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2005年4月30日 (土) |
猫との同居 |
ペットが嫌いである。
飼ったことはもちろん、飼おうと思ったこともない。
母がペット嫌いだったということもある。
父は金魚が好きだった。
毎週日曜の朝は、いそいそと水槽掃除に取りかかった。
そんな父も、犬や猫には関心がなかったように思う。
だから――
僕はペットに縁がない。
それで、よかったと思っている。
ペットがいると、どうにも落ち着かない。
庭に犬がいたり、部屋に猫がいたりすると、なぜか、こちらの居心地が悪くなる。
動物は本来、野生で暮らすのが幸せだろう、という考え方が一つ――
もう一つは、率直にいって気味が悪いということ――人以外の存在が身の周りにいるということ自体、気味が悪い。
――飼ったこともないくせに！
と怒る向きはあろう。
たしかに、ペットを飼ったことはないが、猫と同居したことはある。
予備校時代、下宿先に猫が居た。
名を「ぜん」という。
漢字で書けば「喘」だ。
大家さん曰く、初めて紛れ込んできた日に喘息の発作で苦しんでいたという。
介抱してやったら、数日で治った。
（猫も喘息になるのか？）
と不思議に思ったりもしたが、少なくとも大家さんには、そうみえたらしい。
以来、
「ぜん――」
と呼び掛けると、
「ニャー」
と返事をする。
僕が呼び掛けても返事はないが、大家さんが呼び掛けると、たしかに返事をする。
紛れもなく「ぜん」だと思った。
夕飯を食べていると近寄ってくる。
突然、膝の上の乗ったりする。
ビクっとし、思わず払い除けようとするのが常だった。
「相性が良くないみたいね」
と大家さんは笑った。
たしかに、相性はよくなかった。
他の下宿生に懐くことはあっても、僕に懐くことはなかった。
同居は、人以外とであっても、大変だと思った。
このときの経験で懲りた。「ぜん」には申し訳ないが、猫との同居は二度とゴメンである。
ペットが嫌いなのであって、猫が嫌いなのではない。
猫が道端で気持ち良さそうに丸くなっているのは好きである。
猫は猫なりに生を満喫しているのだと思うと、こちらまで嬉しくなる。
が――
猫が人から餌をもらっているのは、みたくない。
悠然と一人で生きる孤高の猫なら、いいと思うのだ。
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2005年4月29日 (金) |
呼び名としての記号 |
高校生の男女数人が電車の中で話をしている。
皆、この春に同じ中学を卒業したばかりの1年生らしく、今は男女別々の高校に通っている。
駅で久々にバッタリ――だったのかもしれない。
そのうちの二人の会話――
「ねえ、下手ッぴ！」
と女の子――
「うん？」
と男の子――
「今も楽器やってるの？」
「うん。やってる」
「なに？」
「トロンボーン」
「ふうん……」
女の子に「下手ッぴ」といわれて顔色を変えない男の子は、ある意味、異様である。
まあ、立派ともいえるけど……。
おかしかったのは、「下手ッぴ」と呼び掛けた女の子が、「下手ッぴ」と呼び掛けられた男の子に気があるらしい、ということだった。
どうやら、「下手ッぴ」というのは、トロンボーンが「下手っぴ」という意味ではなく、その男の子の単なる呼び名のようである。
藤子F不二雄さんのマンガ『キテレツ大百科』に「ブタゴリラ」なるキャラクターが登場する。
『ドラえもん』のジャイアンに相当するキャラクターで、いわゆるガキ大将タイプだ。
そのガキ大将が、皆から、
――ブタゴリラ！
と呼ばれている。
「ありえないよ」
と高校時代の友人が笑っていた。
たしかに、普通、「ブタゴリラ」と呼ばれて気分の良くなる人はいない。
が、「下手ッぴ」も「ブタゴリラ」も、その言葉自体に意味はないのだろう。
おそらく、呼び名としての記号に純化している。
ただし、その記号は人々に普遍的に共有されているわけではない。
あくまで、当人が所属する共同体の構成員にのみ共有されている。共同体の外部の人間には共有され得ない。
キテレツやコロ助やトンガリが「ブタゴリラ」と呼ぶのはありかもしれないが、部外者にはありえない。
さしものブタゴリラも怒るに違いない。
多分、「下手ッぴ」も同じである。
あの女の子が「下手ッぴ」と呼ぶから記号になるのであって、僕が呼んだら、そうはならない。
彼も気を悪くするだろう。
呼び名に用いられる言葉が本来の意味を失うことは、よくある。
例えば、「判官」といえば、本来、昔の朝廷の四等官（上級官吏）の第三の官・尉の総称である。
が、今日の「判官」は、通常、源義経を指す。
義経が検非違使・左衛門少尉の地位にあったからである。
もちろん、義経を上級官吏の象徴とみなしている人など、いない。
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2005年4月28日 (木) |
「――電車の中で化粧をするな」？ |
形式的なルールとかマナーとかいうものが好きではない。
なぜ、それが必要なのかが、わからないようなルールやマナーである。
中学校の校則などが良い例だ。
例えば、
――髪を染めてはいけない
――黒髪でないといけない。
というものである。
僕は黒髪が好きである。
例えば、紫よりは黒がいい。
が、別に髪が紫でも、毎日の学校生活を礼儀正しく送っていれば、誰にも不快感は与えないと思うのだが……。
――髪が紫だと腹が立つ。
という人がいるのだろうか？
しかし、もしかしたら、髪が黒だと腹が立つという人だって、いるかもしれない。
人を見かけだけで判断するのは、いかがなものか？
つまり、
――髪が紫だと腹が立つ。
は単なる我が儘かもしれない、ということである。
が、もし、
――髪の異臭に腹が立つ。
なら、わかる。
臭いは、自分が慣れていないものについては、かなり気になる。
腹が立つこともあろう。
――電車の中で化粧をするな。
というマナーがある。
あれも、僕には、よくわからなかった。
女性が電車の中で化粧をしているのが、なぜ悪いのか？
たしかに、みっともないとは思う。
自分の家族がやっていたら、僕も、やめさせるだろう。
が、他人がやっている分には構わない。
その人が損をしているだけなのだから……。
わざわざ注意をするのは大きなお世話というものだ。
つまり、僕にとって、
――電車の中で化粧をするな。
は、内実を伴わない形式的マナーだったのである。
が、違うらしい。
今日、某サイトをみていて初めて知った。
――電車の中で化粧をするな。
は、化粧の臭いが気になる人のためだという。
（なるほど――そういうことか。それなら、わかる）
と思った。
嫌いな臭いは、人をどうしようもなく不快にさせる。
僕は、たまたま化粧の臭いは、それほど気にならない。
だから、
――電車の中で化粧をするな。
が、わからなかった。
意外と、わからないものである。
類例は他にも、たくさんあるように思う。
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2005年4月27日 (水) |
過程が重要 |
今日も負けている。
楽天イーグルスのことである。
11連敗――
毎日のように試合があるプロ野球の世界で、2週間も勝ち星から遠ざかっている。
勝率は2割を切った。
この話を始めると、プロ野球に関心のない人はソッポを向く。
関心のある人でも、仙台周辺に住んでいない人はソッポを向く。
別に、仙台のイーグルス・ファンにしか通じない愚痴をこぼそうというのではない。
僕が問題にしたいのは、負け続けることが、そんなに悪いことか、ということである。
マスコミの報道をみて疑問に思うのは、
――やっぱり勝たないとね。
という風潮に偏り過ぎている点だ。
そういえば、ひと昔前まで全国的な人気球団だった読売ジャイアンツも、近年は試合中継の視聴率がとれないようで、その理由の一つに、
――勝てないこと。
が挙げられている。
本当にプロ野球を楽しんでいる人にとって、ひいきチームの勝敗は、それほど重要ではない。
重要なのは勝敗に至る過程である。
僕にいわせれば、11連敗も立派なエンターテインメントである。スター選手ばかりで勝てないのもエンターテインメントである。
11連敗するには、それなりの訳がある。
スター選手ばかりで勝てないのにも訳がある。
なぜ勝てないのか？
その原因が追求され、改善されていく様子は、大いなる楽しみといえる。
その認識が、いまのマスコミに、どれほどあるのか？
楽天イーグルに関していえば、まだプロ野球に慣れていない仙台の人々が、マスコミの表面的な報道に踊らされることが気がかりだ。
11連敗の陰で、関係者がどれだけ苦悩しているか、どのように打開しようとしているか――これほど面白い人間ドラマはないにも関わらず、それが上手にクローズアップされていないように感じる。
地元・仙台にいてさえ、そうである。
他地域で楽天イーグルスに関心のある人は、さらにもどかしい状況だろう。
もったいないな、と思う。
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2005年4月26日 (火) |
組織のトップ |
組織のトップは、どうあるべきか？
昨今、幾人かの有名会社のトップの引き際をみて思う。
トップとは結局、
――いかに追い出されるか。
ではないか？
それが、トップのゴールではないか？
もちろん、良い追い出され方と悪い追い出され方とがある。
とにかく追い出されればいい、というわけではない。
もし、僕が何かの組織のトップになることがあったら、その日のうちから引き際を考えたい。
引き際のタイミングはトップ就任時の状況によって異なる。
3ヶ月後かもしれないし、30年後かもしれない。
30年後の場合は、引き際など考えないように振る舞うかもしれない。
が、内実は違う。
