|
2005年3月31日 (木) |
JBCお願いします！（前編） |
先日、副業先の同僚が、
「――いやぁ、恐ろしい目にあいました」
と、いった。
理由を問うと、夢の話だという。
道を歩いていたら、人が倒れている。
近くには救急車が止まっていて、救急隊の人たちが処置をしている。
同僚は、
（これは大変だ）
と思い、
「はい！ 手伝います！」
と手を上げた。
僕の副業先は病院である。
その同僚は看護師だ。男性の看護師である。
「僕も一応、看護師じゃないですか？ 『何かしないと』って思ったんですよ」
と、いう。
彼が「一応、看護師」といったのには訳がある。
僕らの病院は精神科の単科病院だ。
容易に御想像できると思うが、精神科の診療は特殊である。内科や外科と比べればもちろん、眼科や麻酔科と比べても特殊である。
だから、僕らは、いわゆる救急処置というものが苦手である。一般的な医療行為が苦手である。
普段、やっていないことなど、できるわけがない。
しかし、医療人であることに変わりはない。
救命処置の現場に居合わせたら
（何かしないと！）
と思うのは自然である。
「はい！ 手伝います！」
との声に、救急隊の一人が叫んだ。
「――では、JBCお願いします！」
そこで同僚は固まった。
「JBC」の意味がわからない。
威勢よく買って出た手前、
――JBCって何ですか？
とは、きけない。
「あ……はい……、JBC……ですね……、わかりました」
と歯切れ悪く答えたまま、呆然と立っているより他なかった。
そうこうしているうちに夢が覚めたという。
「――ね？ 恐ろしいでしょ？」
と同僚はいった。
たしかに恐ろしい。
周囲の当然の期待に応えられない恐怖である。
僕にとっても他人事ではない。
僕は医師である。
＊
4年ほど前に医師になって、とりわけ警戒するようになったのが飛行機のアナウンスである。
――お客様の中に医師の方はおられませんか？
である。
一応は医師なので、建前上、出て行かなくてはならない。
が、僕は元々、科学者になろうと思っていた。
今は文筆に転向しようと思っているが、ちゃんとした医者でないことに変わりはない。
恐怖である。
周囲の当然の期待に応えられない恐怖である。
飛行機が国際線なら、なおヤバい。
――おいおい、英語かよ……。
である。
僕の英語は何とか使えるレベルである。
「ちゃんとした医者でない」に加え「ちゃんとした英語が喋れない」である。
最悪だ。
学生時代のサークルの顧問だった方は法医学が御専門で、やはり一般的な医療行為を苦手とされていた。
――私はアナウンスが二回あったら出て行くようにしています。
と、おっしゃる。
さすがに二回もアナウンスがあったら、
――自分しかいないか……。
と観念せざるを得ない。
（なるほど！）
というわけで、僕も、それにならわせて頂いている。
一回目のアナウンスでは動かない。
誰か本物の医者がいることを祈って、テコでも動かない。
二回目のアナウンスで観念する。
――そんなに自信がないなら引っ込んでいればいいじゃないか！
とお思いの方も多かろうが、医の倫理感というヤツは、なかなかに厄介で、黙殺する勇気を与えてくれない。
ところが、出て行っても困ることは意外に少ない。
例えば、飛行機の中で急患が出た。
誰の目にも具合悪そうである。すぐ病院に連れて行ったほうがいい。
こういうときに、どうするか？
もちろん、緊急着陸が妥当である。
が、着陸するには医師の指示がいるのだそうだ。
機長や添乗員の判断だけでは駄目らしい。
ほとんどの航空会社が、そういう規則を作っているときく。
だから、多くの場合、下すのは極めて常識的な判断でよい。
その常識的な判断をもとに、医師として、
――着陸したほうがいい。
と明言すれば、それで事は足りる。
実は、一度だけ出て行ったことがある。
幸い国際線の飛行機ではなかった。国内の電車である。
先生の教えに従って二回目のアナウンスで出て行ったら、てんかんの患者さんだった。
助かった。
てんかんは精神科の守備範囲である。
僕は、ちゃんとした精神科医ではないが、精神科の非常勤医ではある。
てんかんのことなら何とかなる。
車掌さんには随分と感謝された。
とにかく行動することが大事だと思った。
＊
（後編へ）
|
|
|
|
2005年3月31日 (木) |
JBCお願いします！（後編） |
（前編より）
同僚の話に戻る。
「――で、JBCって何ですか？」
と僕はきいた。
「JBC」という略語を僕は知らない。
知っているのは「JCS」と「ABC」である。
