。ただ「味わい方がシフトする」のである。
音楽や絵画は別だ。
味わえば味わうほど、味にコクが出る。
一度目は明らかにオードブル――以後、少しずつメイン・ディッシュに近づいていく。
割り切れないのは芝居である。
舞台の芝居だ。
芝居とて、物語を伝える媒体である。
だから、強固に一回性を帯びても良さそうである。
が、そうではない。
同じ芝居を、繰り返し味わうことができる。
繰り返し味わうことで、何ともいえぬ情緒が出る。
ステージ上に漂う情緒である。
同じ芝居でも、映画やTVでは、それがない。強固に一回性を帯びている。
評論を書くのでもなければ、二回目などみていられない。
不思議である。
優れた俳優や脚本家の多くが芝居に入れ込んでいる。
TVドラマの誘いを蹴ってまで、芝居にのめり込む人もいる。
子供の頃は、それが不思議だった。
（TVドラマのほうが、よっぽど凄いのに……）
と思った。
このことも多分、物語の一回性と関連がある。
舞台の芝居は、物語を伝えているにも関わらず、物語の一回性からは自由である。
舞台という装置が物語の一回性を減じているのかもしれない。
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2005年5月29日 (日) |
美人について |
以前、付き合っていた女性は、
「美人って得なんだよ！」
と、しきりに主張していた。
「社会的に活躍している女の人をみてごらんよ。美人が多いでしょう？ 男の人に気に入られるからだよ。男の人は、同じくらいの実力だったら、絶対に美人のほうを可愛がるんだよ――」
そういう本人は、誰がみても美人というわけではなかったので、ひがみにきこえないわけでもない。
が、
――社会的に活躍している女性には美人が多い。
という主張は、それほどの的外れではないように思える。
――男社会で活躍している女性には男が気に入りそうな容姿の女性が多い。
といいかえれば、かなり説得力のある主張ではないか。
少なくとも、
（男の僕には何も反論できないなあ）
と思う。
要するに、
――なぜ男は、これほどまでに女性の容姿を重視するのか？
という話である。
お見合い写真を2枚みせられ、片方は美人、もう片方は美人ではないとしよう。
その場合、男はどうするか？
きっと十中八九、美人のほうとお見合いするに違いない。
ここで注意して頂きたいのは、ある男にとっての美人が、他の男にとっても美人である保証はない、ということである。
男の好みは案外、多岐にわたる。「美人」というのは所詮、人の主観が決めることだ。
少なくとも僕は、そう思っている。
特に最近は、その思いが強い。
相手が芸能人だろうと学校の同級生だろうと職場の同僚だろうと、皆が「きれい」とか「かわいい」とかいっている娘（こ）だけを愛でる男は面白みにかける。
――ええ？ ああいう顔立ちを美人と思うわけ！
と、びっくりさせてこそ、男の株が上がるというものである。
もちろん、下げることもあるが……。
男がもつ女性の容姿へのこだわりは、かくのごとく救いようがない。
――少々性格が悪くても美人なら許す！
と思っている男はゴマンといるはずである。
かくいう僕も、そうした偏向から無縁ではない。
無理難題を吹っかけられたとき、相手が美人であれば、
――まあ、いいか。
と思ってしまう。
美人ではない場合――例えば、ごついオッサン――が相手の場合は、
――しょうがねえなあ！
と思ってしまう。
どっちも、それなりの誠意で対応するつもりだが、心の奥底の微妙な揺れ具合までは自制しようがない。
もちろん、そのときの美人は「マル太基準」に基づく美人である。
客観的かつ絶対的基準に基づく美人ではない。
そんな美人など、いない。
いたとすれば、そんなものは人間ではない。
虚構の人間か、女神さまか、菩薩さま――である。
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2005年5月28日 (土) |
人が人の心を診る難しさ |
「精神科医なのに、そんなこともわからないの！」
と、いわれる。
――はい。すみません。
と謝るしかない。
たしかに、僕は精神科病院で非常勤医として働いている。
が、本業は物書きだ。
生活のために医師として働いている、というのが実態である。
しかも、僕が日頃、相手にしている患者さんは、病状が重すぎて退院できない人や、病状は軽いけれども社会的理由で退院できない人などに偏っている。
精神科医として幅広く経験を積んでいるとは、とてもいえない。
そうはならないように、普通は大学の医局に所属する。
あるいは、都市部の大病院に就職する。
僕は文筆を本業にしたい。
だから、今のところ、その選択肢はとらない。
物書きに飽きればそうするだろうが、小説を書き始めて既に20年以上がたっている。
そう簡単に飽きることはないだろう。
とにかく、僕は精神科医としては中途半端である。
それを否定するつもりはない。
とはいえ――
僕が、
「そんなこともわからないの！」
と怒られるのは、僕が精神科医としてだらしがないから……ばかりではないだろう。
僕を叱るのは大抵、非医療従事者の人である。
プロの医療従事者に怒られることは、あまりない。
医療従事者は精神科診療の限界がわかっている。
――精神科医にできる仕事なんて……、ねえ……。
という無力感は、人が人の心を診る難しさに、そのまま直結する。
――診断を下し、治療方針を決めたら、あとはできることに限りがある。
というのは、精神科医の共通認識ではないか。
結局、治療方針を決めた後にできることといえば、患者さんの話相手になることくらいなのだ。
診察室や病棟で患者さんの話相手になることは構わない。
それが仕事である。
病院の中であれば、幾つかの素朴なテクニックを駆使することもできる。
が、プライベートでは困る。
おいそれと話相手になることはできない。
家族や友人は別だ。
医師以前に一人の人間として相談にのる。
当たり前である。
ここでいっているのは、知り合って間もない人のような場合だ。
「私、心の病気なんです。○○って薬、飲んでます」
「へえ、そうなんですか？ そんなに困ってるんですか？」
「困ってますよ！ 精神科医なのに、そんなこともわからないんですか！」
わかりません、て――
診察室とかで30分はお話をきかないと……。
そういうときは知らん顔をするに限る。
公衆の面前では、特にそうだ。
もちろん、知らん顔をすれば、僕のメンツは潰れる。
――あの人、精神科医っていうけど、偽者みたいよ〜。
と、なるに違いない。
半ば当たっているだけにイヤなものだ。
けれど、そのまま医師として話相手を続けることは考えものなのである。
患者さんの心を、さらに抉ることになりかねない。
医師が病気の診断を下すべく投げかける質問は、ときに鋭いナイフとなる。
そんなナイフを公衆の面前で振りかざすのは、医師のたしなみに反する。
思わず振りかざしちゃうことは、あるけれど……。
精神科医を魔術師か何かだと思っている人もいるようだ。
精神科で働いていると自己紹介した途端に、化け物をみるような目で警戒されることがある。
魔術師は人の心を覗けるかもしれない。
が、精神科医には無理である。
「私は、しょっちゅう患者さんに騙されています」
と笑うベテラン精神科医もいる。
人が人の心を診る難しさは、もう少し知れてもいい。
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2005年5月27日 (金) |
TVやラジオの効用 |
何か嫌なことがあったときに、どうすればいいのだろうか？
どうすれば、心穏やかに過ごせるのだろうか？
――ふざけんなあ！ バカヤロー!! こらあ!!!