いつも引き際を考える。
そんなトップであり続けたい。
地位に就いたその日から、自分が用済になるように仕向ける地位――それがトップである。
惜しまれて退任するトップは駄目なトップである。
少なくとも平凡なトップである。
――あなたなんか、もういらないよ。
と追い出されるのが非凡なトップである。
追い出されるということは、少なくとも優秀な後継者を育てたということだ。
その一点だけでも、組織への貢献は、はかりしれない。
だから、トップとは損な役回りである。
これほど孤独で、阿呆らしく、辛い仕事はない。
時々、やたらとトップになりたがる人がいる。
多分、トップの本質がわかっていない人である。
私腹をこやしたり、権限を振りかざしたりするタイプは、そういうトップだろう。
もちろん、トップとして何を成すかは重要である。
トップになるためだけにトップになるのが愚かなように、トップの座を追われるためだけにトップになるのも愚かな話だ。
が、どんなトップでも、何事かを成した後では、必ず辞めるときがくる。
だから、トップの真価は追い出され方で決まる。
＊
大会社が不祥事を起こしたときに、そのトップに対し、マスコミから必ず出る質問がある。
――引責辞任の意向はないのか？
トップの仕事を理解した上での質問とは思えない。
その答えを本当に知りたいと思っている人など、いるのだろうか？
当人以外にとっては、どうでもいい話である。
――どのように責任を全うするのか？
それだけを訊けば済む話である。
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2005年4月25日 (月) |
ウーロン茶を飲むと |
ウーロン茶を飲むと、夏の日ざしを思い出す。
高校時代の通学路である。
高校には電車で1時間かけて通っていた。
家から駅まで自転車で数分、乗車駅から降車駅まで1時間ちょっと、降車駅から学校まで歩いて15分――
もちろん、帰りは、その逆である。
ウーロン茶で思い出すのは、帰り路だ。
学校から駅までの通学路である。
定期考査前などはクラブ活動が休みになる。
午後早い時間での下校となる。
だから、夏などは、午後の暑い盛りを、よく駅まで歩いた。
友人たちと
「あちー、あちー」
と、わめきながら、よく歩いた。
そして、駅に着き、冷たいウーロン茶を買う。
甘いジュースの類いではなく、ウーロン茶を買う――350ml缶に入っているヤツである。
当時、小型ペットボトルは存在していなかった。500mlサイズの登場は僕が大学3年のときである。
喉の乾きを癒すには、甘くないほうがいい。
ウーロン茶は、うまかった。
1分とかからずに飲み干した。
＊
平素、僕は、お茶をたっぷり飲む。
ペットボトル入りの冷たいお茶である。
が、ウーロン茶は、あまり飲まない。
緑茶などを好む。
実をいえば、ウーロン茶は、そんなに好きではない。
高校の帰り路にウーロン茶ばかり飲んでいたのは、駅の自販機に他のお茶がなかったからである。
それで、今では、たまにウーロン茶を飲むと、特異な追憶を呼び起こすようになった。
高校を出て、10年ちょっとになる。
この間、ずっと呼び起こし続けている。
不思議なものである。
嗅覚は記憶と結びつきやすいという。
何かで読んだことがある。
が――
僕の場合、どうやら味覚のほうが、よりあてはまるようだ。
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2005年4月24日 (日) |
鬼火のように |
日記というものは、本来、その日に起こったことだけを書く。
事実だけを書く。
感想などは挟まない。
そうすることで、人は何十年と日記を書き続けることができる――
そう書かれてあった本を、今日、みかけた。
パラパラッと数ページをめくっただけだが、多分、そこに書かれてあったことは本当だと思う。
僕は日記をつけていない――などと書くと、
――いつも書いてるじゃないか！
と笑われる方も多かろう。
が、『道草日記』は日記ではない。
随筆である。
少なくとも、その体裁をとっている。日記の体裁はとっていない。
日記は、事実だけを淡々と伝えるのがよい。
最近は日記の書き方を知らない人が多いといわれる。
昔は違った。
昭和や大正の政治家や軍人の日記をみてみると、どれも本来の体裁である。
出来事だけが無味乾燥に連ねられている。
とはいえ、やはり人間だからなのか――
ときに炎（ほむら）が如き思いの丈が書き込まれる。
昔、TVのドキュメンタリー番組で、手塚治虫さんの晩年の日記が紹介されていた。
手塚さんは1989年に亡くなっている。
番組の放映は、その後、間もなくだったと記憶している。
手塚さんの日記も、概ね出来事列挙型であった（少なくとも、僕の記憶に残る部分は、そうだ）
ただ、一カ所だけ、闘病中に食事をとろうと思い、うまくとれずに、
――無念！
と書き込まれたところがある。
鮮烈だった。
60歳で病没した手塚さんの、率直な気持ちとよみとることもできる。
もちろん、
――無念！
は感想以外の何物でもない。
が、情念のほとばしる感想である。
日記に書き込まれる感想としては違和感がない。
感想は書かない。
それが日記継続のコツである。
が、つい書いてしまう――鬼火のように煌（きら）めいてしまう。
そういうものだと思う。
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2005年4月23日 (土) |
季節外れの風邪をひいた |
季節外れの風邪をひいたようだ。
何だって、こんな時期に風邪をひかなくてはならないのか？
自分で記憶している限り、学校時代（小学校〜大学院）の約20年間、4月の新学期に風邪をひいたことはない。
これから、どんどん暖かくなるこの時期に、昼間から家で寝ていた記憶など皆無である。
もっとも、今年は4月早々から周囲に風邪ひきがたくさんいた。
おそらくは、そこから、もらったものだろう。
まあ、やむを得ない。
今年は花粉の飛散量が例年になく多いそうだ。
重い花粉症に風邪を併発した人が多かったのだろうか？
真相は知らない。
ただ、周囲で風邪様症状に苦しんでいた人が、たくさん目に付いていた、ということである。
というわけで、明日は丸一日をゆっくりと休養にあてたいところだが、そうもいかない。
午前中から仕事がある。
せめて、今夜は早く寝ることにする。
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2005年4月22日 (金) |
「お金には困ってません」？ |
先日、副業先の同僚に、うっかり、
「お金には困ってません」
と、いったら大騒ぎになった。
「そんなに、もらってたんですか！」
と、いうことである。
誤解である。
たしかに今は金に困っていないが、それは収入が多いからではなく、出費が少ないからである。
おそらく、予備校時代の経験がものをいっている。
僕は、大学時代以降だけでなく、予備校時代の2年間も親元を離れていた。
予備校生の分際での一人暮らしである。
自然、緊縮財政がモットーとなった。親への遠慮である。
それが癖になった。
緊縮財政は大学に入ってからも続く。
例えば、学生時代、僕は、ついに一度も海外旅行をしなかった。
長期旅行など、もっての他であった。
「それで、よく気持ちがもちますねー」
と、いわれた。
後輩の女の子に、である。
その子は毎年のように海外旅行にいっていた。
もちろん、自分で稼いだアルバイト代で、である。
僕も同じペースで稼いでいた。
だから、その子が海外旅行に回す分を、僕は貯金に回していた。
無理して旅行にいかなかったわけではない。
いく必要がなかった。
例えば、エジプトのピラミッドをみにいく代わりに、宮尾登美子さんの『クレオパトラ』をよむ。
それで十分に旅行気分に浸れた。
しかも、『クレオパトラ』なら時間旅行のオマケ付きである。
いいか悪いかは別にして、それで満足だった。
およそ物要りではない性分である。
そんなに稼いでいるはずはないのに、貯金がたまってしまうくらいである。
もちろん、親が十分な仕送りをしてくれた、ということが大きい。
大学を卒業し、大学院生になると、さすがに、そうもいっていられなくなる。
まず、学費を稼がねばならない。
親の仕送りは途絶えていた。
アメリカでは大学院生の学費は所属研究室が払う。少なくとも理系は、そうである。そういうシステムになっている。
学費どころか、生活費も払ってくれる。給料である。
だから、アメリカの大学院生は社会人である。
日本は、そうではない。
奨学金を得るか、親のスネをかじるか、アルバイトで稼ぐか、である。
僕はアルバイトで稼いだ。
一部、研究室から、もらってはいたけれど……。
日本の学費は高い。
少なくとも安易なアルバイトで賄える額ではない。
途中でバカらしくなった。
僕が学者業に見切りをつけた遠因かもしれない。
そうやって高い学費を払い続けた。
もちろん、生活費も調達しないといけなかった。
私費で学会に参加することもあった。特に海外の学会は、そうだ。
研究室の費用でいくと、どこにも寄れない。隣街にも寄れない。それが規則だという。
わざわざ時間をとって行くのに、それはない。だから、私費になる。
組織の内部にいると色々に不自由だ。
今は気楽なフリーの身である。
出費は大きく減った。
海外の学会に私費で参加する必要もなくなった。
それで、今は、
――お金には困ってません。
なのである。
本当の意味で困っていないのなら、夢のような話である。
独身の男が暮らしていくには困らない――という程度である。
結婚したら、たちまち困ってしまう――ということである。
少なくとも文筆活動に費やしている分は無くなるだろうなあ……。
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2005年4月21日 (木) |