「JCS」とは「Japan Coma Scale」のこと――「Coma」は昏睡、「Scale」は尺度ほどの意味である。
患者さんの意識障害の程度を表すのに用いる。
例えば「JCSで300」とは、たたいても、つねっても起きない意識障害である。
「ABC」は救命処置のイロハのことである。
「A」が気道（Air way）の確保、「B」が呼吸（Breathing）の確保、「C」が循環（Circulation）の確保である。
救命処置にあたっては、この順序で確保していく。
自動車の教習所でも教えていることである。
「多分、ヘンにJCSが頭に残ってたんだと思います」
と同僚はいった。
寝る前に、JCSについて軽く勉強したそうである。
それに、救命処置のABCが重なったのだろう。
夢の中の話である。
ちなみに、僕が夢の中で「JBC」に遭遇していたら、どうなったか？
やはり、慌てただろうと思う。
自分の役不足を棚に上げ、
――んだよ、JBCって！
と逆ギレしたかもしれない。
あるいは――
もし「JBC」が「JCB」ならホッとした。
――それってクレジット・カードでしょ？
である。
多分、夢だということにも気づくのではないか。
僕は、たまに夢を夢とわかるときがある。
|
|
|
|
2005年3月30日 (水) |
健康とオシャレと |
寒がりの僕は、春先の服装に悩むことが多い。
春なので、明るい色の薄手の衣類に着替えたい。
が、少しタイミングが早いと、
――クシャン！ クシャン！
とクシャミがで、やがて、
――ズルズル……ググー。
とハナミズがでる。
多少、寒かろうと、これさえなければ、お構いナシなのだが……。
僕の体調は、暑い分には悪くならない。
例えば、炎天下の中を汗ビッチョリで歩いていても、平気である。むしろ元気になる。
が、寒いのは、どうにもならない。
心は我慢しても、体が我慢しない。
だから――
春先は、どうしても暗い色の重いコートに手がのびる。
それでいて、町中でスプリング・コートをカッコよく着こなすお姉さんをみて、
――春だなあ！
と思う。
身を真冬仕様に包みつつ、思う。
多分、
――センスのない奴。
と思われているだろうが、仕方ない。
体のことを考えたら、無茶はできない。
そもそも体のことを考えていたら、オシャレなんて、できないのかもしれない。
例えば、最近の女子高生たちは、真冬でも膝上数十センチのスカートをはいている。
当然、体のことを考えれば、百害あって一利なしである。
多分、当の女の子たちもわかっていよう。
何が体の害なのか、具体的にはわかっていなくても、体の調子は多少なりとも悪くなっているはずである。
それでも、あのようなスカートを好むのだから、やはり健康とオシャレとは相容れないものなのだ。
そんな女の子たちを捕まえ、
――季節に合った服装をしなさい！
と説教しても無駄である。
弾けんばかりの若さを持て余す彼女たちに健康の大切さを説くのは野暮というものだ。
いよいよ具合が悪くなったときに、そっと助言するのがよいだろう。
ところで――
無茶をするのは都市部の女子高生たちだけかもしれない。
仙台近郊の女子高生たちは、のどかなものである。
彼女たちも、同じように膝上数十センチのスカートをはいているが、その下にはジャージをはく。
フリフリの紺色のミニスカートの下から、原色の二本のジャージが伸びている。
ジャージといっても半ズボンタイプである。
だから、それなりにサマになっていたりする。
折衷案としては悪くない。
極めて現実的である。
|
|
|
|
2005年3月29日 (火) |
女性の腕が、おずおず……と |
街を歩いていたらカップルをみかけた。
日本人と外国人とのカップルである。
女性が日本人――
男性が外国人――アングロサクソン系の白人である。
雨が降っていた。
男性が傘をもち、女性はその下に入っている。
二人は何やら言葉を交わしながら僕のほうに歩いてきていたが、不意に、二人して踵（きびす）を返した。
話し合っているうちに目的地が変わったのだろう。特に不自然ではなかった。
面白かったのは、二人が向こう側を向いてからである。
女性の腕が、
――おずおず……。
と男性の腰に回りかけ、すぐに引っ込められた。
さらにもう一度、
――おずおず……。
そして、また、すぐに引っ込められた。
女性は若くない。それほどには若くない。
40歳にはなっていないと思うが、20代ではなさそうだった。
男性は若い――多分、歳がいっていたとしても30歳前後だろう。