と一人、大声で叫んだところで、虚しいだけである。
かといって――
怒りや落ち込みを心の内にフツフツと溜め込むのも心配だ。
余計な負荷がかかって、いつか一気におかしくなってしまうかもしれない。
適度に抑制し、適度に発散するには、どうしたらいいのだろうか？
おそらく、誰かと楽しく笑い合うというのが最善の策であろう。
嫌なことを忘れて思いきり笑うことができれば理屈抜きでスッキリする。
が――
いつも、そういう相手に恵まれるとは限らない。
そういうときは結局、一人で悶々と過ごすより仕方がないのか？
次善の策として、TVやラジオがある。
面白い番組をみたり、きいたりして、憂さ晴らしをする――ブラウン管越しではあっても、誰か他の人の心と触れ合うことができるからだろうか――それなりに気晴らしになる。
TVやラジオが気晴らしになるのは、それらの番組が絶えず流されているものだからだ。
CDやDVDは、そうではない。
これらは流されているものではなく、記憶装置の中に閉じ込められ、焼き付けられているものである。
だから――
気晴らしのためにCDやDVDに手を伸ばすことは、ためらわれる。
すくなくとも僕はそうである。
CDやDVDが良質なら気晴らしになるのかもしれない。
が、「流されているもの」ではないという通念が邪魔をする。
どうしても手を伸ばすことができない。
気分が弾んでいるときは、容易に手を伸ばせるのだが……。
逆に――
大して良質とも思えないTV番組やラジオ番組に慰められることがある。
名前もきいたことがないマイナー芸人のトークに心が和むこともある。
「流されているもの」は、それが仮に軽薄で淡白なものであったとしても、常に入れ代わり立ち代わり現れてくるという点で、人の心に新風を送り込むのだろう。
新風というのは、スイッチを捻ったら何が飛び出すかわからない期待感でもある。
CDやDVDだと、こうはいかない。
お気に入りの作品であれば、なおのことだ。
繰り返し耳にし、目にしているものであれば、そこに何が記録されているかを鮮明に覚えているものである。
心に新風を送り込むというわけにはいかない。
一人暮らしを続けていると、帰宅後とりあえずTVをつける、という習慣ができるときく。
よく耳にする話である。
これも、TV番組が送り込む新風と関係があるに違いない。
夏の風呂上がりに扇風機を求めるような心境かもしれない。
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2005年5月26日 (木) |
なぜ学問はつまらないか |
高名な学者の講演は冒頭の話が最も面白い。
少なくとも、プロの研究者が相手の講演では、そうである。
先日の日本生理学会で、僕の友人が主催したシンポジウムに出席された生物学者の方の冒頭の話も、そうであった。
冒頭の話とは、以下の通り――
生命体には自己を守る仕組みが備わっている。
進化、免疫、ストレスである。
進化は遺伝子の突然変異などの累積により、数百万年単位で種を守る。
免疫は異物を排除する細胞や分子のメカニズムにより、数日単位で固体を守る。
ストレスは細胞内の特殊なタンパク質の働きなどにより、数時間単位で細胞を守る。
ここでいう「ストレス」とは細胞レベルのストレス応答のことであり、僕らが日常的に口にする「精神的ストレス」とは厳密には異質の概念である。
が、ストレスは自己を守る仕組みであって、かつ免疫や進化とは異なり、数時間単位で効いてくるという示唆は面白い。
精神的ストレスにも通じ得る着眼である。
ストレスは何かにつけて悪者にされている。
実際は、ストレスの原因（ストレッサー）が悪者なのであって、ストレス自体は生命体の自然な防御機構である。
考えてみれば当たり前の話なのだが、面白い。
含蓄がある。
他方――
この生物学者の方は、こうも述べられた。
進化は一部の個体を犠牲にしてでも種として生き残る仕組みである。
免疫は一部の細胞を犠牲にしてでも固体として生き残る仕組みである。
しかし、ストレスは細胞が細胞として生き残るための仕組みである、と――
つまり、自己を守る仕組みとしては、ストレスは普遍的で、純朴で、頼りになるものだ、と換言してもよいかもしれない。
＊
以上は、学問的に正確な話ではないので、その辺の理屈を詳細に追いかけたい方は専門書をお開き頂きたい。
僕がいいたいことは、以上のことと直接には関係がない。
学問の話である。
学問の面白さとは何か、という話である。
一般に、学問は面白くないものと思われている。
事実、下手な学問はつまらない。あれほど、つまらないものはない。
では、面白い学問とは何か？
鍵は視野の広さである。
学問を担う人間の視野の広さである。
前述の生物学者の方は、細胞レベルのストレス応答が御専門だ。
進化や免疫は御専門ではない。にもかかわらず、御講演で言及される。
並みの学者はためらう。
専門家から「的外れ」と批判されることを恐れるためだ。
そうならないように言及するのは至難の技である。
もちろん、この生物学者の方も、その辺の事情は御承知に違いない。
にもかかわらず、踏み出す。ためらわずに危険を冒す。
なぜか？
視野が広いからである。
視野が広いからこそ、「その辺の事情」が些細に感じられる。
そういう人の担う学問は面白い。
すべての人に通じ得る普遍的な意義を含む。
逆に、視野が狭い人の学問はつまらない。
例えば、いつも細胞レベルのストレス応答ばかりを考えている。
他に興味を向けない。
が、細胞レベルのストレス応答だけに関心のある同業者には面白く感じられる。
だから、話は厄介だ。
こういうのを「タコツボの学問」と呼んでいる。
僕が勝手に呼んでいる。
学問が面白くないのは、タコツボの学問が万延しているからだ。
これでは、学問は、ますます忌避される。
学生時代、ある教授が語っておられた。
――学者は、子供の足元にしゃがみこんだときは、子供にもわかるような話ができなければならない。
高名な臨床医学者であった。
海外の学会からの講演依頼が頻繁にかかる学者さんであった。
と同時に、市民医学講座でも聴衆が満員になるような方である。
さもありなん、である。
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2005年5月25日 (水) |
ミニスカートにまつわる議論 |
――ミニスカートの中を覗くのは悪か？
という議論がある。
スカートの中を覗かれれば、どんな女性だってイヤな思いをする。
そういう観点から、
――悪である。
と断言しても良さそうなものなのだが、
――ちょっと待った！
が、かかることもある。
――本当に覗かれたくないんなら、最初からミニスカートなんか、はかなければいい。
という論法である。
一理ある。
例えば、膝上30cmのスカートをはいた時点で、
――お前、ホントはパンツみせたいんだろう？
と、いうわけだ。
少なくとも、スケベ男がそう思うのは止むを得ない、ということである。
もちろん、以上のことはスケベ男が主張しても説得力はない。
この手の論陣を張るのは女性である。
――ミニスカートの中を覗くのは悪かもしれないけれど、ミニスカートをはくんだから覗かれたってしょうがないでしょ。どっちもどっちよ！
と、いうことだろうか。
ちなみに、僕は覗くほうだけが悪いと思う。
――覗かれるほうも悪い。
という主張には同調しかねる。
いくらミニスカートだからといって、ただ歩いているだけでは中身がみえない以上、ミニスカートをはく人にパンツをみせる意図はない、と解釈するのが自然である。
本当にパンツをみせたいのなら、スカートなしで歩けばいい。
では、敢えてリスクを冒してまで女性がミニスカートをはくのは、なぜなのか？
最も大きな理由は自分の足をスラリとキレイにみせたいからであろう。
もちろん、ミニスカートの女性を美しいと思う男性が多いことも計算の内だろうと想像する。
何だかんだいって男は皆、ミニスカートが好きである。
こういうと、
――なんで男って、そんなにミニスカートが好きなの？
と、なる。
全ての男が好きというわけではない。
僕自身のことをいえば、僕は高校・大学くらいまで、ミニスカートの良さがわからなかった。
――パンツが今にもみえそうなのがいい。
と男はいう。
が、そんなにみたいなら、恋人でもつくって、ベッド技に持ち込んで、手っ取り早くみればいいわけである。
――そんな簡単に恋人なんかできないよ。
という人はアダルトDVDショップにでもいけばよい。
そもそも――
ミニスカートは、そんなに猥褻なものではない。
普通の丈のスカートをめくるならともかく、ミニスカートの中が何らかの拍子で偶然にみえてしまうことは、単なる事故である。
エッチでもなんでもない。
その何がいいのか？
一つは前述した。女性の足が長くみえるという点――
もう一つは、みえそうでみえないという点――
これは、
――中身がみたい！
という気持ちに駆られることを指すのではない。
純粋に「みえない」からいいのである。
小・中・高生ならともかく、いい歳をした男ならば、スカートの中身を多少は知っている。
そんなものを、わざわざ公衆の場でみたいと思う男は、よっぽどの事情があるに違いない。
例えば、現行犯逮捕され、地位も名誉も財産も全て失いたい、という破滅願望とか……。
そうでもない限り、公衆の場でスカートの中身を垣間見たいとは男わないのではないか。
繰り返すが、そんなにみたければアダルトDVDショップに行けばいいわけである。
男がミニスカートをいいと思うのは、「みえそうでみえない」からである。
「みえそう」にではなく「みえない」に重点がある。
ノスタルジックな想い、といえるかもしれない。
スカートの中身がどうなっているかを想像するしかなかった少年時代に想いを寄せる心境である。
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2005年5月24日 (火) |
本当は書きたくない話――母のこと（前編） |
Mr.アニリンくんに、これまでの『道草日記』の感想を訊ねたら、
「お母さんのことを、たくさん書かれてますね」
と、いってくれた。
Mr.アニリンくんは本サイト『二次創作展覧場』で小説を書いている友人だ。
僕よりも10歳年下である。
その通りかもしれない。
指摘されるまで意識しなかったが、たしかに僕は『道草日記』で教育論めいたことを書くときに高い頻度で母の話を出している。
それも、やけに攻撃的な筆致で出している。
母親への息子の複雑な思いが、のぞいているのだろう。
10年前の僕に母のことは書けなかった。
物書きは高校時代から盛んにやっているが、自分の母親に正面から言及することは絶対になかった。
――気恥ずかしかった。
というのが一番の理由である。
息子が母親にもつ「気恥ずかしさ」である。
これは、かなり普遍的な情であるらしく、多くの先人たちの語るところである。