マル太・管理人モード |
本日は、マル太、出張＆多忙につき、『道草日記』はお休みです。
明日から再開します。
御愛顧、ありがとうございます。
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2005年4月20日 (水) |
約束の時間を間違えた |
約束の時間を間違えた。
7時間の間違いだった。
遅れたのではない。
早かった。
午後5時の約束を午前10時と勘違いした。
けれども、午前10時のつもりでスケジュールを組んでいたので、さあ大変――
一番の問題は、昨夜ほとんど寝ていなかった、ということ――
――午前10時からの約束を終えた後、ちょっと家に戻って仮眠して、それから……。
と目論んでいた。
その他、色々なことがパーになる。
せめて、勘違いに気付いた段階で、多少なりとも眠気があればよかった。
スケジュールを前倒しにし、一時帰宅して仮眠をとったかもしれない。
が、あいにく全然、眠くはなかった。
結局、午後5時までの間、外向きの用事を片端から済ませることに……。
主に自家用車の用事であった。
冬タイヤを夏タイヤに交換したり、ディーラーで点検してもらったり……。
お陰で、徹夜明けだというのに、この時間（夜12時前）まで一睡もしていない。
いい加減、そろそろ眠りたいのだが……。
予定が急に変更になってもイラつかなかったのがよい。
イラつくと、ロクなことがない。
昔は結構イラついた。
簡単なことでイラついた。
そんなに昔のことではない。
ほんの3、4年前のことである。
今日みたいなことが、その頃の僕に起こっていたら、真違いなく暴発していたと思う。
自分の勘違いなのに……。
今は、それだけ心に余裕がある、ということか。
心に余裕があるということは、多分、幸せなのであろう。
やりたいことをやっている幸せ、である。
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2005年4月20日 (水) |
議論好き、議論嫌い |
愛知万博が気になっていた。
『愛・地球博』が正式名称の万国博覧会である。
今年の3月25日に開幕し、9月25日まで開催される。
気になっていたのは、堺屋太一さんのことである。
作家で元経企庁長官の堺屋さんは、通産官僚時代、大阪万博や沖縄海洋博を手掛けた万博のエキスパートである。
万博に関する日本の第一人者といってよい。
だから、愛知万博の招致が決まったとき、日本の万博協会の最高顧問に就任されたのは自然な成り行きであった。
招致決定の年の4年後の2001年3月のことである。
ところが、3ヶ月後に堺屋さんは辞任を表明される。
記者会見の様子をチラリとTVでみたが、お辞めになる理由が、よくわからなかった。
なぜ、堺屋さんは愛知万博を見限ったのか？
今週発売の『週刊ポスト』（4月29日号）に答えがあった。
――堺屋太一、緊急提言「愛知万博を地方博に堕した官僚の罪」
の見出しである。
記事によれば、まず、万博と地方博とは似て非なるものだという。
万博というのはパリの博覧会国際事務局が認めた博覧会のことで、世界的視野にたった文化創造が主題である。
一方、地方博とは、博覧会国際事務局とは別に、地方の自治体や経済団体、報道機関などが催すもので、地域振興が主題である。
堺屋さんは当初、愛知万博は万博との認識であった（当たり前である）
ところが、最高顧問になってみて、どうも違う、ということに気付かれた。
愛知万博は愛知の地域経済が潤うための地方博――との位置付けだったというのである。
それではいけない――せっかく万博として誘致してきた意味がない――というので、100回は方針転換を説得したそうである。
が、関係者の多くは、
――官公庁や特定の運動家と摩擦なくやることを重視していた
ので、堺屋さんの持説に同調することは愚か、理解する意欲すらみせなかった。
それで、やる気を失って、お辞めになったという。
もちろん、堺屋さんに抗した人々にも言い分はあろう。
多分、自分の生活を守るための消極姿勢だ。
信念を貫き通す余り、路頭に迷うのはゴメン――といったところであろう。
一方、堺屋さんのお気持ちも、よくわかる。
落胆は大きかったのではないか。
途中で放り出すのは堺屋さんらしくないとは思ったが、納得のいかない仕事に貴重な時間を費やすのはバカげた話だ。
どうしようもなかったろう。
背景には、名古屋オリンピックの招致失敗があった。
地元では、愛知万博は名古屋オリンピックの代替と認識されていたそうである。
代替開催では意気が上がらないのも無理はない。
――オリンピックの十倍の規模なんですがね。
とは記事中の堺屋さんの弁――
少なくとも大阪万博には「代替」という発想は全くなかったはずである。
この記事を読んでいて、
（なんだかなあ）
と思ったのは、1935年生まれの堺屋さんの次の嘆息である。
――我々の年代が議論をしていると、若い担当者が“まあまあ”とおさめようとする。本当に議論が嫌いなんだなァと思う。
原点に立ち返って議論しなおそうとハッパをかける堺屋さんと、若手エリート官僚たちの温和な秀才面の陳列とが目に浮かぶ。
1973年生まれの僕にいわせれば、堺屋さんの年代が議論好きで、僕らの年代が議論嫌い、というわけではない。
どの年代にも議論好きはいる。
少なくとも僕は議論好きである。
そればかりか、僕より十は若い連中で、議論好きの人を何人も知っている。
議論を好きになれる理由は、議論をしても傷付かない術を知っているからである。
議論嫌いの人は、多分その術を知らず、議論して傷付き、疲れ果てるから、ますます嫌いになるのだろう。
経験不足である。
そういう人は、何より反論の仕方が下手である。
どうしようもなく下手である。
さしもの議論好きの僕でも、しばしばカチンとくることがある。
それで、向こうもカチンと来るんだろうな。
相乗効果というヤツである。
まあ、こちらとしては目くじらを立てないように、ひたすら自制をするけれども……。
議論好きからみると、議論嫌いが単なる怠慢にしかみえないときがある。
正直、
（そんなに議論がイヤなら、山奥にでも遁世すればいいのに……）
と思うこともある。
人間から議論の能力を奪ったら何が残るというのだろう？
もちろん、残る物もいっぱいあるけどね。
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2005年4月18日 (月) |
歴史は主観のせめぎあい |
先々週から数えて3週連続での週末デモである。
しかも物騒なデモだ。
もちろん、中国の話である。
あまりにも物騒なので、日本のメディアが盛んに報道を繰り返した。
その報道が日中間の歴史問題を改めてクローズアップしている。
日中間の歴史問題は、どうも二重構造のようだ。
2つの問題が混ざりあっているように思える。
少なくとも日本側で議論されるときは、そうだ。
1つは、過去の日本政府の外交・国防政策が中国への侵略行為であったかどうか――
もう1つは、現代日本人の歴史認識への中国政府の介入を、どこまで許すべきか――
議論は、しばしば噛み合わない。
最大の要因は、1つ目の争点に、2つ目の争点で応じたり、その逆があったりするからである。
例えば、ある人が、
――日本の行為は侵略だったのではないか？
と、いうと、
――お前は中国政府の手先か！
と反論が出る。
――お前こそ、過去を反省する勇気はないのか！
と応じると、
――反省して謝ればいい、というものではない！
とヒートアップする。
過去の日本政府の政策を評価することと、現在の日本の国益を保全することとは、無理にでも、わけて議論しないといけない。
――わけようにも、わけられない。
という意見に一理ある。
が、それでは中国政府の思うツボであろう。
あれは外交戦術である。
中国政府の土俵に立つ限り、日本政府は譲れたくても譲れない。
譲れば、国益の損失などの測り知れないダメージを被る。
だから、議論は平行線を辿る。
双方とも実利はない。
そもそも、歴史とは主観のせめぎあいである。
真の意味での客観的事実など、歴史にはない。
――そんなことはない！ 歴史は事実に基づく！
と主張する向きもあろう。
が、いわゆる史実というものは、それを突き詰めて考えてみれば、最後は常に曖昧となる。
かつて史実と思われていたことが、多数、覆ってきた。
仮に、歴史が客観的事実だけから成っていたとしても、話は同じである。
その客観的事実の解釈には、必ずや主観が入る。
だから、他者の歴史認識にケチをつけるのは身も蓋もない。
キリスト教徒がイスラム神にケチをつけるようなものである。
中国政府のいい分は、そのような意味で、非建設的である。
――我々の感情を傷つけた。
というケチの付け方では、歴史の現実を、よくわかっていないのではないかと疑われても仕方がない。
自己の感情が他者の歴史認識によって傷つけられるのは、むしろ当たり前である。
歴史とは所詮、主観のせめぎあいなのだから――
ただし、先日の『道草日記』でも触れたように、中国人にとっての歴史は「神」である、と仮定すれば、事態は理解できる。
中国は、歴史を尊重するあまり、歴史を、
――唯一絶対にして不可侵なもの。
と、みなす傾向にある。
過度な宗教信仰が人を真実から遠ざけるように、いまの中国人も歴史の現実から遠ざけられている。
そうであれば是非もない。
日本政府としては、イスラム教徒の前でイスラム神を尊重してみせるのと同じレベルで、中国の「歴史」にも一定の敬意を払うしかないのではないか。
その代わり、歴史認識と国益問題とは、きっちりと分離させる。
無理にでも分離させる。
そうすることによってしか、今の日中間の障壁は除けないように思える。
報道によれば、昨日、北京で行われた日中外相会談の席上、日本の町村外相は、1995年の村山談話に改めて言及したという（読売新聞提供）
村山談話とは過去の植民地政策への反省表明で、ときの村山総理によって中国側に伝えられた。