女性が男性の腰に手を回しかけたとき、二人は、なおも話をしていた。
男性は、自分よりも頭2つ分は低い相手の顔をみ、真摯な態度で幾度か、うなずいた。
きっと微妙な関係の二人なのである。
単なる友人ではない。
少なくとも女性のほうは、そう思っている。
……でないと、腰に手を回そうとはしないはずだ。
が、男性のほうはどうなのか？
もしかしたら、単なる友人だと思っているのかもしれない。
女性は派手なピンクのスーツを着ていた。
男性は茶系のラフな格好――
女性がお粧（めか）ししているのは一目瞭然だった。
男性が、ごく自然体なのも――
この二人、この後、どうなるのだろう？
何となく、うまくはいかなさそうである。
まあ、悪いことではないけどね。
ちなみに、女性が、
――おずおず……。
と手を伸ばすのは、何とも可愛らしい。
そんなに若くはない女性であれば、なおのこと可愛らしい。
これが逆だったら、
――はい、そこまで！
という感じである。
男が手を回そうとして回し切れないのはダメである。
十代の男の子なら、まあ、可愛いらしいが……。
そう思うのは僕が男だからだろうか？
例えば、30代の女性が20代の男性の腰に手を回し損ねるシーンをみて、女性は何を思うのだろう？
やはり、
――はい、そこまで！
と思うのだろうか？
それとも、可愛らしいと思うのだろうか？
男の僕には、わからない。
|
|
|
|
2005年3月28日 (月) |
終わって、なお終わらない物語 |
――物語の登場人物は歳をとらない。
と、いわれる。
例えば、『サザエさん』のタラちゃんが、いつまでも小学校に上がらない、というような意味で、いわれる。
が、例外はあると思っている。
条件がそろえば、物語の登場人物も歳をとる。
もちろん、物語の中の時間が流れていれば、この限りではない。
登場人物が歳をとるのは、むしろ当たり前である。
『源氏物語』で、玉のような皇子として生まれた光源氏が、いつまでたっても赤ん坊のままでは、お話にならない。
だから、そういうことを、いっているのではない。
（条件がそろえば……）
と、いった。
条件とは何か？
一つは、物語の舞台が現代である、ということだ。
物語の受け手と同時代ということである。
もう一つは、物語に十分なリアリティがある、ということだ。
もちろん、物語の受け手が主観的に判断するリアリティで構わない。
こうした条件をみたしていれば、物語の登場人物は歳をとる。
もう一つ、条件があった。
物語が終わる、ということである。
登場人物は、物語が終わってから、歳をとり始める。
＊
今日、電車の中で長澤まさみさんの広告をみた。
長澤さんは映画『世界の中心で、愛を叫ぶ』で有名になった若手の女優さんだ。
今秋には、あだち充さんのマンガ『タッチ』のヒロイン浅倉南役を演じることでも知られる。
僕のみた広告は、その浅倉南に扮した長澤さんが写っていた。
（何かがチガう！）
と激しく思った。
長澤さんの雰囲気が浅倉南役に適さない、などというつもりはない。
まずまずのキャスティングではないか。
むしろ、
――浅倉南役に適する女優さんを他に挙げろ。
と、いわれれば困ってしまう。
にもかかわらず、
（何かがチガう！）
と激しく思った。
多分、年齢のせいなのだ。
長澤さんは浅倉南とは歳が離れ過ぎている。
――何をバカな！
と思われる方が、ほとんどだろう。
長澤さんは1987年生まれ――今年で18歳におなりだ。
一方、『タッチ』の中の浅倉南は（序盤を除き）女子高生である。
――ピッタリじゃないか！
と思うのが自然である。
が、違うのである。
事は僕の主観の中にある。
僕が『タッチ』の物語に入れ込んだのは中学生の時だった。
浅倉南は当時の僕よりも三つ、四つ歳上だった。
だから、僕の主観の中では、浅倉南は今でも僕より三つ、四つ歳上なのである。
週刊誌で『タッチ』の連載が終わったとき、僕は中学校を卒業する前だった。
その後、高校に入学し、大学に進学した。
その間、浅倉南は歳をとっている。
僕の主観の中では、歳をとっている。
だから、僕にとっての浅倉南は、あくまで今は30代半ばなのだ。
浅倉南が歳をとって、タラちゃんが歳をとらないのは、なぜか？
それは『タッチ』の連載は終わったが、『サザエさん』のTV放映は続いているからである。
もし、『タッチ』が『サザエさん』のように、いつまでもTV放映され続けていたら、多分、浅倉南は今も女子高生である。
もちろん、僕の主観の中でも女子高生である。
そうなら、1987年生まれの長澤さんが演じていても何ら不都合はない。