僕も、その縛りからは抜け出せない。
今でも、母のことは、本当は書きたくない話である。
それでも、最近になって書くようになったのは、「気恥ずかしさ」を上回る「苛立たしさ」が込み上げてきたからだ。
4年前に父が亡くなった。
以後、僕は自分の人生を初めて主体的に考えるようになった。
人は、いつか死ぬ。
それがリアルに感じられた瞬間、僕は自分の人生に正面から向き合う必然を知った。
借り物ではない自分自身の人生を、である。
それまでの人生は借り物だった。
人によって引かれたレールを走る人生である。
主に母が引いたレールだ。
結局、僕はそのレールを放棄した。
母は苦々しく思っているだろう。
多分、今からでもいいから、真っ当な学者か医者の道に戻って欲しいと思っている。
自分の引いたレールに未練があるのだと思う。
（だったら、もう少し巧く誘導しろよ）
というのが、僕の「苛立たしさ」の本体である。
誤解のないようにいっておくと、今の僕は現状を肯定しており、現状に満足している。
母の引いたレールからそれ、気持ちは軽くなった。
敢えて皮肉っぽい言い方をすれば、これも母がレールを引いてくれたからである。
その引き方が下手だったからこそ、今の僕がある。
そういう意味で母のやったことは無駄ではない。
が、僕が親不孝であることに変わりはなかろう。
過程はどうであれ、今の僕は母が想定した人生を歩んでいない。
なまじ懸命にレールを引いていただけに、落胆も多きかろう。
もう少し緩やかに誘導すれば良かったのである。
僕の友人で母が望むような人生を歩んでいる者は、たくさんいる。
彼らは総じて十代後半頃に、
――自分の思う通りの人生を歩みなさい。
と、いわれている。
――親としては本当は、こうして欲しいんだけど……。
という本音は隠されたままで、
――あなたが生きたいように生きなさい。
と、いわれている。
その結果、ほぼ親の希望に沿った進路を選んだ。
少なくとも、自分の進路を「押し付けられた」とは感じていないはずである。
（後編へ）
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2005年5月24日 (火) |
本当は書きたくない話――母のこと（後編） |
（前編より）
母には、それがなかった。
――あなたが生きたいように……。
の前に、
――こう生きて欲しい！
が前面に出たのである。
もちろん、最終的な責任は母の要求を受け入れた僕にある。
そのことは承知の上で、それでも、
（下手なんだよな）
と思わずには、いられない。
本当に誘導したいなら、無理に引っ張っていこうとするのではなく、自然と足が向くように働きかけるのがよい――それが教育の基本である。
父は大学で教えていただけあって、それがよくわかっていた。
だから、息子には何もいわなかった。
母がいうには、
――あの子ならできる。
が口癖だったという。
楽天的すぎると母は感じていた。
が、本気でそう思っていたとは思えない。
――無理にでもそう信じてやって、あいつのやりたいようにやらせようじゃないか。
というのが、父の考えだったのではないか？
母は、それを、
――お父さんは冷たい。駄目な子供は切り捨てればいいと思っている。
と解釈した。
違う。
父のほうが腰の座った愛情だった。
二十歳が近くなったら、子供に責任を預けることが本人のためになる、ということを、よくわかっていたのだと思う。
実際、僕に家庭教師を依頼する親御さんは、その辺を考え抜かれている人たちが多い。
子供が想定外の進路を選んだときでも、最後は、
（本人が幸せと感じるのであれば、それでいい）
と思える強さである。
（そんなことも、知らなかったのか？）
というのが、母に対する「苛立たしさ」の正体である。
そんなことも知らないで、
「育て方を間違えた」
とか、いうなよ――である。
＊
先年、父母の新婚の写真をみた。
父母は、たしか25歳で結婚している。
今の僕よりも若い。
母の顔写真をみる。
腹が立つ。
――生まれてくる息子を本当に自分の夫みたいにしたいなら、アレとコレとを学んでおけ！
と、いいたくなった。
が、母は母である。
憎むことはできても無視することはできない。
そこが他人とは違うところである。
もし、タイム・マシーンがあって、25歳の母に会いに行けるなら、僕は迷わず、このことを真剣に説こうと思う。
6歳年下の母に、である。
感情的にならず、極力、理性的に説こうと思う。
肉親に、それは無理という向きもあろう。
なに――
多くの親御さんが、なされていることだ。
困難には違いないが、神業というわけではあるまい。
根気次第では何とかなろう。
半分は自分のためである。
僕だって、母親との関係は、もう少し穏やかがよかった。
残りは母のためである。
25歳の母には、これから生まれてくる息子と、もう少し穏やかな関係をもって欲しかった。
その気持ちに偽りはない。
あの写真の女性が母でなかったら、そんなお節介はゴメンである。
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2005年5月23日 (月) |
膝上20〜30cmになったのは |
先週の『道草日記』（5月16日『女子高生の操（みさお）』）で、
――女子高生のスカートの丈は、なぜ、あんなにも短くなったのか？
と問題提起をした。
が――
どうやら適切な問題提起ではなかったようである。
女子高生のスカートが、ほぼ一律に膝上20〜30cmになったのは全国的な傾向ではないらしい。
僕が日頃、目にする女子高生は、仙台・石巻圏の女子高生だ（石巻は宮城県第二の都市）
彼女たちが、ほぼ一律に膝上20〜30cmになっているのは、疑いようのない事実である。
本当は、そんなスカートなど、はきたくないという女の子でも、
――だって一人だけ長いスカートなんか、はけないもん。
と、いうくらいである。
ひと昔前は校則違反であった。
今は違うようである。
膝下スカートをはいている子は、膝上スカートをはいている子よりも圧倒的に少ない。
膝上20〜30cmのスカートが亜型として制服の標準形に組み込まれているとしか思えない。
札幌でも似たような状況だときく。
新聞の投書などによれば、極寒の2月でも、女の子たちは「頑張って」ミニスカートをはくのだそうだ。
が――
東京では、そうでもない。
今日、用事があって池袋の街を歩いてきたが、意外と膝上スカートは目立たなかった。
むしろ、膝下スカートが目につく。
膝上20〜30cmのスカートは、仙台・石巻標準ではあっても、東京標準ではないらしい。
さて、どちらが時代の先をいっているのか？
普通に考えれば、
――以前に東京圏でハヤったものが今、仙台・石巻圏でハヤっている。
と、いうことだと思うが、真相はどうなのか？
僕は女子高生ウオッチャーではないので、よくわからない。
そう思われていることは知ってるけどね……。
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2005年5月22日 (日) |
物語の主役は |
物語の主役は時間だと思う。
時間こそが、他のいかなる登場人物とも等しく濃密にかかわりあう。
ここ数年、物語で泣くようになった。
「物語」というのは広い意味でいっている。
TVのドキュメンタリー番組などを含む。
著名人がインタビューで語る内容なども含む。
むしろ、いかにも「お涙頂戴」の物語では泣けないことが多い。
さり気ない実話の物語で、いとも簡単に泣ける。
なぜ、泣くのか？
時間のせいである。
人や事物を等しく古びさせる――この時間という主役と絡むことによって、物語の登場人物は、どれも儚さを帯びる。
いかにも「お涙頂戴」で泣きづらいのは、時間の役回りが十分に発揮されていないからではないか。
余計な小細工はいらない。
時間の経過を前面に押し出せば、それだけで物語は重みをもつ。
涙を引き出す重みである。
涙を引き出す重みは、同時に、涙が引き出す重みでもある。
例えば、老人が涙を流すだけで、物語は成る。
80代半ばの老婆が、
――いい思いをさせてもらった。
と落涙するだけで、重い物語が成る。
与えられた時間の大半を使い切ったときの嘆息は、物語の終幕を飾るにふさわしい。
ここでも主役は時間である。
もしも、人から、
――物語とは何か？
と問われれば、迷わず、
――人生である。
と答えたい。
――人生が物語である。
でもよい。
「人生」というのはキザにすぎる言い方だ。
「時間の経過」というほどの意味である。
物語は時間の経過である。
時間の経過は物語である。
極論だ。
言い過ぎだろう。
が、そう断言したい誘惑にかられている。
ここ数年、物語で泣くようになってからのことである。
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2005年5月21日 (土) |
「日本三大ブス都市」の責任 |
今週の日本生理学会で仙台を訪れた友人の言葉――
「最近は仙台でも奇麗な女の子が増えたそうじゃないですか」
予備知識のない人には、仙台の女の子を激怒させる言葉にしかきこえまい。
「日本三大ブス都市」のことをいっている。
名古屋、水戸、仙台は奇麗な女の子が少ないのだそうだ。
有名な俗説なので、ご存じの方も多かろう。
そんな俗説が流布している割には、
――奇麗な女の子が増えた。
という話である。
仙台のバーできいた話という。
「たしかに、そうですよ」
と僕は相槌を打った。
本当にそう思う。
最近は仙台の街も華やかだ。
かわいい女の子たちが、たくさん歩いている。
僕が仙台にやってきた十年前は、そうでもなかったけれど……。
が――
以上は僕の主観である。
3、4年前、まだ僕が大学院生だった頃、知り合いの若手科学者が仙台を訪れたことがあった。
僕より3つほど歳上の方で、いまはアメリカで研究をされている。
「いやあ〜、仙台は、かわいい子が多い！ 目移りしちゃって困るな〜」
と笑われた。
「そうですか？ 仙台は三大ナントカの一つとか、いいますけど……」
と僕が水をさすと、
「いや、それは当たってないでしょう！」
と反論された。
当時の僕には全くわからなかった。
なぜ「目移りしちゃって困るな〜」なのか、わからなかった。
が、今、当時のこの方の年齢になってみて、わかった。
たしかに、
――目移りしちゃって困るな〜。
である。
3、4年前と今とでは全く同じ容姿の女性をみても多分、違う。
心の動かされ方が違う。
例えば、3、4年前は、
――この程度か……。
と思っていた容姿でも、
――うわ〜、かわいい！
と思うのである。
もう少し真面目にいえば――
女の子としてのかわいらしさとは別に、人としての美しさがわかるようになった、ということか。
女性の容姿というものは、結局のところ、男の主観である。
世に客観的かつ絶対的に奇麗な女の子など、存在しない。