昨日の外相会談は荒れに荒れた、ときく。
日本側は在中邦人の身に危険が迫ったことを重くみ、いつになく厳しい論調で抗議したという。
そうした中でも村山談話を引き合いに出した。
極めて現実的な対応といえる。
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2005年4月17日 (日) |
愛想笑いの瞬発力 |
とっさの愛想笑い――というのは意外に難しい。
例えば、お世話になった人に、予想外の場面で遭遇したとする。
そこで、とっさに、
――あ、先日はどうも……！
とニッコリ微笑めるかどうか。
僕には無理である。
多分、ひどく無愛想な顔になる。
お世話になった人には限らない。
いつもは愛想良く接している人――例えば、商売上のお得意さんとか、クラスで好意をもった異性とかと、予想外の場面で――例えば、立ち読みしている本屋の中とか、通勤途中の電車の中とか――で、バッタリ鉢合わせ、というのも、そうである。
いつも通りの愛想笑いをキチンと浮かべてみせるのは至難の技である。
もちろん、「愛想笑い」というのは、いい意味で使っている。
媚びへつらうの意味の愛想笑いではない。
僕の場合、そこで上手に笑えないのは、多分、無意識の内に笑顔が引きつるのを恐れているからである。
無理に笑って最悪の笑みをさらすのはゴメンだ。
媚びへつらいの愛想笑いと誤解されるのはシャクである。
でも――
愛想笑いの瞬発力は武器になる。
いつ、いかなるときにでも、自然な笑みを浮かべられる人は強い。
人の世を生き抜く上で、強い。
有名人のTVタレントが、空港や駅で芸能リポーターに待ち伏せされ、それでも柔和な笑顔をみせることがある。
恐ろしいまでの瞬発力だと思う。
TV画面のこちら側の僕らが、その様子を目の当たりにすれば、やはり好印象を持つのが自然である。
逆に、ブスっとしていると、印象は悪い。
そっちのほうが、至極当然の反応であるにもかかわらず、である。
TVの怖さ、嫌らしさ、である。
よくTV向きの人という。
あの人はTV向き、この人はTV向きじゃない――というように……。
「TV向き」というのは、多分この手の瞬発力に優れた人のことである。
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2005年4月16日 (土) |
とかく、この世は…… |
――兎角に人の世は住みにくい。
とは夏目漱石の『草枕』の冒頭だ。
まったくもって、その通りと思う。
＊
僕は理で動く。
情では動かない。
が、ひと度、
――情の抑えがたきの抑えべからざる
を理で悟るとき、僕は情で動く。
ときに、理よりも情をとる。
そのときの僕は一見、情で動いている。
が、実は理で動いている。
だから、難しい。
要するに、
――理のみにて動くべからず。情のみにて動くべからず。
と、いうことだ。
公人としては、それでよい。
公人が情で動いたら大変である。
公人は、すべからく理で動くのがよい。
が、私人としてはどうか？
私人が理だけで動いたら阿呆である。
友達がいなくなるに違いない。
というわけで、
――理で動く。
の真意は、あくまで、
――公人としての僕は理で動く。
ということである。
念のため――
私人のほうは気にしていない。
工夫次第で、いくらでも気楽になるような気がする。
問題は公人である。
大抵の人は、厄介にも、公人としての働きで生の糧を得ている。
どうするか？
簡単にはいかない。
それで『草枕』のようになる。
智に働けば角がたつ。
情に棹さし流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかく、この世は住みにくい――
である（原文は少し違うけど……）
とりあえず、この問題の重さに気付いていれば、何とかなる。
酷い目には、あわなくて済む。
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2005年4月15日 (金) |
人生の終着 |
10年前の僕は今の僕を全く想像できなかった。
10年後の僕は、どうだろう？
以前、どこかで似たような話を書いた気がする。
『道草日記』であったか。
10年前の僕が今の僕を全く想像できなかったのは、10年前の僕が、そもそも10年後の自分などに興味をもっていなかった、ということによる。
逆にいえば、今の僕は10年後の自分に興味があるということだ。
最大の関心事は、
――10年後の僕は存在しているだろうか？
と、いうことである。
もちろん、その保証はない。
もしかしたら、事故で3年後とかに死ぬかもしれない。
3か月後かもしれない。
こんなことを考え出すと、急に恐くなる。
だから、やめにする。
10年前の僕が10年後の自分に興味がなかったのは、達観してのことではなかった。
――10年後に生きている保証などない。
と割り切っていたわけではない。
むしろ、10年後も当然、生きていると思い込んでいたがゆえの無関心であった。
お気楽であったといえる。
普通の二十歳前後の人は、どうなのだろう？
僕自身は、このように脳天気であったため、他の人たちも多分、同じだろうと、つい考えてしまいがちだ。
が、
「バカにしないで下さいよ」
と怒られたことがある。
「そんなこと、当然じゃないですか」
と――
――未来の自分を保証するものは何もない。
に気付くなど当然だ、というのである。
その人は二十歳前後ではなく、二十代前半だった。
「十代で気付きましたよ」
だそうである。
本当にそうなら、凄いことだ。
人生のかなりの期間を有意義に過ごせることになる。
羨ましい。
もっとも、その人は、まだ自分が何に打ち込みたいのか定まっていなかったように思う。
――未来の自分を保証するものは何もない。
と気付いてしまったのに、
――いま打ち込めるものが何もない。
と、いうのは存外に厳しい状況ではなかろうか。
もしかしたら、結婚し、家庭を築き、子育てにでも打ち込めれば、あるいは少しは楽になれるかもしれない。
が、そう簡単にもいくまい。
子育てには子育ての厳しさがある。
結局、
――人生は、そんなに温くない。
と、いうことか。
学生時代、60歳くらいの人に伺ったことがある。
「人間、いつになったら人生の終着がみえるのでしょうか？」
とある大病院の副院長の方だった。
「知るかよ」
と、いうのが、そのお返事である。
顔は笑っておられたが、目元と口元とは不機嫌そうで、寂しそうにもみえた。
何とも複雑なお顔だったと記憶している。
おそらく、
――そんなもん、何歳になってもわからんよ。
と、いうことだった。
――わかったら、つまらんだろうが。
と――
その直前――
四十代くらいの、これまたお医者さんから、
「この歳になると、だんだん人生の終着がみえてくるんだよ」
という話をきかされていただけに、
（なんのこっちゃ？）
の心境である。
まあ――
人生の終着なんて、みようと思ったらみえるし、みえないと思ったらみないで済むものなのだろう。
多分、年齢などは関係ない。
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2005年4月14日 (木) |
かなわぬ恋 |
何日か前の新聞で悩み相談のコーナーを読んだ。
依頼者は、たしか男性で、
――最近、ニュースのアナウンサーで、とても気になる人がいる。どうしたらいいのか？
というものだった。
回答者は女性で、おそらく、依頼者よりも年上である。
どういう回答だったか。
まず、
――あなたの想いは恋です。
との指摘がなされる。
その上で、
――あなたは、TV画面のあちら側への恋では、どうしようもないと絶望するかもしれませんね。
と続ける。
次の言葉が意表を突いた。
――いいじゃないですか、それでも……。
と、いうのである。
思わず、
（そうか！）
と唸ってしまった。
発想の転換である。
――ひたすら一方的に憧れているだけでも、いいじゃないですか。
である。
かなわぬ恋こそ至上の恋ではなかろうか？
そもそも、
――恋は、すべからく成就させるべし。
と誰が決めたのか？
むしろ、終生かなわぬ恋こそ貴重である。
――そのアナウンサーのことは、今後も是非、気にかけてあげてください。そのほうが、当のアナウンサーも喜びます。
と、いう。
末尾には、こうも付け加えられていた。
――かくいう私も、実は最近とても気になっている俳優さんがいるのです。
＊
恋は、かなわぬからこそ珠玉となる。
かなった恋は、ときに砂利石となる。
人は、恋に夢中になるとき、目が曇る。
砂利石を珠玉と見間違えることも、ざらである。
けれども――
砂利石を珠玉と見間違えたままでいられるなら問題はない。
TV画面のあちら側への恋など、まさに、うってつけではないか？
冒頭の悩み相談の回答者は、本当は、声を大にして、こう叫びたかったのかもしれない。
――それは凄くいいチャンスですよ！ 一生モノのチャンスですよ！
と――
TV画面のあちら側へ真剣に恋ができるなんて、かなり素晴らしい。
僕も一度くらいは経験してみたいと思う。
もちろん、当事者は、そうは思えないのだろうが……。
だからこそ恋なんだよね。
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2005年4月13日 (水) |
他人に本を薦める |
他人に本を薦めるのは、つくづく考えものだ。
小説はいうに及ばず、ノンフィクションの類いも、そうである。
人は、本を自発的に読むときのみ、真摯に読もうとするように思う。
本当の意味で、真摯に読もうとする。
逆に、他人にいわれて初めて手に取ったような本では、なかなか真摯になりきれないのではないか？
どこかに受け身の態度が残るからである。
（あの人にいわれたから、読んでみよう）
では弱い。
（これは読みたい！ 読んでみよう）
が、よい。