物が終わるということ――これは存外に大事なプロセスだ。
物語が終わると終わらないとでは、かなり話が違ってくる。
登場人物に与える影響が違ってくる。
＊
――物語は終わらないのが理想だ。
と、いう人がある。
一見、もっともらしい。
が、「物語が終わらない」とは、どういうことか？
『タッチ』は終わったが、僕の主観の中では終わっていない。
浅倉南が今も歳をとり続けているという意味で、終わっていない。
『サザエさん』は終わっていないが、僕の主観の中では終わっている。
タラちゃんが今も小学校に上がっていないという意味で、終わっている。
『サザエさん』は物語が繰り返されているのである。終わった物語が毎週、日曜日の夕方、何度も繰り返されている。
その証左として、タラちゃんは、いつまでも小学校に上がらない。
『タッチ』の物語は終わった。物語が繰り返されない分、逆に、その後の道が開けてくる。
――物語は終わらないのが理想だ。
と、いうのは、たしかに妥当であろう。
『タッチ』の物語が僕の主観の中では今も終わっていないという点で、妥当であろう。
良質の物語とは、
――終わって、なお終わらない。
と思う。
物語が終わった後も、登場人物たちが物語の受け手と共に歳をとっていく――それが理想の物語だと僕は思っている。
|
|
|
|
2005年3月27日 (日) |
技巧に溺れたメッセージ・ポスター |
――地元ファンのためにも、初勝利はぜひ仙台でどうぞ
JR海浜幕張駅の構内に張り出されたメッセージ・ポスターだそうである。
JR海浜幕張駅は千葉マリンスタジアムの最寄り駅なのだそうだ。
千葉マリンスタジアムはプロ野球ロッテ・マリーンズの本拠地球場である。
プロ野球パ・リーグが開幕した。
昨日のことである。
千葉マリンスタジアムは開幕戦の一つ、ロッテ対楽天の舞台となった。
楽天とは、いわずと知れた新球団――楽天イーグルスである。本拠地は仙台――
冒頭のメッセージはロッテ側から楽天側に発せられた。
――初勝利はぜひ仙台で。
というのは、つまり、千葉マリンスタジアムでは勝たせないぞ、ということである。
その意気込みはよい。
勝負事だ。
それくらいの気持ちはあって当然である。
が、文言のセンスが悪い。
僕は仙台に住んでいる。
が、生まれは千葉である。
だから、気になる。
このセンスの悪さは、むしろロッテ側にマイナスではないか。
様々なメディアが、このメッセージ・ポスターのことを伝えている。
「過激なメッセージ」という文脈で紹介しているところが多いようだ。
ロッテ側によると、
――楽天を歓迎する気持ちと、勝負への熱い思いを込めた。
のだそうである（毎日新聞、配信記事）
ポスターは全部で7種類だそうだ。
他にも、
――あなた達があれこれと話題を作っていた頃、僕たちは黙々とカラダを作っていました。
とか、
――パ・リーグの主役、3月までご苦労様でした。
とか、
――楽天ファンの皆様へ ビターな思い出を贈ります。
とか、だそうである。
これをみて、いい気分になる人とは、どういう人なのだろう？
――楽天への「侮り」だ。
と朝日新聞・編集委員の西村欣也さんは書く。
楽天には選手生命を断たれかけた選手たちが大勢いる。
いわばセカンド・チャンスのチームである。
セカンド・チャンスにかける人間の執念は凄まじい。
それを侮ってはならない、と――
昨日の開幕戦はロッテが負けた。
おそらく因果関係はない。
プロ集団同士の真剣勝負事に、この程度のポスターが影響を与えるとは思わない。
が、心あるロッテ・ファンや千葉人は意気消沈しただろう。
何が原因か？
メッセージ全体を覆う皮肉の様相である。
もし、本当に「楽天の歓迎」と「勝負への思い」とを表したかったならば、皮肉を交えてはいけなかった。
――新球団を歓迎します。が、勝負では我々も譲れない。絶対に勝ちに行く！
と素直に書けばよい。
皮肉は相手への非礼にしかならない。
非礼にも色々ある。
うっかりの非礼もあろう。
が、これだけ大々的に発せられた皮肉である。
うっかりではあり得ない。
意図的な非礼に違いない。
もし、うっかりなら、別の意味で問題だ。
よほど言葉の技量に乏しい者の仕事である。
大いに反省したほうがいい。
以上は、仙台人としての発言ではない。
旧千葉人として、いわせて頂く。
|
|
|
|
2005年3月26日 (土) |
写真に映った自分をみて |
写真に映った自分みて、
（何だかなあ……）
と思った。
――ヤケに老けてきたなあ。
とか、