だから――
「日本三大ブス都市」というのは、名古屋や水戸や仙台の女性の責任ではない。
男の責任である。
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2005年5月20日 (金) |
マル太・管理人モード |
本日の『道草日記』はお休みです。
ただいま、大変に急いでおります。
あと数分で家を出ないと、電車に遅れるかも……。
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2005年5月19日 (木) |
最近、女性の好みが |
最近、女性の好みが変わってきた。
高校・大学くらいまでは、バリバリのキャリア・ウーマンが好みだったが、最近はホンワカ系の専業主婦が好みになっている。
この際、どちらのタイプが良いか、という話はどうでもいい。
自分の好みが劇的に変わったということ自体に驚きを感じている。
毎朝、ハムエッグにトーストだったものが、ご飯にみそ汁、納豆に切り替わったようなものだ。
（凄いことですよ、これは――）
と思う。
結局、
――バリバリのキャリア・ウーマンに手を出すと高い確率で痛い目にあう。
と考えるようになったからに違いない。
もちろん、
――バリバリのキャリア・ウーマンが女性として駄目だ。
ということではない。
そんな恐ろしいこと、口が裂けてもいえない。
もっと原始的レベルの話である。
ほとんど無意識の恐怖といってよい。
＊
先日、大学の同級生夫妻と夕飯を食べた。
旦那のほうが予備校時代から付き合いのある旧友である。
いまは外科医をやっている。
奥さんのほうも大学の同級生だ。
内科医をやっている。
「おまえ、まだ結婚しねえのかよ」
と旧友がいうので、
――しない。
と答えると、
「よければ、いい人を紹介しようか」
と奥さんがいう。
――知り合いの女医で独身がいる。
と、いうことらしい。
（えらい唐突だな……）
と思ったが、すぐに思い出した。
僕は、この奥さんに自分の好みを話したことがあったのだ。
大学時代のことである。
（忘れていたよ）
特に問題はないはずだった。
むしろ、
（気を使ってくれて、ありがとう！）
である。
旧友の奥さんであると同時に大学の同級生でもある。
そういう配慮は、嬉しい。
――そうかあ！ じゃあ、一発お見合いでも……！
と、なっても不自然ではない。
が――
（何かヤバそう）
と思った。
ほとんど無意識の恐怖である。
この恐怖が僕の女性の好みを変えたといっていい。
どういうことか、というと――
僕の前の前の彼女はエリート看護婦（いまの看護師）である。
前の彼女は現在、首都圏で研修医をやっている。
（これって関係あるよねえ？）
と思う。
もちろん、「無意識の恐怖」の中身と――である。
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2005年5月18日 (水) |
背徳へのコダワリ |
ほぼ1年ぶりに学会に出た。
日本生理学会・仙台大会である。
学会というと、実態をご存じない人は、
――大層な晴れ舞台。
と、お考えかもしれない。
が、そうでもない。
所詮、研究者の有志が作る仲良しクラブである。
集まる人の数が千や二千のオーダーとなり、クラブの歴史が百年とかになったりすると「大層な晴れ舞台」と感じられる。
それだけである。
内輪の集まりに特有の閉塞感は拭いきれるものではない。
それとは別に――
僕が個人的に感じる閉塞感というのがある。
学会に集まってくる人たちというのは、とにかく清い人たちである。
少なくとも、清いことだけを考えようと頑張れる人たちである。
もちろん、全てが清いわけではない。
ドロドロした部分はある。
ときに清くないことも考える。
彼らも人間である。
が、思考の基本フォーマットは清い。
清いことが、しっくりくるのだと思う。
僕が日頃、考えていることは、およそ清くない。
彼らが日頃、考えていることと比べれば、醜くて、汚らわしくて、吐き気を催す些事でしかないだろう。
いったい、僕は日頃、何を考えているのか？
実は、このサイトでも、半分くらいは猫をかぶっている。
つまり、もっと下らないことを僕は考えている。
それは、例えば格好のいい言葉を使えば、
――人の心の暗部
である。
が、そんな言葉で飾るのも気が引けるくらいに、僕は日頃、背徳的なことを考えている。
それを考えている自分が、しっくりとくる。
その背徳へのコダワリの源が何なのか、自分ではわからない。
わからないから、例えば、今日のように学会会場みたいなところに身を置くと、閉塞感を覚える。
要は居心地の悪さ、である。
自分で自分がわからない。
本当にわからない。
そもそも、僕は、いったい何を求め、清い世界を飛び出したのだろうか？
当初は、安住の地に思えた清い世界を――である。
これは、よくよく考えなくてならない。
そこをウヤムヤにしたのでは意味がない。
清い世界を飛び出した意味がない。
＊
追記――
シンポジウムの司会は大過なくやり終えた。
（やれやれ――）
である。
個体レベルのストレスに細胞レベルのストレスを突き合わせる――本来、全く次元の違う生命現象を突き合わせる――という企画意図がロマンティックにすぎたので、議論が噛み合うかどうか、心配だったが、まずまずだった。
ロマンティックすぎて、プロっぽくはなかったが、そこが狙いでもある。
僕みたいな書生気質が司会するには、ちょうどよいシンポジウムだった。
僕がタッチしたのは当日だけで、シンポジウムを企画した友人は、もっとホッとしているに違いない。
通常、学会のシンポジウムは内輪で行う。
が、僕らのシンポジウムは、シンポジストを学会の外からお呼びしていた。
友人は参加交渉を一から始めている。
全く面識のないところから始めている。
さぞ、プレッシャーのかかる交渉だったろう。
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2005年5月17日 (火) |
「監禁ボディ」のストレス |
明日から仙台で学会がある。
日本生理学会という学会である。
生理とは、簡単にいえば、生命の理（ことわり）である。
生理学は生命の理を明らかにする学問である。
が、日常会話で「生理」というと、女性の月経を指す。
だから、話はややこしくなる。
月経を「生理」と呼ぶのは、それが生命の理に則った自然な出血（生理的出血）であるからだ。
もちろん、そんな理屈は多くの人にとっては、どうでもよい。
それで、
――医学部で生理の研究をやっている。
というと、決まって、
――産婦人科？
と、きかれる。
――いや、生理というのはね……。
と説明を繰り返す羽目になる。
＊
大学院時代は神経生理を専攻していた。
生理学会に入ったのも、そのためである。
今も入ったままである。
文筆を志すのだから、脱会して当然だった。
脱会しなかったのは、この学会で知り合った友人が多いからである。
「友人」というのは僕の思い込みに過ぎない。
生理学研究者にとって、僕みたいな者と積極的に交遊する意義は薄いはずである。
それでも、頼ってくれるのは、ありがたいことだ。
明日、学会のシンポジウムで司会をすることになった。
ストレスがテーマのシンポジウムである。
ポピュラーな概念だけに、白熱の議論が期待される。
先ほどまで、その打ち合わせをしていた。
場所は友人のホテルの部屋である。
そこで思わず、悩んでしまった。
（学会のシンポジウムの司会なんか引き受けて、いいんだろうか？）
と、いうことである。
どういうことか？
明日の議論の鍵は、おそらくストレスの概念の拡張にある。
ストレスといえば、通常、ヒトの個体レベルの反応をいう。
気の合わない上司からキツイ要求を受け続け、胃に穴があいた、というのはストレスの一例である。
こうしたストレスに加え、細胞レベルのストレスというものを考えようではないか、という議論がある。
細胞生物学や分子生物学の視点である。
細胞レベルのストレスも個体レベルのストレスと同根とみなすメリットはあるのだろうか？
そこを明日の議論の争点にしたい。
が、個体レベルのストレスと細胞レベルのストレスとを、単に突き合わせるだけでは、議論は噛みあわない。
細胞レベルのストレスといえば、実験機器の中で培養された細胞などを考える。
個体レベルのストレスといえば、社会生活を懸命に営む人間などを考える。
共通項をみいだすのは難しい。
そんな話をしているときに――
僕の視野に飛び込んできたのは、ホテルのアダルト放送のパンフレットだった。
アンニュイな顔の女優さんが両手を縛られている。
――監○ボディ
などとロゴが書き込まれ、○の部分は「監禁」の「禁」の字にモザイクがかかったような具合である。
「例えば、この女の子で考えると――」
と僕は切り出した。
監禁はストレスだ。
手足の自由を奪われれば、胃に穴があくなどのストレスが溜まることは、容易に想像がつく。
で――
「この女の子も、生命体である以上、無数の細胞からなる。それら一つひとつの細胞に生じているストレスと、女の子の心身に生じているストレスとを考えてみれば、わかりやすいんじゃないか？」
みたいなことを、僕はいった。
もちろん、例に無理がある。
ストレスを論じるに、わざわざ「監禁ボディ」を持ち出す必然性はない。
むしろ、不謹慎だ。
実際に女性が監禁された事件の報告が相次いでいる昨今である。
それでも――
つい僕がそういう例を出してしまったのは、しばらく学術の世界から遠ざかっているからだろう。
遠ざかって何をしているかといえば、昨日の『道草日記』にあるような「女子高生の操」みたいなことを書いている。
頭が十分に切りかわらないのである。
――学会のシンポジウムの司会なんか引き受けていいのだろうか？
と思うのは、そうした次第――
恐ろしい。
化けの皮が剥（は）がれないことを祈るばかりである。
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2005年5月16日 (月) |
女子高生の操（みさお） |
最近の『道草日記』は堅めの話が続いているので、今日は少しナンパな話を――
＊
女子高生のスカートの丈は、なぜ、あんなにも短くなったのか？
駅の階段やエスカレータの下で、うっかり上を仰ぎみると、大変である。
――あ！ スカート覗いてる！
と、なりかねない。
（誰が覗くか！）
と憤慨しても無駄である。
信じてはもらえまい。
少なくとも、当の女子高生には信じてもらえまい。
もちろん、本当に覗きたければ、アダルト・ショップにでも行く。
よほど変な男だって、それくらいの柔軟性は、もっているものである。
女性のスカートの中を覗くことで失うものは、たくさんあるのだ。
それをわかっていない男は、かなり珍しい。
小・中学生なら意外と、わかっていないかもしれない。