もっと漠然と、
（気になる。読んでみよう）
でも、よい。
本というのは、あてにならない。
本だけではない。
人が表現したものというのは、あてにならない。
以下、本に限って話を進める。
小説についていえば、そこに書かれていることは、一般には嘘である。
嘘は様々である。
本当っぽい嘘だったり、嘘っぽい嘘だったりする。
が、本当に嘘かどうかは、わからない。
嘘と偽って本当のことが書いてあるかもしれない。
だから――
何が何だか、訳がわからない。
そんなものを、人は、なぜ読むのか？
心動かされるために読む。
面白いと思ったり、凄いと驚いたり、哀しいと思ったり、安らぎを覚えたりするために読む。
ノンフィクションの類いはどうか？
わざわざ「類い」と付けたのは、ドキュメンタリー・タッチのレポートのようなもの以外に、随筆や評論などを含めるからである。
こちらに嘘はない。
ないことになっている。
とはいえ、筆者が常に正しいとは限らない。
筆者に自覚はなくても、嘘になっている可能性は残される。
筆者が誤解・曲解している場合も珍しくはない。
だから――
本は安易に他人に薦めるべきではないと思う。
そんな曖昧なものを、気安く薦めるべきではない。
本を選んだ責任の所在が不明になるような薦め方は、双方に不幸を招く。
もし――
どうしても薦めたいなら――
その人が、その本を自然と手に取るような状況を作ることである。
その人が、
――押し付けられた。
と感じさえしなければ、多分、問題は起きない。
が――
そんなことが可能だろうか？
少なくとも、一筋縄ではいくまい。
人が人を自発的に動かすのは至難の技である。
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2005年4月12日 (火) |
嗚呼、中国―― |
キリスト教徒にとっての神に相当するものを中国人に求めるなら、何か？
――それは歴史ではあるまいか。
と作家の陳舜臣さんはいう（『日本人と中国人』集英社文庫。初出は祥伝社刊、1971年）
かなり以前のご指摘ではあるが、今日の日中問題にも効いている。
つまり、中国人にとっての「歴史の歪曲」は神への冒涜に等しい、ということである。
だから、怒っているのである。
中国の反日デモのことである。
この問題は、小泉総理の靖国参拝に端を発したといってよい。
今や、日本の国連安保理・常任理事国入りの可否にまで飛び火した。
ここまでくれば、外交失策のそしりは免れない。
国益が大きく損なわれようとしている。
もちろん、国連安保理の常任理事国入りが国益だとすれば、だが……。
中国人の歴史尊重は日本人の理解を越えている。
感情に深く根差している。
宗教が感情に根差すのと同じ原理である。
――歴史尊重主義が極端になると、まちがいなく形式主義になる。
という。
これも陳舜臣さんの言葉である。
2、3日前、北京の反日デモの様子が盛んに報道された。
ニュースなどでみる限り、形式主義に堕していた、といっていいように思う。
日本人にしてみたら、あれは感情論に近い――悪い意味での感情論である。
少なくとも、そういう印象は拭い難い。
日本大使館の窓ガラスを割らなくても、日本人の多くは中国に一目、置いている。
中国人の発明した文字を使い、中国人の育んだ思想に学び、中国人の文化に憧れつつ、己の文化を形成してきた。
とりわけ明治以前の日本は、ほとんど中国一辺倒であったといってよい。
それを知らぬ日本人ではない。
が、いまの中国は、そうした自然な敬意を萎えさせる。
かつての超然とした大国の面影はない。
昨年だったか――
アジア初の有人宇宙飛行を成功させたといって、中国の民衆が大喜びしていた。
その光景をニュースでみて哀しくなった。
中国への尊敬の裏返しだったと思う。
有人宇宙飛行が珍しかった1970年代なら、わかる。
今は21世紀だ。
有人宇宙飛行が可能なのは、わかりきったことであった。
1960年代に、すでに人類は答えを得ている。
それを後追いするとは……。
たしかに、後追いもいい。
時には必要なことである。
それを大喜びしているのが情けない。
今の時代、時間と手間と金さえかければ、どこの国でもできること……である。
科学技術を誇示するなら世界初に挑戦して欲しい。
しかも、西欧人が思いもよらぬことである。
わかっている。
要は、過度に期待してはならない、ということだ。
中国は、200年前までは東アジアのリーダーだった。
紛れもなくリーダーだった。
おそらく、世界のリーダーにもなり得た。
が、今の中国に、その荷は重い。
こういうと中国は怒ると思うが、致し方ない。
リーダーとなるには皆の尊敬を集めなければならない。
が、尊敬の念というものは、自然と生じ、自然と消えいくものである。
尊敬の念が消えても、付き合っていかなくてはならない。
そういう場合は相手の短所に目をつぶるのがコツである。
――靖国参拝くらい、やめてあげてもいいではないか？
と僕が思うのは、そうしたことによる。
日本の総理大臣が参拝することで、キリスト教徒が神を冒涜されたと感じるくらいに、気分を害するなら、ゆずってあげてもいいではないか。
少なくとも、参拝をやめることが「神の冒涜」になると考える日本人は多数派ではない。
もちろん、戦争の賠償問題のように、国益に生々しく関わってくる話は別である。
賠償問題は日中間では終わった話だ。
たしかに、終わり方は中国にとっては損であったと思うけれども、だからといって話を蒸し返すのは、よくない。
外交失策は取りかえすことができないものである。
それは今の日本政府にもいえる。
これだけ中国との間系がこじれては、後に禍根を残すのは必定である。
外交は国家の要諦である。
失策は本来、許されない。
ところで――
小泉総理が靖国参拝をやめない理由は、案外、外交信念とは無関係かもしれない。
――過度な反日デモには中国の国内事情もある。
との見方がある。
小泉総理にも、靖国参拝をやめられない国内事情があるのだとしたら、理解はできる。
政治とは、そうしたものだ。
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2005年4月11日 (月) |
声 |
ふと耳にしたヒット曲を求めてCD店に入り、その曲が収載されたアルバムを買ったとする。
少なくとも当初は、お目当ての曲以外に用はない。
が――
そのアルバムを、例えば、車の中でかけっぱなしにすると、どうか？
当然、他の曲も繰り返し耳にする羽目になる。
そこで初めて、
（――あれ？）
と思うことがある。
（この曲、結構いいじゃん！）
である。
最初は無関心だったのに、ある日、突然それが気になりだす。
歌詞、旋律、伴奏――
もちろん、良さが一向にわからない場合もある。
結構ある。
そういう場合は結局、そのアルバムを歌っている人が駄目だった、ということであろう。
歌い手も聴き手も生身の人間である以上、相性の良し悪しの問題は避けられない。
相性の良し悪しに決定的に絡むのは何か？
少なくとも僕の場合は、
――声
である。
声が唄に占めるウエイトは、とてつもなく大きい。
声のない唄は、通常、成り立たない。
それでいて、声は実に個性豊かである。
好きな声、嫌いな声、綺麗な声、汚い声、印象に残る声、残らない声、何となく気になる声、全く気にならない声――などなど、である。
僕の場合、
（この曲、結構いいじゃん！）
と思うのは、実は、声を気に入ったときである。
その歌手の、その曲での声――である。
不思議なもので、同じ歌手なのに、唄によって、声の違う人がある。
声量や高低ではない。
質が違う。
逆に、どんな唄でも同じ声の人がある。
声量や高低がバラエティにとんでいても、均質に同じ声である。
もちろん、変化は微妙である。
繰り返し聴くからこそ、わかる変化である。
もしかしたら――
そういう変化を感じとれる歌手だからこそ、関心がいくのかもしれない。
つまり、僕は、その歌手との相性が良い、ということだ。
反対に、どの唄も同じ声で歌っている――と僕が感じてしまう人は、単に僕との相性が悪いだけかもしれない。
他の人にとっては、それぞれの唄で違った声が聴こえているのかもしれない。
唄の声を、ことさらに取り上げたのは、なぜか？
実は小説にも同じことがいえるのではないかと、今日、不意に思ったからである。
最近では、古典文芸作品をCDに吹き込んだものが売られているそうだが、あれなどは全くもって、吹き込まれた声が全てではないか？
例えば、夏目漱石の『こころ』を緒方拳さんの声で聴くのと、市原悦子さんの声で聴くのとでは、えらい違いであろう。
声はセンスだ。素質である。
才能でもある。
声を文芸に取り込む試みは、おそらく間違ってはいない。
声が唄の良し悪しの大部分を決めるように、文芸の良し悪しの大部分を決める――少なくとも決める潜在能を持つ――といっても、多分、過言ではない。
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2005年4月10日 (日) |
あら、シャネルの5番に決まっていますわ |
かの女優マリリン・モンロー（Marilyn Monroe）は、記者とのやりとりで、
――ベッドでは何を着ているの？（What do you wear in bed?）
という質問に対し、
――Why, Chanel No5, of course.（あら、シャネルの5番に決まっていますわ）
と答えたそうである。
この場合の「why」は疑問詞の「なぜ」ではない。
簡単な質問に答えるときの感嘆詞のような役割を果たしている。
肉体派官能女優への質問である。
「ベッドでは何を着ているの？」との質問には当然、下品な意図が込められていたとみるべきだろう。
――素っ裸で寝てる、っていえよ！
と、いうようなことである。
これに対し、マリリン・モンローの、
――Why, Chanel No5, of course.