――若返りたいなあ。
とか、そういうことを気にしてのことではない。
そう単純な話ではない。
まず、思い当たったのは、二十代の僕を映した写真は、ほとんど存在しないという事実である。
時の流れは厳しい。
人の外見を恐ろしく変えていく。
が、二十代の僕は、その厳然さに無頓着だった。
今の自分の姿が、この先20年も30年も続くような気がしていた。
だから、
（いいよ！ 写真なんか撮んなくて！）
と思っていた。
実は今日、写真に映った自分をみて、
（何だかなあ……）
と思ったのは、母のことと関係する。
母は、よく子供たちの写真を撮りたがった。
たまに帰省したときは、必ずといってよいほど、写真を撮りたがった。
多分、子供の変化していく様子を記録に残しておきたかったからに違いない。
二十代の僕は、そんな母の気持ちが、わからなかった。
時の流れの厳然さからして、よく知らなかった。
「厳然さ」という言葉を使ったが、「残酷さ」といったほうが、わかりいいかもしれない。
時の流れの残酷さ――である。
この残酷さに最初の気付くのは、一般に男性よりも女性だと思っている。
女の子は、高校を卒業するくらいに早くも時の流れの残酷さを思う。
多分、二十歳前後の容色の変化が無視できないからであろう。
女性の十代の美を礼讃する男どもの風潮が、さらに彼女たちに重くのしかかる。
――私、もう二十歳なんだ……。
という感慨は、男が考える以上に深刻なのだ。
本当は気にすることはない。
それぞれの美があるだけである。
十代には十代の、四十代には四十代の、八十代には八十代の美があるだけである。
もっとも、僕は女性ではないので、いささか、お気楽に過ぎるかもしれない。
ただし、一つだけ吐露しておかなくてはならないことは――
僕は男だからなのか、時の流れとともに変化していく自分の姿を克明に記録しておきたいという欲求は、正直、気色悪いと感じる。
今日、自分の写真をみて、
（何だかなあ……）
と思ったのも、根をたぐれば、その気色悪さであった。
もっと正直にいえば、将来、もし僕に娘ができれば、そうした欲求――変化しくいく娘の姿を克明に記録しておきたいという欲求――を、あるいは感じるかもしれない。
が、それは、あくまで娘を事物とみる結果のような気がする。
つまり、娘を「お人形さん」とみる、ということである。
ある意味、これほど娘の人格を愚弄することはないように思う。
だから、気色悪いと思う。
いくら僕が文芸好きで、文芸が背徳を好むからといって、それを自分の身の回りの日常に取り込む危うさは無気味であること限りない。
そういう無茶は、したくはない。
人は変わっていく。
人だけではない。生き物は皆、変わっていく。
それを無理に記録しなくても、いいではないか？
記憶の中に留めておくだけでも、いいではないか？
そういうことである。
もちろん、人の記憶はあてにならない。
そんなことでは、昔の姿の実際は、どんどん忘れられてしまう。
――だから写真に撮るのよ。
と母の舌打ちが、きこえてきそうだ。
が、
――それでもいいではないか。
ということである。
昔の姿の実際など、忘れたほうがいい。
人が相手なら、なおのこと忘れたほうがいい。
……でないと、時の流れの残酷さが、いや増すだけのような気がする。
それでは、いくら何でも、あんまりというものではないか。
|
|
|
|
2005年3月25日 (金) |
僕が医師になったわけ（前編） |
――お仕事は何ですか？
と訊かれたら、面倒くさいので、
――医師です。
と答えることにしている。
本当だ。
現在、僕の収入の大半は医師としてのものである。
医師免許を取得してから4年になる。
最初は、なかなか取得する気になれなかった。
科学者になるつもりでいたからである。
大学の医学部を卒業し、直ぐに医師国家試験を受験したが、真面目には受験していない。
父の末期癌がわかった直後だった、ということもある。
当時の僕の初歩的な医学知識でさえ、父の命が長くないことはカルテをみれば自明であった。
（これは受験勉強どころではない）
と思った。
（親父から学ばなければならないことが、まだ、たくさんある）
と思った。
その考えは母親を酷く苛立たせた。
最後は説得に病床の父までを借り出し、何とか医師国家試験を真面目に受験させようとした。
が、とき既に遅しである。
あのときの母の態度ほど、僕を落胆させたものはない。
これから父が永遠の旅路につこうというのに、
――実家には近づかずに受験勉強をしていろ。
と、いう。