少なくとも僕は、よくわかっていなかった。
おっと――
今のは余計だ。
＊
ところで――
覗かれるほうにも失うものはあるだろうか？
あるように思う。
例えば、僕に15歳くらい歳下の妹がいて、女子高生であるとする。そして、例えば、膝上30センチのスカートをはいていたら、どうか？
きっと、
――おいおい、やめとけよ。
となる。
そういうスカートをはくことで失うものは、たしかにある……ように思う。
――では、いったい何が失われるのか？
と問われると、困ってしまう。
強いていえば、女子高生の操（みさお）とかいう概念だ。
が、これは厄介な概念である。
――ミサオってなにさ！
といわれれば、返す言葉がない。
真剣に返そうと思ったら、一本の評論になる。
くたびれる。
だから、これ以上は突っ込まない。
突っ込めない。
＊
先ほど、
――もし15歳くらい歳下の妹がいて……。
という仮定の話をした。
現実の僕の妹は、2つ歳下である。
女子高生だったのは、10年以上も前の話だ。
その頃のスカートの丈は、今みたいではなかった。
だから、
――おいおい、やめとけよ。
となることも、なかった。
が――
より見逃せないのは、妹が女子高生だったことを、僕はよく思い出せない、という事実である。
僕が「女子高生」という言葉に触れるとき、もっぱら思い浮かべるのは、街頭かメディアでみる女子高生である。
いや――
正確ではない。
僕は受験産業に従事していた。
約10年間である。
対象は、ほとんどが高校生だ。
だから――
女子高生との接点は、いっぱいあった。
が――
彼女たち一人ひとりを振り返ると、どの子も微妙にズレている。
「女子高生」という括りからズレている。
何が、はみ出ているのか？
簡単にいえば、個性ないし人間性――ということになる。
結局、突き詰めて考えていくと、「女子高生」などと呼べる女の子は、どこにもいない。
いるのは「妹」であったり「教え子」であったり「タレントの女の子」であったりする。
前述の「女子高生の操」が意味不明なのは、この辺の事情に絡んできそうだ。
「妹」や「教え子」のミサオなら、わかる。
「タレントの女の子」のミサオも、まあ、わかる。
が――
「女子高生」のミサオはわからない。
わからないのは「ミサオ」ではない。
「女子高生」という括りである。
この括りを一旦は忘れない限り、丈の短いスカートの是非をめぐる議論は、地に足が付かない。
安易な一般論は聞き苦しい。
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2005年5月15日 (日) |
「困った子」との師弟関係 |
昔、予備校のようなところで教えていた頃、厄介な男の子を指導したことがある。
そこは現役の高校生を専門に教えるところで、塾と予備校とを足して2で割ったようなところだった。
授業形式の集団指導と家庭教師形式の個別指導とを併用していた。
男の子を「Sくん」と呼ぶ。
正直にいって、苦手な子だった。
こちらが、
「わかる？」
と、きいても、
「うん……」
としか答えてくれない。「うん」なのか「ふん」なのかが、よくわからない。
とにかく愛想がない。
愛想がないだけなら、まだ良いのだが、時々、明らかにそれとわかるくらいにイライラする。
（おいおい――今日もイライラしているよ）
と、こちらも閉口する。
そのSくんと最近、電車が一緒になる。
どうやら大学に通っているようだ。
順調なら修士課程のはずである。
電車で一緒になっても、話し掛けたりはしない。
多分、向こうは覚えていないだろう。
教えていたのは僕だけではない。
むしろ、僕はオマケみたいなもので、メインで教えていたのは僕よりも歳上の女の先生だった。
その先生も、しばしば、
「今日もイライラしていたよ」
と愚痴をいった。
彼女にとっても、Sくんは「困った子」だったようだ。
だから――
話し掛けない。
Sくんが僕を覚えていたとしても、話し掛けない。
話し掛けても、多分、互いにイヤな思いをするだけである。
が――
Sくんを、うとましく思っているわけではない。
電車の中で何かの本を懸命に読んでいたりするところをみると、
（がんばれ――）
と思う。
ひと度、結ばれた師弟関係というものは、かくの如く複雑である。
不思議といえば不思議だ。
当たり前といえば当たり前である。
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2005年5月14日 (土) |
山の頂きのお堂 |
毎日の単調に嫌気がさし、ある朝、会社とは反対方向の電車に飛び乗ってしまう――
そんな話を耳することがある。
大抵は現実世界のことではない。
物語とか詞とかの世界の話である。
本当にそんなことをしたら職を失いかねない。
職を失えば難儀する。
が、そんなことを夢想するだけだったら、多くの人が経験しているのではないだろうか？
僕は副業先まで電車で通っている。
片道1時間ちょっとである。
途中、気になる風景をみる。
山の頂きにお堂がみえる。
「お堂」というのは、僕が勝手にそう思い込んでいるだけで、実際に、どのような建造物なのかは、わからない。
山頂を埋め尽くす針葉樹の隙間から、仏閣らしき優美な方形の屋根だけがみえる。
（何だろう？）
と思う。
あるいは、祠（ほこら）かもしれない。
一、二年前から気付いてはいたが、今年になって雪が融け始める頃、にわかに気になりだした。
（いつか、あの山の頂きにいってみたい）
と思う。
あるいは――「いつか」ではなく「今すぐに」でも……。
副業のことなど忘れ、途中下車をし、朝から山登り――である。
天気が良い日などは、つい、そう思う。
もちろん、思うだけである。
本当にそんなことをしたら、まずい。
――もう、来なくていい。
と、いわれるかもしれない。
それは困る。
せっかく得た仕事だ。
が、夢想するだけなら構わない。
日常の閉塞に風穴を開けるという意味では、こんな夢想にも意味はある。
少なくとも、少年が道端で美しい少女をすれ違う――くらいの効果はあるに違いない。
少年は、少女に笑ってもらうだけで、世界が変わる。
自分が少年だった頃を思い出しても、そう感じる。
やがて、それくらいのことでは、世界は変わらなくなる。
少女の微笑は、せいぜい目の保養になる程度である。
が、あの山の頂きのお堂は、今の僕の世界を変えるかもしれない。
あくまで、夢想である。
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2005年5月13日 (金) |
紙とペンとで書く |
ときには紙の上にペンを走らせるのもいい。
普段、僕はコンピュータのワープロ・ソフトで書くことが圧倒的に多い。
それだけに新鮮なのだろう。
半年ほど前から、出かけるときにはノートを持ち歩くことにしている。
紙のノートである。
以前はノート型パソコンを持ち歩いていたのだが、落として壊したりするのが怖くなって、今は持ち歩かない。
何かを思いつくと、すぐに書き留めるようにしている。
ペンで書く。
鉛筆は使わない。
もちろん、消しゴムも使わない。
書き損じは消す。
二重線で消す。
きたならしく消す。
だから、何度か推敲するうちに、目も当てられなくなる。
ごく、たまに――
推敲の全くいらない一文が書けることもある。
そういうときは嬉しい。
純朴に嬉しい。
野球で、いい当たりを打ったときに似ている。
こういうのは紙に書くときだけである。
コンピュータで書くと、なぜか書けない。
あとで必ず手を入れることになる。
推敲なしで済むことはない。
気持ちの問題だろうか？
コンピュータでは推敲が容易だ。
が、紙とペンとでは難しい。
書くときに覚悟の違いのようなものが生じるのかもしれない。
きっと、良い文章修行になる。
だからといって――
これからずっと紙で書く、などとは思わない。
そんなことをしたら疲れてしまう。
書くことが嫌いになるかもしれない。
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2005年5月12日 (木) |
自分の失われた可能性 |
自分の失なわれた可能性というのが気になっている。
ちょっとだけ気になっている。
僕は小学校の頃から体育が苦手であった。
試験で測られる成績は良かったのだが、体育の成績は酷かった。
母は、保護者面談で、
――劣等性の気持ちがわかっていいですね。
と、いわれたそうである。
母は、そういう皮肉を人一倍、気にする性質なので、結構、落ち込んだようだった。
「いったい誰に似たのかしらね」
と首をひねった。
「お母さんはカケッコでクラスの代表に選ばれたりしたのよ。お父さんもスポーツは、そんなに苦手じゃないし――」
母のいう通りだった。
僕の運動音痴は、血筋では説明がつかない。
妹が証拠だ。
妹は小学校時代、体操の選手になったりしている。
中学時代もバドミントン部でハードな練習をこなしていたようだ。
＊
以下は酒の席の話である。
――乳幼児の頃に無理をして利き手を矯正すると運動音痴になる。
という説があるらしい。
（もしかしたら、それだったかもしれない）
と僕は思った。
僕は右利きである。
が、腑に落ちない点もある。
例えば、五本の指が交互に交差するように両手を組むときに、普通は利き腕の親指が上にくるという。
僕は左が上にくる。
携帯電話でメールを打つとき、普通は利き腕で打つという。
僕は左腕で打つ。
だから、思う。
（もしかしたら、僕は生来、左利きではなかったか？）
実は、母が左利きである。
自分が左利きで苦労をしたので、息子には右利きになるように仕向けたという。
それこそ、右も左もわからぬうちから仕向けた。
だから、僕が生来は左利きであったという証拠は何もない。
が、話の筋としては通っている。
これが、僕の場合の「失われた可能性」だ。
すなわち、もし仮に、僕は生来は左利きであったとして、そのまま左利きであり続けたら、どうなっていたか、ということである。
正確には、
――失われたかもしれない可能性
である。
僕は野球が好きである。
おそらく、そのまま左投げ左打ちの選手になっていた。
野球では左が得である。
案外、野球選手として成功したかも知れない。
まさか、
（プロになれた）
とまでは思わないが、少なくとも中学や高校で熱い思い出ができるくらいには、なったかもしれない。
＊
もちろん、以上は遊びの仮定である。
そもそも、
――無理をして利き手を矯正すると運動音痴になる。
という命題からして怪しい。
所詮、飲みの席での話だ。
が、「失われたかもしれない可能性」に思いをはせるのも、ときには悪くない。
もちろん、結論としては、今の自分が一番しっくりくる。
結局、失われた自分は、自分ではない。
とはいえ、たまには現実から離れてみるのも面白い。
自己像をみつめるときに、多少、柔軟になれるかもしれない。