は機転のきかせた返答だった。
シャネルの5番（Chanel No5）は香水である。
香水は着るものではないから、マリリン・モンローの返答は一見、苦し紛れに思える。
事実、この言葉尻をとらえ、
――「香水を着ている」は、おかしい。香水は体にふりかけるものだ。
と指摘する声もある。
鍵は、英語の動詞「wear」にある。
「wear」は一般に「着ている」と訳される。
が、実は身に付けるものには何でも「wear」である。
「wear glasses」といえば「眼鏡をかけている」だし、「wear the crown」なら「王冠をかぶっている」――つまり「王である」という意味だ。
だから、「wear Chanel No5」は「シャネルの5番を体にふりかけている」という意味になる。
決して「シャネルの5番を着ている」ではない。
――素っ裸で寝てる、っていえよ！
という底意地の悪さへの切り返しとしては、実に見事である。
記者は立ち往生する官能女優の恥ずかし気な顔をみたかったのかも知れないが、そうは問屋が下ろさなかった。
念のために言い添えておくと――
このマリリン・モンローの返答が優れている点は、単に、記者の卑猥な要求を知性で跳ね返した、というわけではないところにある。
卑猥な要求にも、しっかり応えている。
――何を wear しているのか？
と、きかれ、真っ先に香水を挙げるということは、とりもなおさず、
――何も着ていない。
の暗示である。
つまり、マリリン・モンローは、下品な暗示を極めて上品にやってみせた、ということになる。
この「シャネルの5番」の逸話は1952年のことだ。
今や伝説と化した。
21世紀の現代においても、
――マリリン・モンローは全裸で眠っていた。
という通説が、巷間まかり通っている。
おそらく、この逸話のせいである。
マリリン・モンローは肉体派官能女優のレッテルを嫌ったといわれる。
実像はインテリで理知的な側面を多分にもった人だった。
もし、そのレッテルが、「wear Chanel No5」を咄嗟に思い付くような知性によって強固にされたとすれば、皮肉な話である。
もちろん、真実を僕は知らない。
実在のマリリン・モンローが、本当はどう思っていたかなど、僕には知りようがない。
ただ、こう思いたい。
マリリン・モンローは、決して肉体派官能女優の衣を脱ぎ捨てたかったわけではないのではないか？
単に、それを素で演（や）っていると思われることが我慢ならなかったのではないか？
肉体派官能女優を、本当に素でやってしまうような女性に、ファンなどつかない。
緻密な計算があって初めて観賞に耐えるレベルとなる。
マリリン・モンローは女優の業が、よくわかった人だった。
冒頭、
――Why, Chanel No5, of course.
を、芝居っ気たっぷりに、
――あら、シャネルの5番に決まっていますわ。
と訳したのは、そういうことによる。
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2005年4月9日 (土) |
黒衣の集団をみた |
黒衣の集団をみた。
昨日、JR仙石線の車両でのことである。
JR仙石線は仙台・石巻間を結ぶローカル線だ。
日本三景の一つ松島に向かうのに便利である。
仙台駅から快速で30分の距離だ。
黒衣の集団は松島から乗り込んでいた。
JR松島海岸駅である。
黒衣といっても、本当に黒いわけではない。
僧衣のことである。
JR松島海岸駅の近くに瑞巌寺がある。
伊達家の厚い庇護を受け、仙台藩随一の格式を誇った。
そこのお坊さんたちである。
20人はいたろうか。
いずれも若い。
10代から20代――歳のいった人でも30歳前後だったろう。
お坊さんたちなので、電車の中ではシンと静まり返っているかと思いきや、そうでもない。
それなりに私語を交わしている。
その辺は、高校球児の団体と変わらない。
お坊さんといえども、厳格な統制から外れる部分はあるようだ。
ただし、ただの私語ではない。
目上の人に返答するときに、
――わかりました。
と明言する。
些細な頼み事にも、
――わかりました。
である。
多くの若い僧が、そうしていたところをみると、これが寺院内での日常会話だろうと思った。
集団は、JR本塩竈駅で下車した。
乗降口に近い者から三々五々、ホームに降りる。
が、降りると一斉に、こちらを振り返る。
たった今、自分たちが降りた乗降口を、である。
（なんだろう？）
と思ってみている。
どうやら人を待っているようだ。
おそらく、一同を率いる者を、である。
やや年嵩な僧がホームに降り立ち、ささっと改札への階段に向かうと、他は整然と列を成し、これに付き従った。
そこには高校球児にない整然さがあった。
軍隊とも違った整然さだ。
乱れぬ統制にも柔らかみがある。
夕方五時すぎのことであった。
どこに向かったのであろうか？
一同、厚い布地の袋のようなものを提げていた。
托鉢にでも向かうところだったのか。
集団が降りると、隣の女子高生たちが、
――頭にくる臭いだったね。
と囁きあった。
黒衣の集団は、たしかに線香のような臭いを放っていた。
長い寺院生活で染み付いたものであろう。
「頭にくる」とは「腹が立つ」という意味ではない。
「気分を悪くさせる」という意味であったようだ。
いずれにせよ、いい意味ではない。
彼女たちにとっては、ただひたすらに気味の悪い集団だったのかもしれない。
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2005年4月8日 (金) |
桜色が引き締まる |
暖かい毎日である。
暖かすぎる、といったほうがいいかもしれない。
夏日を記録したところもあるときく。
仙台も暖かい。
日中はシャツ一枚で事足りる。
夜間もコートは不要だ。
が――
これからの仙台は梅雨の季節に向かって、なぜか、もう一度、寒くなる。
例年、桜の満開は4月の中旬から下旬だが、ちょうど、その頃から寒くなる。
とくに夜が寒い。
だから、仙台の夜桜は厳しい。
寒さが厳しい。
防寒具が必須である。
仙台にきた頃は、戸惑った。
冬物をしまってから、もう一度、冬物を出す。
理不尽だと思った。
今は慣れた。
これも一興、と思っている。
寒中にみる夜桜もいい。
桜色が引き締まる。
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2005年4月7日 (木) |
人が一生のうちに付き合える人間なんて |
一人の人間が一生のうちに触れる情報なんて、わずかなもんさ――という台詞が心に残っている。
押井守さんの映画『攻殻機動隊 GHOST IN TNE SHELL』の中の台詞だ。
人間が脳をコンピュータと連結させている未来社会の物語である。
だから「一生のうちに触れる情報なんて」には、この物語特有のテイストが込められている。
情報とは何か？
実は、人間こそが最も複雑な情報の塊ではないか。
解剖学者の養老孟司さんは、『バカの壁』（新潮新書）の中で、
――情報は変化しない。
と、お述べになっているが、人間を情報の塊とみなすとき、この情報は変化する。
人間が変化するからである。
人間こそが情報である、と痛感していたらしい人物に織田信長がいる。
戦国末期の武将・政治家だ。
信長は、自分の領国の外からやってきた者たちを積極的に登用した。
他国の情勢を的確に知るには、それが最も効率の良いやり方だったからである。
そういうことを考えると、冒頭の台詞は違った含蓄を喚起する。
つまり、
――人が一生のうちに付き合える人間なんて、わずかなもんさ。
と、いうことである。
これは、わずかである。
本当に恐ろしく、わずかである。
身近な例がわかりやすい。
例えば、僕は大学時代、100人の同級生たちと一緒だったが、本当に親しく会話した人は20人に満たない。
まことに遺憾ながら、他の同級生は、ただの記号として認識できる程度であった。
考えてみれば、世の中には何十億という人間がいるわけで、付き合えるのは、そのほんのひと握りに過ぎない。
だから、僕の母などは、
「人付き合いなど下らない」
と断言する。
平気で断言する。
母なりの信念があるのだろうが、僕にはついていけない。
思うに、
――人が一生のうちに付き合える人間なんて、わずかなもんさ。
というのは、逆の足掛かりともなり得る。
――だから、人付き合いが大切なんだ！
という考え方である。
その辺は、もう個人の世界観の問題であろう。
僕は自動車の免許を合宿で取った。
24歳の夏である。
そこで知り合った友人が、ある夜、飲みに行こうと誘う。
自動車学校の先生が一緒だった。
その友人も、その先生も、大いに風変わりだった。
友人は僕と同年齢だった。
十代から車を乗り回していそうなプレイボーイだったが、なぜ今ごろ自動車学校に通っているのか？
実は、免許取り消しになっていた。
「わし、せっかちなんやて。つい100kmオーバーとか、しちゃうんやて」
と、いう。
上品な訛りが印象的だった。
一方、先生は強面の巨漢だった。
内面は、とても優しい人で、むしろ弱気な人だった。
自動車学校の教官になりたてで、それまで何度も職をかえたという。
酔うと人が変わるらしく、帰りは平気な顔で僕らを車で送ってくれた。
自動車学校の先生なのに飲酒運転である。
酔っぱらって、
「君たち、これをクリープ現象という。覚えておきたまえ」
という。
直後、車のドアを開けたまま車道に飛び出そうとするのを、免許取り消しの友人が慌ててブレーキを踏んで事なきを得た。
「クリープ現象」というのは、オートマチック車がアクセルを踏まないのに走り出す現象である。
学課の授業で習ったばかりだった。
それまでの僕は、こういう人たちとは、ほとんど付き合いがなかった。
共有している常識が違いすぎた。
これまでの自分の人付き合いが、いかに限られ、かつ偏ったものであったことか――
人が一生のうちに付き合える人間など、わずかなものである。
本当に、わずかなものである。
限られるのは仕方がない。
人に与えられた時間は短い。
が、せめて偏りくらいはなくしたい。
切に思う。