――受験なら、また来年があるじゃないか。
と説き伏せても無駄だった。
医師国家試験は、その気になれば簡単な試験である。
何しろ合格率8割の試験だ。
医学部の大学入試に比べれば何でもない。
が、母には、それがわからない。
――息子は受験の苦しみから逃げている。
と、とった。
僕には、母が自分の夫の死から逃げているようにしか映らなかった。
念のためにいっておく。
このときの僕は、まだ科学者になるつもりでいた。
医師免許は、あってもなくてもいいもの……であった。
その程度の意気込みだったから、受験には失敗している。
妥当な結果だと思う。
受験勉強は正味ふた月しかやっていない。
どんなに不真面目な医学生でも半年はするものである。
が、自分に自信がなかったわけではない。
僕は受験は得意だ。
事実、大学の卒業試験は全て1回でクリアした。
卒業試験は全部で30個近くある。
皆、一つや二つは落とすものだ。
このときは必死だった。
科学者になるためであっても卒業は必須である。
真剣に勉強した。
が、この勉強は国家試験には何の足しにもならない。
僕の卒業した大学は国家試験対策を軽視する大学だった。
卒業試験の出題内容は国家試験の傾向とはかけ離れたものだった。
それでも母が喚く。
仕方なく受験した。
あらゆる受験テクニックを駆使し、真剣勝負せざるを得なかった。
だから、落ちたときは、それなりにショックだった。
勝ち目のない戦いを挑む愚を、僕は思い知った。
医師免許がないまま、大学院に進学した。
専攻は神経生理学であった。
ガチガチの実験科学だ。
僕は実験が嫌いである。
少なくとも夢中にはなれない。
幼い頃より関心があったのは理論研究だった。
が、医学生物学領域に理論研究はない。
やむを得ず選んだのが神経生理学だった。
つまらなかった。
――これでは医師免許くらい取っておかないと話にならない。
と思った。
実験手技の習得もソコソコに、僕は受験勉強に戻った。
形だけでも医師になることが大事だと思った。
それが自分の選択の幅を広げると思った。
曲折を経て、翌年、医師になった。
母は喜んだ。
父は、まだ存命だった。
同様に喜んだ。
正直、父が喜んだのは意外だった。
父は、僕が学者になりたいといったときに、いたく喜んだ。
自分が学者だったからである。
＊
（後編へ）
|
|
|
|
2005年3月25日 (金) |
僕が医師になったわけ（後編） |
（前編より）
医師になって4年になると前述した。
たったの4年である。
しかも、最初の3年は学者業の真似事が本業であった。
年数的にも経歴的にも中途半端である。
だから、僕は自分のことを、
（医者だ）
とは思わないようにしている。
（医師だ）
と思っている。
――医師免許取得者
という程度の意味である。
「医師」よりも「医者」のほうが僕の中では格が上である。
つまり――
僕は医療人としては、すこぶる自信がない、ということだ。
塾講師や家庭教師なら自信がある。
こちらは10年以上やっている。
実績もある。
――何でも来い！
の心境である。
東京大学理科三類（医学部）を目指す生徒さんだろうと、高校を何とか卒業したい生徒さんだろうと、的確に指導していく自信がある。
が、医師のほうは、そうはいかない。
――何でも来い！
とは絶対にいえない。
よそに迷惑をかけないようにするのが精一杯である。
それでも、医師になったことは後悔していない。
なって、よかったと思っている。
医者になる夢は最初から持っていなかった。その意味では、僕は不届き者の医師である。
今は作家になりたいと思っている。
作家を目指す上では、医師としての経験は有用だ、といわれた。
そうかもしれない。
人の生老病死に触れられる点が大きい。
小説にせよ随筆にせよ、題材には事欠くまい。
が、全ての医療従事者は守秘義務を負う。
職務上、知り得た患者さんのプライベートは、決して漏洩してはならない。
そのことを、僕らは学部の初年から叩き込まれる。
だから、物書きの上では実は案外に不自由であったりする。
例えば、夜中に容態が急変した患者さんの人生を、その濃密な人間ドラマも交えて『道草日記』に書き下ろすわけには、いかない。
それでも――
医師になったことは、よかったと思っている。
科学者になる夢を捨て、物を書くために医師になったことは、よかったと思っている。
本当は科学者に未練がないわけではない。
今の文芸の先生に初めてお世話になったとき、僕は、
「今日は科学者の方が来ておられるので……」
と、いわれた。
大変に嬉しかった。