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2005年5月11日 (水) |
「昭和の日」の周辺 |
4月29日のみどりの日が「昭和の日」に変わるという。
先月の5日、衆議院で法案が可決された。
このままだと2007年から、みどりの日は「昭和の日」となる。
――みどりの日を「昭和の日」に！
という運動は以前からあった。
いくつかの任意団体が音頭をとって、法案可決に持ち込んだようである。
そもそもの狙いは、昭和の時代の明暗を後世にきちんと伝えるためだという。
4月29日は昭和天皇の誕生日であった。
昭和を省みるには適した日だ、というのである。
いささか右翼っぽい発想ではある。
が、実は、この手の議論に右翼も左翼もない。
重要なのは、自分の頭で真剣に考える態度である。
僕には、昭和天皇の死後20年近くが経った今、みどりの日を「昭和の日」に変える意義がわからない。
もちろん、昭和の時代の意義を後世に伝えることは重要だ。
が、その手段として「昭和の日」が必要な理由は見い出せない。
感情的には、わかる。
若い世代に昭和を忘れて欲しくないとか、昭和天皇を思い出す日が欲しいとか、そういうことである。
とくに昭和の激動を駆け抜けて来た年配者には、色々な意味で、感情の整理が必要であろう。
が、所詮は感情論である。
最も実質的な道は昭和の歴史教育を徹底させることであろう。
一見、遠回りにみえる。
しかし、急がば回れ、ともいう。結局は近道になろう。
まずは、暗部との格闘である。
昭和の時代の暗部である。
近隣諸国との徹底的な議論を通し、より良い歴史認識を形成していくことが欠かせない。
それを形成した上での「昭和の日」なら、まだ理解できる。
まだ早い。
50年は早い。
歴史認識をめぐる議論が、近隣諸国の顔色伺いに思えてしまう人がいるうちは、早い。
＊
「昭和の日」に反対する人たちの中には、この議論を即、天皇制廃止論に結びつける動きがある。
――「昭和の日」は昭和天皇を偲ぶ日だ。昭和天皇は、最終的な戦争責任を問われている人物である。そんな人物を偲ぶなど、とんでもない。そもそも天皇制など、さっさと廃止するべきなのに！
と、いうわけである。
それとこれとは話が別であろう。
過去二千年にわたって（少なくとも千年以上にわたって）天皇制が継続してきた現実を、まず重くみるべきである。
この国の土着的な気風として天皇制が定着し続けてきたことは無視されるべきではない。
日本史上、天皇制を改変・廃止しようとした権力者が、何人かいたといわれる。
足利義満や織田信長などだ。
そうした動きは、いずれも彼らの死後に止まった。
結局、天皇という地位が、この国には必要だったのである。
天皇制が、これだけ長く続いた背景には、天皇の地位の特殊性がある。
権威はあっても権力がない――の特殊性である。
日本人は太平洋戦争（大東亜戦争）に敗れた後、天皇は元首ではなく象徴であると憲法に記した。
実際には、摂関政治の平安期から、すでに象徴だったといえなくもない。
明治政府は、天皇に見かけ上の大権を与えることで、近代国家としての体裁を調えた。
ドイツやロシアに範を求めれば、自然な発想であった。
が、思うに、その必要性は、あくまで「必要悪」と認識されていたのではないか？
天皇に大権を与えるという点のみを取り出せば、平安期以前に逆戻りである。
時計の針を逆に回すことは、いつの時代でも歪（いびつ）だ。
この歪に、明治の政治家たちは気付いていたように思える。
それを忘れたのが大正、昭和の政治家たちだった。
彼らが道を誤り、明治以来の国家は滅んだ。
こうした見方の是非は、おく。
僕がいいたいことは、次のことだ。
すなわち、天皇制の改変ないし廃止のための議論では、この国が「国」として意識される遥か以前からの気風にも触れておく必要がある、ということである。
日本人の精神風土に染み付いている暗黙の知を含めて、である。
新潟地震のとき、被災地を見舞った天皇・皇后の周囲に多くの人々が集まった。
その映像をみた哲学者が苦笑混じりにもらした。
「ああいう人たちがいる以上、天皇制は簡単にはなくならないなあ」
この人は天皇制に疑義をもたれている。
そういう人ですら、簡単には否定できない何かが、天皇制にはある。
少なくとも、「昭和の日」に絡めて議論する益は薄い。
「昭和の日」に反対する根拠にもならない。
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2005年5月10日 (火) |
世界の秘密 |
ブラック・コーヒーを飲んだ後、すぐに牛乳を飲む。
甘い。
発見だ。
＊
僕は牛乳を飲むと、すぐに腹をこわす。
僕だけではないはずだ。
同様の訴えは少なくないそうである。
医学（生理学）的にも根拠があるらしい。
牛乳に含まれる成分（コラーゲンだったか？）が原因だという。
この成分は温めることで変成させることができる。
冷たい牛乳はダメだが、温めれば大丈夫という人が多いのは、このためである。
以上は、ききかじりである。
嘘をいっているかもしれない。
悪しからず――
同じ原理かどうかは知らないが、冷たい牛乳を熱いコーヒーと一緒に飲んでも大丈夫である。
少なくとも僕は大丈夫である。
そうやって飲んで腹をこわした経験は、今のところ、ない。
で――
そのとき、いつもコーヒーに砂糖を入れる。
甘くて熱いコーヒーと冷たい牛乳とが口の中でとけあい、何ともいえぬ素朴な風味が楽しめる。
が――
ここ1、2ヶ月は砂糖を入れない。
ブラックで飲んでいる。
すると――
牛乳が甘い。
たしかに甘く感じるのである。
これは予想外だった。
こういうのも世界の秘密といっていいのかもしれない。
「世界の秘密」というのは、数年前に某TV番組で耳にした言葉だ。
アニメーション映画監督の宮崎駿さんのご発言だったと記憶している。
若いアニメーターが巧く描けずに苦しんでいる。
男が春巻を頬張るシーンである。
どうしても春巻を頬張っているようにみえない。
宮崎さんはいった。
――僕は、実際の人間が春巻を食うところをみろっていったんです。わかるまでみろ、と――そうやって世界の秘密を明らかにするんだ、と――
――「世界の秘密」ですか？
と戸惑うインタビュアーに、
――そうです。彼（若いアニメーター）にとっては、春巻を食うことが世界の秘密なんです。
と宮崎さん――
正確なところは忘れた。
手元にVTRが残っているわけではない。
でも――
以上の言葉が、宮崎さんの言葉として、僕の記憶に残っている。
世界の秘密は、人の日常にも溶け込んでいる。
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2005年5月9日 (月) |
二人の女子高生 |
長イス式の電車の通路を挟んで向かいに、二人の女子高生が座った。
雰囲気がおかしい。
僕から向かって右側の女子高生は、両目が真っ赤だった。
左側の女子高生は疲れ顔――
右側の女の子は、すがる目で、
「ねえ、何か話をしようよ！」
と、いう。
「ええ……？」
と左側の女の子――
その顔は、良くいえば戸惑い気味――悪くいえば、ウンザリ気味であった。
それでも右側の女の子は諦めない。
ウンザリ顔の女の子の肩に手をおき、
「ねえ、何か話をして！」
と、いう。
今度は、思いのほか強い口調だった。
話というものは、自然に始めて、自然に続くから面白い。
――何か話をして！
といわれて話し始めても苦痛なだけである。
「何いってんの！」
左側の女の子は、今度は明らかに不機嫌そうに首を振った。
右側の女の子が、さらに、しつこくいうので、とうとう体ごとソッポを向いてしまった。
本当に嫌がっているのが、よくわかった。
そんな二人のやりとりをみながら、僕は、どちらにも悪い感情を抱かなかった。
右側の女の子――両目を真っ赤にしながら「何か話をして！」といった女の子――には、多分、何らかの心の不調がある。
「……ああ、もうヤダ！ うちに帰ったら、やんなきゃいけないことが、いっぱいある！」
と怒鳴り散らす勢いである。
電車の中なのに――である。
「心の不調」は辛い。
自分一人では、どうしようもないことがある。
だから、左側の女の子は、もう少し親身になってあげても良かった。
少なくとも、右側の女の子の立場でみれば、
――酷いなあ。冷たいなあ。
である。
が――
そうともいえないのが心の不調である。
家族や友人の心の不調は厄介だ。
プロであっても、相応の覚悟で対処する。
簡単なことではない。
だから、左側の女の子の立場でみれば、
――傷付く前に距離をとっちゃいな。
である。
つまり、立場の使い分け――である。
大人が得意なヤツだ。
高校時代の僕なら、そんな器用な真似はしない。
したくても、できなかった。
きっと、どちらか一方の立場にたって、もう一方を手厳しく詰ったことだろう。
どちらの立場にたつかは偶然が左右する。
そのときの気分かもしれない。
だから、厄介である。
下手に介入しようものなら、二人の衝突は、もっと悲惨になる。
そういうヘマをしないのが大人であろう。
異なる立場を巧く使い分けることで、どちらにも与（くみ）せず、どちらも突き放さない。
これができない子供は、
――大人はズルい！
と、なる。
当たっている。
たしかに大人はズルい。
所詮、自分が傷付かないためのテクニックではないか？
＊
ちなみに、この二人の女子高生――
同じ駅で降りていった。
右側の女の子は、最後にもう一度、泣き出した。
左側の女の子は、それを苛立ちながら横目でみている。
ホームに降り立つと、二人の間に5メートルくらいの距離ができた。
改札を潜ると、挨拶も交わさず、別々の方向に歩き出していった。
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2005年5月8日 (日) |
金の話はコリゴリ |
最近、俗物っぽい事柄に関心が向く。
地位とか名誉とか金のことだ。
生活のリズムが本調子でないのかもしれない。
昨日、金の話になった。
――銀行預金は最低いくらだったら安心か？
という質問を受け、すぐに返答できなかった。
（下らない）
と思ったが、なぜ返答に窮したのか、咄嗟には自覚できなかった。
――人によって色々と違うのでは？
と逃げを打つと、
――今のあたなの状況でいい。
といわれる。
（それは秘中の秘だろ）
と思ったが、向こうは引き下がりそうにもない。
仕方なく、
――ゼロ。
と答えた。
――マイナスでなければいい。
という意味である。
――本当にゼロ？
と念を押される。
――そうだ。
と答えると、相手は不満げな顔をした。
察しのいい人は、おわかりだろう。
僕には借金がある。奨学金という名の借金である。
奨学金なので、取りたてがあるわけではない。
通常、利子もない。
すぐにどうこう……ということはない。