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2005年4月6日 (水) |
小説のことがよくわかっていなかった |
自分が昔に書いた小説を読み返してみる。
下手だな、と思う。
読み手の読む気を萎えさせるという点で、下手だと思う。
「昔」というのは10年くらい前のことだ。
高校を卒業し、大学に入るか入らないかの頃である。
小説は中学の頃から書いている。
だから、書く量は、それなりだ。
なのに、なぜ下手なのか？
なぜ上達しなかったのか？
まあ――
小説は式部たかしが書くもので、マル太としては、そんな問題、放っておくのがよいとも思うが……。
多分、こういうことである。
あの頃は、小説のことがよくわかっていなかった。
あの頃の僕が一生懸命にやっていたことは物語作りであって、小説書きではなかった。
書き手としての姿勢が自分本位だった。
自分の書く小説を不特定多数の人にみせることは想定していなかった。
物語作りと小説書きとでは違う。
以前、『道草日記』にも書いたことだ。
物語は内容だが、小説は手法である。
物語は無限の可能性を秘めている。
が、小説は、そうではない。
小説が手法である以上、そうではあり得ない。
無限の可能性を秘めた手法など、この世には存在しない。
文芸以外のいかなる分野にも存在しない。
手法とは、そうしたものである。
つまり――
小説が担える物語には限度があるということだ。
例えば、映像しか担えない物語というのも厳存する。
小説が担える物語とは、どういうものか？
やはり――
目にみえぬ何か――が主軸を成す物語だろう。
その代表例は人の心の動きである。
だから、小説では人の内面に焦点を当てる。
そういう物語が魅力的に感じられる。
卑近にすぎる例で恐縮だが――
官能小説を考えるとわかりやすい。
男女の肉体の営みを、いくら写実的に描写したところで無駄である。
所詮、アダルトDVD（アダルト・ビデオ）には適わない。
逆に、アダルトDVDで男女の心の動きを叙情的に描写したところで、官能小説には適わない。
ここを履き違えると物語の面白みが失われる。
血気盛んな少年が、TV画面の前で、
――ウダウダいってないで、早くやっちまえよ！
と叫ぶ気持ちは当然であるし、逆に、女体の媚態を、ひたすら精緻に書き込んだページをみせられ、
――全然、エッチじゃねえよ！
と憤慨する気持ちも当然である。
最近、小説の限界が気になっている。
すごく気になっている。
手法としての限界である。
が――
それゆえに、小説へ一層の関心がいく。
不思議なものだ。
手法とは、欠陥が露呈したときに初めて良さを認識できるものらしい。
十年の前の僕には、小説の欠陥がみえなかった。
だから、真の良さもわかっていなかった。
書いた量の割には上達しなかったのも当然と思う。
もっとも、真の良さがわかったからといって必ずしも上達するとは限らない。
上達するにはセンスがいる。
こればかりは、いかんともしがたい。
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2005年4月5日 (火) |
クリーニング屋が閉められた理由 |
僕の住むアパートの目の前に、洋服一般の繕いを引き受けるお店がある。
工房といってもよい。
中年の女性が一人でやっているようなところだ。
以前は隣の店鋪がクリーニング屋だった。
こちらは有名なチェーン店の看板を掲げていた。
中は繋がっていて、店番は同じ女性がおやりになっていた。
自宅の目の前のクリーニング屋は便利である。
多少、雨が降っていても剥き出し持っていけるし、閉店間際に駆け込むことも造作ない。
それで、よく利用した。
数年前のあるとき、
――不要になったハンガーを買い取ります。
との案内が出された。
1つ10円で引き取るという。
僕の家にはハンガーが有り余っていた。
処分に困って放置してあったものである。
（それはいい！）
と、早速、数十個のハンガーを持ち込んだ。
店番の女性は、心なしか暗い顔をされた。
「いつから引き取るようになったんです？」
と、お訊ねすると、
「ずっと前から引き取ってはいたんです」
と、おっしゃる。
詳しくきくと、1つ10円で引き取るようにしたのが最近のことで、以前は、ただで引き取っていたのだという。
いつも愛想よくお笑いになる方が、このときばかりは何ともいえぬ渋いお顔になっていた。
もしかすると、本当は、
――1つ10円にしたら急に持ち込みが増えた。
と、おっしゃりたかったのかもしれない。
たしかに、1つ10円で引き取ると案内が出た途端、ハンガーを抱えて店に入っていく客が増えてはいた。
たかが10円である。
50個のハンガーを持ち込んだって500円に過ぎない。
なのに、これほどまでに増えるとは……。
人の欲とは、まことに始末に終えないものである。
もちろん、僕も同罪だ。
何だか無性に恥ずかしくなったのを覚えている。
それから間もなく――
そのクリーニング屋は閉められた。
繕いの工房だけは今も続いている。
ハンガー騒動とは無関係かもしれない。
最初から工房だけをやるつもりだったのが、客を集めるために仕方なくクリーニング屋を併設したのかもしれない。
しかし――
ハンガー騒動で、すっかり辟易した結果――とも考えられる。
察するに、かなりの損失になったのではないか？
持ち込まれたハンガーの数は、半端ではなかったように思われる。
＊
ズボンの裾上げを依頼しに、今日、久々にお店に入った。
向こうは僕の名前を覚えておられた。
びっくりした。
何といってよいかわからず、適当に洋服の基礎的なことをきき、帰ってきた。
クリーニング屋をお閉めになった本当の理由を、僕は知らない。
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2005年4月4日 (月) |
タクシー運転手のフジワラさん |
タクシー運転手に何人か顔見知りがいる。
フジワラさんという方も、そのお一人だ。
今の副業先に通うようになってからの顔見知りである。
副業先には電車で通っている。
職場は駅についてからが遠い。
車でも15分ほどかかる。
路線バスがあることにはあるのだが、本数が少なく、不便だ。
それでタクシーを使う。
諸般の事情から、いつも同じ会社を利用している。
市内一の大会社と零細の会社との2社だ。
フジワラさんは零細のほうの運転手さんだ。
零細のほうは全部で10台くらいしかタクシーがない。
運転手さんも、全部で、その倍くらいの数しかいない。
だから、あっという間に顔見知りになった。
50〜60代の男性――
下のお子さんが僕と同じくらいだそうである。
小学生から中学生くらいのお孫さんがいる。
お洒落な方で、いつもベレー帽をかぶっておられる。
後部座席の隅には一輪の造花が飾られ、清廉なお人柄を思わせる。
が、喋らせると面白い。
適度に皮肉がきいていて、面白い。
フジワラさんのタクシーに乗車中は、決まって世間話になった。
「このお仕事は、もう長いのですか？」
と、きくと、
「そうでもないね」
と、おっしゃる。
以前は、長距離トラックのドライバーをされていた。
文字通り、日本全国を駆け回っておられたそうである。
「なぜ、お辞めになったんです？」
と、きくと、
「体が、きつくなったからね」
「タクシーは、きつくないんですか？」
「きつくないね――オウチャクもんのすることだね、タクシーなんてのは……」
ただの世間話でも返答は常に明晰である。
下らない質問にも、実りある返答で応じて下さる。
頭のいい人だと思った。
ところが――
ここ、ふた月ほど、お姿がみえない。
どうしたのかと思って、今日、同じ会社の運転手さんにきいてみた。
「最近、フジワラさんを、おみかけしませんが……？」
もしかして、ご病気でもされたのかと思ったのである。
フジワラさんは僕が医師だと知っている。
それで、健康面のアドバイスを一度だけ求められたことがあった。
どんな内容だったかは覚えていない。
が、
「大丈夫ですよ」
と、いった記憶はある。
少なくとも、その時点では深刻な徴候ではなかった。
はたして、真相は……？
「辞めました」
とのことだった。
今年の2月で退職されていた。
今は別のタクシー会社で働いておられるらしい。
ということは、ご病気ではなかったのだろう。
「一度、トラックに戻ったそうですが、やはり荷下ろしがきついということで、辞めたようです」
今日、事情を話してくれた運転手さんはオイカワさんという。
フジワラさんよりも10歳ほど若そうな人だ。
フジワラさんとは長くコンビを組んでいた。
その会社では1台のタクシーを、主に2人で動かす。
が、2人は対等ではない。
2人のうちのどちらかが車をあずかり、メイン・ドライバーとなる。
もう一人はメイン・ドライバーが休んでいる間しか運転できない。
メイン・ドライバーが働いているときには他の車を運転する。
「辞めるときには、この車をゆずってくれましてね……」
とオイカワさん――
そうである。
今日、僕が乗った車はフジワラさんがあずかっていたものだった。
フジワラさんとは今も親交があるようだ。
「今後も、お会いになることはありますか？」
と問うと、
「お互いタクシーをやってれば、どこかで会うでしょう」
と、いう。
「じゃあ、そのときは、よろしくお伝え下さい」
「わかりました」
ちなみに、フジワラさんのご自宅は、僕の副業先のすぐ近くだという。
今日、初めて知った事実である。
「車があるかどうかをみれば、在宅かどうかが、わかりますよ」
とオイカワさんは笑った。
フジワラさんは庭の手入れがお好きである。
以前、お庭の話を何回か伺った。
借家なのだが、不自由はない。
きれいに住んでくれるというので、大家さんには、よく思われている。
うっかり家賃を滞納したときも、一切、責められなかった。
近くを通りかかったときに、もし、フジワラさんが庭におられたら、話しかけてみようと思う。
多分、ひどくビックリされると思うが、
「ああ、しばらくだね」
と笑ってくれそうでもある。
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2005年4月3日 (日) |