それでも――
医師になって、よかったと思っている。
とりあえず、科学者になる夢を捨てて、よかったと思っている。
文筆は性に合っている。
科学者としてやっていこうと思ったときは、
（何としても成功しなければ……）
と思っていた。
今は違う。
（何としても成功しなければ……）
と、いうプレッシャーはない。
不思議とない。
生涯、文筆に携われるだけで幸せである。
書くことが生の全てなら幸せである。
欲をいえば――
人の心に響く文章が残せれば、なお幸せである。
自分の死後、十年でも百年でも残せれば幸せである。
|
|
|
|
2005年3月24日 (木) |
夫婦円満の秘訣 |
人は変わっていく。
かつての○○さんは、いまの○○さんとは違う。
他人だけではない。
自分も変わる。
10年前の自分と今の自分とは違う。
1年前の自分と今の自分とも違うだろう。
単に、歳をとって変わる、ということではない。
もしかしたら、昨日の自分と今日の自分とも違うかもしれない。
例えば、好きな食べ物が変わるとか、同じ芸術作品の評価が変わるとか、冗談をいうときの口調が変わるとか、飲み屋で話題にすることが変わるとか、そういうことである。
大袈裟にいえば、別の人格になる、ということだ。
ところが、皆、自分が変わっていくことに無頓着である。
だから色々な問題が起こり得る――というようなことを、たしか養老孟司さんが、お書きになっていたはずである。
自分は変わっている。
なのに、それを考慮しないで言動する。
だから、時に深刻なトラブルを招きかねない。
最近、離婚の話をきく。
雑誌や新聞できくし、物語の中できくし、僕の身の回りでもきく。
しばしば、きく。
互いに好き合って結婚したはずなのに、なぜ別れるのだろう？
しかも別れるときは凄惨なケースが少なくない。
――もし、歴史に介入できるなら、どうするか？
という問いに、大真面目に、
――妻にプロポーズしようとする自分に待ったをかける。
と答えた人がある。
その人は、結婚してから今まで大いに変わり続けたのであろう。
多分、奥さんも同じように変わり続けた。
そして、
――結婚しなければ良かった。
と思うに至ったに違いない。
僕に結婚の経験はない。
が、これだけは間違いないだろうと思えることがある。
夫婦円満の秘訣は、いかに同じように変わっていくか、ではないか、と――
妻も夫も変わっていく。
人である以上、変わっていく。
変わっていくものは仕方ない。
いかんともしがたい。
だから、仲の良い夫婦であり続けるためには、二人して同じ方向に移ろっていかざるを得ない。
全く同じ方向というのは夢想であろう。「ほぼ同じ方向」というのが実際のところではないか。
ということは、結婚するとき、二人のむいている方向は非常に重要である、ということになる。
結婚したとき、二人が、ほぼ同じ方向をむいていれば、その後の軌跡が絡み合う可能性は高い。
逆に、全く違う方向をむいていれば、かなり危険である。
すれ違いが結婚直後に始まることだって、あり得る。
真に注意すべきは、互いに相手の方をむいているケースかもしれない。
一見、よいことのように思える。
が、実は危険ではないかと、思っている。
互いが向き合っているということは、二人は正反対の方向をむいているということに、なりはすまいか？
げに恐ろしきことではある。
昔、付き合っていた彼女と、この話で喧嘩になったことがある。
彼女は、夫婦は互いに見つめ合うものだと考えていた。
僕は、同じ方向をむくものだと考えた。
この点で意見が一致しなかったということは、別れて正解だったわけだ……。
が、それは別の話――
もちろん、どちらかだけでは、よくない。
当然だ。
いくら同じ方向をむいていても、少しは互いをみなければ話にならない。
程度の問題である。
互いを見つめあうことに専心するよりは、二人して同じ方向をむき続けるよう努力すべきではないか、ということである。
この意見は今も変えるつもりはない。
夫婦は互いを見つめすぎてはいけないと思う。
見つめすぎると多分、ロクなことがない。
恋に浮かれているときはいい。
恋が冷めたら最後である。
互いのイヤなところがガンガン目に付いてくる。
が、少しは相手をみないといけない。
なぜか？
変わっていくからである。
相手も自分も、変わっていくからである。
互いに無視し合っていたら、二人して同じように変わっていくなど、ありえない。
思うに、夫婦とは、互いにチラ、チラっとみあうのが良いのではないか。
みすぎてはいけない。