が、その額はバカにならない。
去年からコツコツ返し始めているが、ゴールは遠い。
そんな状況で、銀行預金の額に、どれほどの意味があるのだろうか？
常に借金を差し引いて考えなければならない。
正直なところ、
――いくらかなんて、知りたくもない。
のである。
赤字でなければ、それでいいのだ。
幸い、今のところは赤字ではないようだ。
「赤字でない」の意味は、借金を全額、返そうと思えば何とか返せるくらいの預金はあるようだ、ということである。
が、そんなことを本当にすると、一気に不安になる。
だから、しない。
先日の『道草日記』で、
――お金には困っていない。
などと書いたが、実情はこんなところである。
「困っていない」に嘘はないが、本当の意味で困っていないわけではない。
そういうことは考えないようにしている、というのが本音である。
考えないでいられるくらいには余裕があるということだ。
そういう意味で、多分、僕は恵まれている。
が、
――銀行預金は最低いくらだったら安心か？
という質問は勘弁して欲しい。
どうせ、
――人によって額は全然違うよね。
という結論に落ち着くに決まっているのだ。
世間話の話題としては不適切だろう。
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2005年5月7日 (土) |
10歳の頃の夢 |
――10歳の頃の夢には特別な意味がある。
というようなことを主張した作家がいるそうである。
先日、『筑紫哲也NEWS23』（TBS系列）で、メインキャスターの筑紫哲也さんが触れられた。
（たしかにな……）
と思った。
僕は10歳のときに何を思っていたか？
実は理論物理学者になりたかった。
世界の理（ことわり）を数式で表すという営みに、いいようのない魅力を覚えていた。
当時、学校で習っていたのは算数である。
その算数と「世界の理」とが、容易に結びつかなかった。
だからこそ、魅力を覚えたといってよい。
算数の教科書を思い浮かべ、
（こんなもんで宇宙の秘密が解き明かされるとは……）
と思った。
夢は中学生になっても変わらなかった。
本気で「世界の理」を数式で表す仕事に就きたいと思っていた。
――理論物理学者になりたい。
と母にいったら、
――京都大学にいきなさい。
といわれた。
日本の基礎研究は京都大学で盛んだ――東京大学よりもいい――そういうことであった。
いま思えば、母の言葉は間違えだ。
二重の意味で間違えだ。
本当に研究に打ち込める人に、大学などは関係がない。
名もない私学を出ていても、才能さえあれば、必ずや自分の手で最適の研究環境を調えることができる。
もう一つの間違えは、より深刻だった。
あのときの母は、こういうべきだったと思う。
――そんな仕事では食べていけない。
事実、高校3年の4月頃から、母は、この台詞を頻繁に口にし始め、しきりに医学部受験を勧め出す。
母は、いわゆる「霞を食って生きる輩」が嫌いであった。
高邁な理想に燃える学者の心情というものを、本当の意味では理解しない。
学者になろうなどとは夢にも思わなかった人なので無理はなかった。
が――
僕が小・中学生の頃には、なぜか、そういう考えを口にしなかった。
一切、口にしなかった。
本心を偽っていたのか、単に考えが変わったのか――
とにかく、事実だけをいえば、
――理論物理学者になる。
と張り切っていた僕に、あるときを境に、
――そんな仕事では食べていけない。
と冷や水を浴びせ始めたのである。
母は部分的には正しい。
いまの僕が食べていくのに困っていない最大の理由は、母の助言通り、医学部を受験したからである。
が、母の思惑が外れたことも事実だ。
「霞を食って生きる輩」を嫌う母は、息子には当然、医者としての出世を望んだ。
僕が医学部に入った年、妹は恐ろしい言葉をきいている。
「普通の医者になったら承知しない」
「普通の医者」というのは、市井の臨床家という意味である。
「医者としての出世」というのは、大学病院や医学部の教職に就くということである。
父は医学部の教授だった。
本業は神経解剖学だったので「医者としての出世」から厳密には遠いのだが、そんな違いは母にとっては、どうでもよかったようである。
つまり、
――お父さんと同じようになりなさい。
と、いうことであった。
それを目指す可能性は十分にあった。
もし、僕が10歳の頃に、母によって、
――理論物理学者になる。
という夢を、きっちりと潰されていたら、そうなっていただろう。
少なくとも、この歳で文筆生活に入ることは、なかったはずである。
僕の文筆家としての動機の一つは、世界の理に迫りたい、というものであった。
理論物理学の道を一応は捨てたが、完全には捨てられず、その残骸が亡霊となって残っている。
あるいは、「理論物理学者になりたい」のほうが幻影だったかも知れない。
夢の本体は「世界の理に迫りたい」であったのだろう。
だからこそ、僕は世間の常識に反し、母の期待を裏切り、今の生活を始めた。
――10歳の頃の夢には特別な意味がある。
というのは真実である。
このことを大人はよく知っておいた方がいい。
少なくとも僕の場合には、よくあてはまる。
いいか悪いかは別にして、その後の人生に多大な影響を及ぼした。
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2005年5月6日 (金) |
宇宙よりも人間 |
一昨日の夕方、TVニュースをみていたら、
――約1時間後に国際宇宙ステーションがみえます。
という。
宇宙ステーションは高度350kmの軌道を周回している。
それが太陽光の反射を受け、星のように輝いてみえるという。
小学生の頃、スペースシャトルがみえるというので、夜空を見上げたことがある。
星とは微妙に違う輝きが、ゆっくりと上空を横切っていった。
その記憶が蘇り、
（どうせ、あんなもんだろう）
と思ったりもしたのだが、不思議なものである。
ひと度、気になると、何とかして、みてやろうという気になってしまう。
午後7時38分頃にみえるというので、それに合わせて夜空を眺めることにした。
目をならしておかないと見落とす可能性がある。
中途半端に時間があいたこともあって、7時25分にはスタンバイした。
待っている間に高校時代のことを思い出した。
＊
今でも、
――宇宙
という言葉にはロマンを感じる。
純朴なロマンである。
当時は、そのロマンが、もっとピュアだった。
小説に、数百年後の地球社会を描いたことがある。
宇宙旅行が当たり前になっている社会だ。
主人公の青年は、仕事で太陽系の外縁に赴く友人に向かって、
――向こうに着いたら外をみろ。太陽の方ではなく――
と、いう。
そんなことをいわせるくらいだから、当時の僕は、明らかに宇宙に夢をみていた。
少なくとも、みていたかった。
が――
そのくせ、天体望遠鏡を担ぐようなことは、なかった。
宇宙そのものへの興味ではなく、宇宙に羽ばたく未来人類に夢をみていたのだと思う。
――外をみろ。
という言葉は、よく考えたら恐ろしい。
人間は太陽の恩恵にすがっている。
人間だけではない。
地球上の全ての生命体が、そうである。
その太陽に背を向けるということは、絶望に肉迫することになりはすまいか？
当時の僕は、もちろん、それくらいの意図はこめ、主人公の青年に、
――外をみろ。
と、いわせたのだが、さて、その虚無の重さを、どれくらい理解していたか？
一ついえることは、当時の僕が夢にみたのは、虚無の重さに果敢に挑む人間たちであった、ということである。
夢は、宇宙にではなく、人間に向けられていた。
＊
国際宇宙ステーションの灯は、予告通り、午後7時38分過ぎに現れた。
最初は、よくわからなかった。
大気に瞬く星の輝きを、それと思い込んだ。
が、すぐに間違いに気付く。
眩（まばゆ）い人工の輝きが、静々と上空を横切っていった。
小学校時代にみたスペースシャトルと同じであった。
TVニュースのアナウンサーは、
――あの輝きの中に人がいるというのは不思議な気がします。
と、いっていた。
たしかに、その通りだ。
見かけ上は一番星と変わらない。
違いは、肉眼でわかるくらいに速く動いているか否か、という点である。
一番星に人はいない。
が、建造中の国際宇宙ステーションの中に人はいる。
この違いは、夜空を眺めるだけでは、わからない。
他人が発信する情報を受け、その情報を解釈し、かつ、その解釈を信じることで、違いがわかる。
結局、答えは自分の中にある。
――あの輝きの中に人がいる。
という理解は、究極的には人間本位かもしれない。
自分という名の人間である。
1969年、アポロ11号が月面に降り立った。
人類文明の偉大な一歩といわれている。
が、あれは世紀の茶番ではなかったかと疑いを持つ人も、いるそうだ。
気持ちは、わからなくもない。
多分、僕が宇宙よりも人間にこだわる理由と同じである。
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2005年5月5日 (木) |
「もうオジさんだよ」 |
――僕、もうオジさんだよ。
などという。
たいていは、まだ若い男性がいう。
自分を本当には「オジさん」だと思っていないからこそ吐ける台詞だともいわれる。
おそらく、そうだろう。
僕も時々、使う。
例えば、二十歳前後の女の子とお喋りをしているときに、
――僕、もうオジさんだから、面白い話はできないよ。
などという。
ヌケヌケという。
もちろん、シャレのつもりである。
本当にオジさんなら、シャレにならない。
似たような台詞に、
――もう人生の半分が過ぎたか……。
というのがある。
僕の父は約60年生きた。
正確には59年と11ヶ月である。
僕は今、31歳だ。
もし、父と同じ寿命なら、たしかに、もう半分が過ぎている。
人生の折り返し地点を過ぎたわけだ。
でも――
本当のところは、そうは思っていない。
人生80年といわれる昨今、父は、やはり少々、短命だったと思っている。
自分も同様に短命だとは思っていない。
少なくとも本気では思っていない。
いつも、こうだ。
いざとなると僕は自分に甘くなる。
昔は、それがイヤだった。
常に自分に厳しくありたいと思っていた。
今は違う。
（まあ、それもいいじゃないか……）
と思う。
やはり、父より少しは長く生きたい。
健康には気をつけよう。
でも――
どうやったら気をつけられるのだろう？
こんな思い、明日になれば忘れてしまう。
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2005年5月4日 (水) |
「何をいうか？」ではなく「誰がいうか？」 |
抗議の声が240件も寄せられたそうである。
昨日、NHKが放映したプロ野球・中日対ヤクルト戦の実況中継である（日刊スポーツ提供）
実は、この放送、僕もみていた。