「勝ち組」「負け組」の虚しさ |
「勝ち組」とか「負け組」とかいう。
――あの人、20代で会社経営だって！ 勝ち組だね！
とか、
――うちの部長、リストラされるんだってよ！ 負け組ね！
という具合である。
そのような組み分けが妥当なのかどうか、最近、疑問に思うようになった。
以前から疑問には思っていたが、具体的にどう疑問なのか、言葉にできなかった。
最近、ようやく言葉にできるようになったわけである。
――所詮、判定者の自己満足ではないか？
というのが現段階での結論だ。
どういうことか？
例えば、ある人たちを勝ち組ないし負け組に分類するためには、
――はい、あなたは勝ちですよ。あなたは負けです。
と判定する人間が必要である。
その人間の自己満足ではないか、ということである。
気持ちはわかる。
人を裁くのは気持ちがよい。
無責任に裁けるのなら、なおのこと気持ちがよい。
勝ち組と判定される人がいる。
負け組と判定される人がいる。
そして、判定を下した人がいる。
これら3種のうち、最も気持ちがよいのは誰か？
多分、判定を下した人である。勝ち組と判定された人ではなかろう。
が、人の生など、そう簡単には裁けない。
そもそも人は、自分の人生の意味さえ、わからない。
――自分は何のために生きているのか？
その問いを巧く誤摩化すことで、人は心の安寧を手に入れる。
なのに、
――この人は勝ち組である。
とか、
――あいつは負け組！
とかと決めることなど、できようか？
できはしない。
できるのは、個人の主観に基づく独りよがりの判定だけである。
人の生の判定はできない。原理的にできない。
だからからこそ、人は判定をしたがる。
人の生を勝手に判定することで、自分の心の安寧を手に入れる。
多分、自分の人生の意味を誤摩化したがる心理に通じるものが、そこにはある。
僕だって、そうだ。
自分の人生の意味など考えない。
考えたくもない。
けれど、他人の人生の意味は考えたがる。
そうすることで、当面、自分の人生のことからは逃げられる。
そこが、うまみなのだ。
僕が歴史を好むのも、そういうことと無縁ではない。
だから――
勝ち組や負け組に、大いにふるい分けてもらって結構――
ふるい分けたければ、ふるい分けるがいい。
その際、どうか自分の人生もキッチリふるい分けてもらいたい。
もちろん、判定には厳正なる態度で臨んでもらおう。
判定が厳正であればある程、判定の虚しさに気付くだろう。
気付かなければ、それでいい。
多分、その人は幸せに生きていける。死ぬまで幸せである。
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2005年4月2日 (土) |
受動的な野球好き |
日本人は、なぜ野球好きなのか？
最近の僕の関心事である。
……などと書くと、野球に興味のない人は、
――どうでもいいことを！
と思われるかもしれない。
もちろん、日本人の全てが野球好きであるわけではない。
とはいえ、例えば、アフリカ人やヨーロッパ人に比べれば遥かに野球好きである。
相当数の日本人が野球好きであることは否定できない事実である。
昨年、一部の経済人の考えでプロ野球が縮小されることになった。
が、多くの人々の抗議によって予定は覆った。
――日本人の野球好きは本物だ。
と多くの人が実感したといわれる。
日本人と野球――既に方々で議論し尽くされたテーマだ。
今さら僕が説く意味はないかもしれない。
とりあえず――
僕自身は、どうして野球好きになったのか？
実は、よくはわからない。
気付いたら野球をやっていた。
近所の友達との草野球である。
最初はイヤイヤだったと記憶している。
（何が面白いのかわからない）
と思っていた。
それが、いつの間にか野球好きになっていた。
――環境が、そうさせた。
としか、いいようがない。
だから、もし近所の友達が皆バスケット・ボールをやっていたら、あるいはバスケ好きになっていたかもしれない。
その程度のことだろうと思う。
それが証拠に、僕は、
――プロ野球選手になりたい。
とは一度も思わなかった。
僕の友達の何人かは小学校の卒業文集で大真面目に、そう書いたけれど……。
そのときの同級生は誰一人、プロ野球選手になっていない。
小学生の稚気が書かせたことであった。
もちろん、稚気は僕にもあった。
同じ文集で、僕は、
――考古学者になりたい。
と書いた。
本当は、
――歴史家になりたい。
と書くべきところを、そうは書けなかった。
「歴史家」という言葉を知らなかったからである。
小学生の稚気とは、そうしたものである。
今の僕とて「考古学者」にも「歴史家」にもなっていないわけで、そういう意味では、
――プロ野球選手になりたい。
と書いた同級生たちと大差ない。
そうした稚気に支配されつつも、なぜか、
――プロ野球選手になりたい。
とは思わなかった。
一度も思わなかった。
僕にとっての野球とは、好きにはなっても、一生を捧げるべきものではなかったようである。
＊
「好きになる」とはどういことかを考えている。
しばしば、
――日本人は野球好きだ。
と、いわれる。
が、なぜ日本人がそうなのかを考えるには、まず「好きなる」とはどういうことかを明らかにしなければならない。
「好きになる」とは意外と消極的な意味合いを帯びているように感じる。
「ないと寂しいと感じるようになる」の裏返しが「好きになる」ではないか？
少なくとも僕の野球好きは、そうした心理に裏打ちされている。
TVで野球が放送されているのにチャンネルを合わせないのは、単に、
（寂しい――）
のである。
これは実は僕だけではないのではないか？
日本人の野球好きは、実は皆、この感覚に根差しているのではないか？
そういえば、昨年、
――プロ野球が縮小される。
ときいて、初めて色めきたった人も多かった。
皆、プロ野球の存在を当然と思っていたが、それが縮小されるときかされ、目の色を変えたのである。
あのときの心理は、紛れもなく、
――プロ野球がなくなると寂しくなる。
というものではなかったか？
＊
「好きになる」を貶（おとし）めるつもりはない。
――「愛する」より中途半端で怪しからん！
などと、いうつもりはない。
ただ、「好きになる」の特性をハッキリさせたいだけである。
こういえばわかりやすいか？
プロ野球選手は野球を「愛する」ようでないといけない。
プロ野球の球団職員や学校のクラブの指導者、野球雑誌の記者なども、そうだろう。
が、プロ野球ファンは、そこまではいかない。
「好きになる」のレベルで十分である。
この視点は、日本人が野球好きになった理由を考える上で外せない気がする。
一言でいえば「受動的」ということだ。
つまり、日本人の野球好きは、
――環境が、そうさせた。
ということである。
もし、野球がサッカーだったら、どうなっていたか？
結果は同じだろう。案外、今ごろワールドカップの常連になっていたかもしれない。
そういえば、お隣・韓国がそうだ。
かの国も多分、事情は同じに違いない。
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2005年4月1日 (金) |
タクシー |
僕は、よくタクシーを利用するほうだ。
――なんて贅沢な！
と、お思いの方もあろう。
もちろん、子供の頃は違う。
親の金でタクシーを乗り回すほど、慮外者ではない。
大学に入り、アルバイトを始め、ある程度の自分の金を持つようになってからである。
タクシーに抵抗がないのは、昔から車の運転に興味がなかったからかもしれない。
（運転なんて、プロにやらせるほうがいいじゃん！）
と真剣に思っていた。
普通、大学生になると車の免許が取りたくなるらしい。
僕は違った。
大学4年まで見向きもしなかった。
免許を取ったのも、シブシブであった。
僕は大学には二十歳で入っている。
だから、大学4年といえば24歳だ。
さすがに24歳まで無免許というのは、こたえた。
それで、ようやく重い腰を上げる気になったのである。
免許を取ってからも、よくタクシーを利用している。
基本的なポリシーは変わっていない。
今も運転はプロに任せるのがいいと思っている。
やはり、楽なのだ。
自分で運転するより、遥かに楽だ。
もちろん、安心でもある。
そんな僕が、最近、ちょっと気になっていることがある。
女性のタクシー・ドライバーが増えた、ということだ。
昔は、こんなに多くはなかった。
少なくとも僕がタクシーを利用し始めた十年前は、女性は珍しかった。
今は違う。
ちょくちょく遭遇する。
不景気だからかもしれない。
あるいは母子家庭が増えているのかも……。
昼間はいい。
問題は夜間だ。
恐くないのだろうか？
夜のタクシーは恐いものである。
客の立場でも恐い。
どんなドライバーなのか、わからない――と思う。
ドライバーの立場では、もっと恐いのだそうだ。
「仕方ないねえ。これが仕事だからねえ」
と顔見知りの男性ドライバーが、こぼしていた。
多くは笑い事だが、笑い事にならないことも度々あるという。
それは、そうだろう。
どんな客か知れないのである。
しかも、運転中は客に背中をみせている。
これが意外と不安の種らしい。
昨夜も、タクシーに乗った。
ドライバーは中年の女性だった。
心なしか警戒されているように思った。
行き先を告げたときの返事の声が強ばっていた。
そんなに恐いならタクシー・ドライバーを止めればいいのに、と思うが、そうもいっていられない事情があるのだろう。
誰しも、生きていくのは簡単ではない。
僕はタクシーに乗るときは、できるだけ言葉をかけるようにしている。
特に夜間などは、そうだ。
こちらに敵意がないことはハッキリさせておいたほうがいい。
が、昨夜は、それができなかった。
雰囲気が、あまりにも張り詰めていた。
下手に声をかけると、かえって怪しまれる気がした。
夜間に一人で男性客を乗せているのである。
無理もないと思った。
そっとしておくしかない、と思った。
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