ゲストは俳優の森山周一郎さん――洋画の吹き替えで有名な声優さんでもある。
他に宮崎駿監督のアニメーション映画『紅の豚』のポルコ・ロッソ役で知られる。
その森山さんが、試合中継の間、盛んにトークした。
ゲストだからトークは構わない。
まして、話題は全てプロ野球である。
この点では問題はない。
が、少々お喋りが過ぎたようだ。
ときにアナウンサーや解説者を差し置く勢いであった。
森山さんはプロ野球ファン歴60年で、プロ野球には相当にお詳しいそうである。
たしかに、お話の内容は、大筋では当たっており、それなりに面白かった。
とはいえ、試合中継の間ずっと、お喋りになるので、鼻に付いた人は多かったようだ。
僕も全く気にならなかったといえば嘘になる。
＊
作家の童門冬二さんは、日本社会の通念として、
――何を言っているかだけではなく、誰が言っているかも問題なのだ。
と、ご指摘になっている（『童門流人前で話すコツ』PHP文庫）
この国では、仮に正しいことであっても、誰がいうかによって、受け止められ方は違ってくる。
才走った若造がいうか、敬愛される宿老がいうかで、かなり違ってきこえる。
本当は、そんなことはあるまい。
良いことは誰がいっても良いことのはずである。
が、そうはいかない。
そういう現実が、この社会にはある。
まさに、
――お前がいうな！
というヤツである。
＊
昨日の森山さんの話は面白かった。
たしかに面白かった。
が、森山さんは、あくまで素人である。
プロ野球経験者ではない。
TVのチャンネルを捻って素人の蘊蓄（うんちく）をきかされたのでは、たまらない。
たとえ、プロに匹敵する蘊蓄であっても、だ。
お喋りは、多分、森山さんの良さでもある。
だから、大人しくしていたのでは出演の意味がない。
が、せめて、終始一貫、素人の立場を貫かれれば良かった。
森山さんのトークは、ときに素人の立場を逸脱した。
まるでプロ野球経験者のような口ぶりが目立った。
それが、240件の抗議につながったと思う。
僕は、森山さんには、やや同情的である。
少なくとも、ファン心理の妙は巧くいいあてておられたように思う。
印象の残ったのは、
――中日が優勝すると不吉なことが起こる。
のくだりだった。
森山さんは中日ドラゴンズのファンである。
ドラゴンズは、たまにしか優勝しない。
そして、過去に優勝したときは、なぜか大きな事故や災害が起こっている。
だから、他チームのファンに、
――世の平穏のために優勝するな。
と、いわれる。
――いくら何でも、それは酷いでしょう？
というのが、トークの主旨であった。
もちろん、本当に「酷い」といっているのではない。
ファン心理の滑稽さを冗句にしたのである。
これが、先日のJR福知山線の脱線事故と照らされ、
――不謹慎だ。
と抗議されたという。
いささか穿ち過ぎであろう。
前後の文脈をみれば、そういう解釈は成り立たない。
ドラゴンズが優勝しなくても、これまでに、多くの悲惨な事件が起こっている。
要するに口実にされたのだと思う。
あまりにもお喋りが過ぎたから、
――こいつ、気にくわねえ！
と思われた――そういうことであろう。
＊
この国では、
――何をいうか。
ではないのである。
――誰がいうか。
が大切なのだ。
改めて、そう思った。
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2005年5月3日 (火) |
深い黄緑 |
新緑――という。
初夏の若葉の緑をいう。
――仙台は新緑が美しい。
と、いわれた。
仙台にやってきた直後のことである。
借りる部屋をみてまわっているときに、不動産屋さんにいわれた。
「ケヤキの緑がいいんですよ」
と――
青葉通りや定禅寺通りのケヤキ並木のことである。
仙台が「杜の都」と称される所以の一つである。
「何とも云えぬ深みがあってね」
と、いう。
以後、十数回にわたって仙台の新緑をみてきたが、いま一つピンとこなかった。
たしかに、美しい緑だとは思う。
が、
――何とも云えぬ深み
というのが、わからなかった。
鮮やかな黄緑である。
深みというのとは、ちょっと違う。
常々、
（何が深いのか？）
と思っていた。
5月になった。
今年も同じことを思っている。
相変わらず緑は美しい。
しかし、それは鮮やかな黄緑である。「深い」というよりは「軽い」のである。
今日、久々に定禅寺通りを歩いた。
天気が良かったからである。
それで、ようやくわかった。
――何とも云えぬ深み
の意味が、である。
定禅寺通りのケヤキの葉は鮮やかな黄緑だ。
が、日の光の陰影が微妙に作用する。
初夏の陽射しが翳るところに、
――何とも云えぬ深み
は、あった。
さながら、深い黄緑――とでも呼ぶべき緑である。
ケヤキの根元から上方を仰ぎみると、鮮やかな黄緑と深い黄緑とが混じり合う。
深い黄緑など、初めて意識した。
5月は始まったばかりである。
もしかしたら、あと半月もすると、ケヤキの葉の色自体に深みが宿るのかもしれない。
が、その可能性は薄いと思っている。
仙台に住んでいて、ケヤキ並木の緑にうたれるのは、何といっても桜の散った直後である。
桜色から緑色のスイッチが劇的なのである。
5月も半ばになると、緑のことは忘れてしまう。
だから、あの不動産屋さんがいいたかったことは、やはり、深い黄緑のことだったのではないかと思う。
念のため、もう半月ほど注意してみていようとは思っている。
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2005年5月2日 (月) |
タクシーが笑っている |
片側3車線の道路を車で走っていた。
信号が赤になり、止まった。
止まったのは3車線の真ん中だった。
タクシーが一台、右隣の車線を追いこしていき、斜め前方10メートルくらいに止まった。
突然――
後部座席のドアが開く。
ひとりでに開いた。
タクシーだから、ひとりでに開くのは当然である。
が――
片側3車線の中央寄りで後部座席のドアを開けても仕方があるまい。
信号待ちの最中とはいえ、危険である。
客を降ろすにせよ、拾うにせよ、危険である。
何のためなのか？
客が降りる様子はない。
よくみれば、客席は無人である。
逆に、客が乗る様子もない。
付近の歩道に人影はなかった。
わけがわからない。
しばらく様子をうかがっていると、開いた後部座席のドアごしに、運転手の笑い顔がみえることに気が付いた。
みると、僕の前に止まっている自家用車の運転席から人の首をせりだし、タクシーに向って何やら返事をしていた。
二人とも、ケタケタと楽しそうに笑っている。
信号待ちとはいえ、片側3車線の大通りである。
何とも大胆な世間話だ。
察するに、自家用車の運転手もタクシー・ドライバーに違いない。
同じ会社の運転手だろう。
今日は非番で、たまたま自家用車に乗っていたところを、同僚に呼び止められたに違いない。
タクシーの後部座席のドアを運転席で開く仕組みは、日本独特のものだそうである。
一昨年、スイスのチューリッヒでタクシーに乗ったときは、わざわざ運転手が降りてきて手でドアを開けてくれた。
ドアを一定の隙間に開け続けているのは結構、難しいようである。
よくは知らないが、運転席のレバーのようなものを、押したり引いたりしながら、微妙に隙間を保つようである。
今日も、二人の運転手が世間話に興じている間、タクシーの後部座席のドアはヒラヒラと微細に羽ばたき続けていた。
そのヒラヒラが、タクシーの運転手の笑い声と呼応しているようで面白い。
タクシーが笑っているようにみえた。
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2005年5月1日 (日) |
考え方が老けてきた |
最近、
（考え方が老けてきたな）
と思う。
文字通りにはとらないで頂きたい。
本当に考え方が老けてきたら、小説書きなど、やっていられない。
深夜、コンビニエンス・ストアの駐車場で若い男女が話し込んでいる。
おそらくは友達以上・恋人未満である。
友達なら、そんなところで話し込む気にはならないだろう。
恋人なら、さっさと、どちらかの家に入ればいい。
二人は、僕が店内で買い物を済ませる数分の間ずっと喋り続けていた。
さも楽しそうにペチャクチャと――
その後、たまたま買い忘れがあって、1時間後に同じ店を訪れた。
すると、まだペチャクチャと喋っている。
楽しそうに喋っている。
十代の僕なら、
（うらやましい）
と思ったかもしれない。
が、今は思わない。
とても、そんなことは思えない。
代わりに、
（三、四十年後も、そうやって喋れていたらいいね）
と思ったりした。
夜の恋人たちをみて、そんな意地悪を思ったのは、先日、
――近年、熟年離婚のケースが増えている。
というニュースをみたからである。
子育てを終えて10〜20年を経た夫婦の離婚である。
一組の男女が、二人だけで10年も20年も同居し続ける文化は、人類史上初だそうである。
つい100年くらい前までは大家族が普通だった。
世界的に普通だった。
今は先進国を中心に核家族化が進んでいる。
日本においても猛烈な勢いで進んでいる。
人類は未知の領域に足を踏み入れた。
一組の男女が10年も20年も同居し続けるノウハウを早急に確立する必要がある。
さもないと、熟年離婚は、ますます増えていく。
――増えても構わないじゃん！
という議論はさておいて……。
女の子との交際が新鮮に感じられた頃は、夜中に2時間も3時間も異性と話し込むことが、とてつもない偉業のように思えたが、今は何でもない。
割と簡単にできることを知っている。
むしろ、10年も20年も一所に住み、穏やかに対話し続けることのほうが、遥かに大偉業である。
そんな夫婦の現実の断片がみえてくると、深夜にコンビニエンス・ストアの駐車場で、いつまでも楽しそうに語り合う男女が切なくみえる。
もちろん、余計なお世話だけれど……。
公共の場で少年少女が話し込んでいるのをみかけると、注意し始めるオジさんがいる。
オバさんも、いる。
物語の世界のことである。
注意の主旨は意地悪ではない。
――もっと落ち着くところで、ゆっくりと話したら？
ということなのだが、若い二人は、そうはとらない。
自分たちが二人だけの世界に閉じこもったことを詰られた、ととる。
それが原因で、別れる必要のない二人が別れたりするからドラマになる。
真相を知る者は、何とも悲しい気分になる。
そういう小説を読むとき、以前なら、注意される二人の立場になれた。
今は違う。
注意するオジさんの立場になっている。
（考え方が老けてきたな）
と思うのは、そのことである。
その事自体は良いことでも悪いことでもないと思っている。
人は変わる。
それを適宜「老ける」と、おとしめているだけである。
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