夫がみつめるべきは、妻ではない何か別のもの――そして、それを妻もみている――それが理想だと思う。
もちろん、人は変わっていく。
僕も変わる。
未来永劫、同じ意見を主張し続けるとは限らない。
|
|
|
|
2005年3月23日 (水) |
夜が明けるのは、なぜか？ |
朝になって、昼になって、夕方になって、夜になる。
このことを、僕らは日頃、至極、当然なことだと思っている。
しかし、よく考えてみたら、どうだろう？
不思議な話ではないか？
例えば、夜が明けるのは、なぜか？
――時間が経過したからだ。
と僕らは考える。
この考え方は極めて常識的ではあるが、ある意味では、やや自分たち本位かもしれない。
僕らは何も変わらない。
なのに、時間というヤツが勝手に流れていくことで、例えば、夜などは明けてしまう――そういう考え方である。
そういえば、「朝になる」とは「朝がくる」ともいう。
朝は毎日、ほぼ決まった時刻に、どこからともなく、やってくるものなのだ。
古代日本人の昼夜の感覚は少し違ったらしい――という話をきいたことがある。
彼らは、この世には、夜の世界と昼の世界とがあって、僕らは、その2つの世界の間を行き来している、と考えたそうだ。
僕らだけではなく、僕らを取り巻く全ての事物も一緒に行き来しているので、僕らは、あたかも自分たちが静止しており、「朝がくる」ように感じている。
が、実際は、そうではないと考える。「朝がくる」のではなく「僕らがいく」――つまり、夜の世界から昼の世界へと赴いていると考えるのである。
「朝」とは、夜の世界から昼の世界への越境である。
学問的に厳密な議論は知らない。
僕は古代日本文化の専門家ではない。
ただ、夜の世界と昼の世界とが併存しているという発想、そして、僕らは、その2つの世界を行き来しているに過ぎないという世界観は、少なくとも僕には新鮮であった。
夜の世界は、いつまでも夜なのである。
昼の世界も同様だ。いつまでも昼である。
どちらの世界も時間の経過を超越しているのである。
もちろん、僕らは、夜が太陽の光の届かない影の部分に相当する、ということを知っている。
地球が自転することで、夜は昼になり、昼は夜になると、僕らは考えている。
だから、この世に夜の世界と昼の世界とが併存しており、僕らは、その2つの世界を行き来している――という世界観は、普通に考えれば、かなり荒唐無稽のように思える。
しかし、よく考えてみたら、そうでもない。
地球表面上には、太陽の光が絶えず届かない領域と絶えず届く領域とが併存しているわけである。
となれば、2つの世界が併存していると、いえなくもないではないか。
そして、地球が自転していることで、僕らは、その2つの世界を行き来しているといっても、よいではないか。
一見、荒唐無稽な世界観も、真実の一部を突いていたりするから面白い。
これは、人間の直観力は侮らないほうがいい、ということでもある。
ところで――
夜の世界と昼の世界とを自在に行き来できたら、どんなにかいいだろうと思うことがある。
夜にしかできないことがある。
昼にしかできないことがある。
もし自在に行き来できるなら、そういうことであっても、昼夜を問わず、いつでも気楽に実行できる。
何だか、良さそうな話ではないか。
が、夜昼を自由に操れるなら、これほど味気ないこともないだろう。
部屋の電気を消すように昼が夜になっては、たまらない。
人間の増長は留まるところを知らなくなる。
僕が夜の世界と昼の世界との併存モデルが気に入ったのは、夜の世界ではいつでも夜、昼の世界ではいつでも昼、という点による。
だから、僕らが何かの拍子で、ずっと夜の世界に居続けなければならないことになったら、僕らにとって、夜は二度と明けないのである。
にもかかわらず、毎回、必ず夜が明けてくれる喜び――この喜びを意識し続けられるというのは、決して悪いことではあるまい。
少なくとも一個の生命体として、この地球上で謙虚に生きていく上では、好ましい方向に作用するに違いない。
|
|
|
|
2005年3月22日 (火) |
酒 |
最近、毎晩のように酒を飲んでいる。
この時期は送別が重なるので、やむを得ない。
飲みの席は嫌いではない。
が、飲むこと自体は好きではない。
ちょびっと飲めれば、それでいい。
ビール1杯くらいで、ちょうどいい。
飲み過ぎると、あとで困る。
何に困るかといえば、その後、頭を使った仕事がしにくくなることである。
――酒を飲んでグデグデするのは人生の浪費である。
と割り切って、酒を一切、断った人もいる。
トータルで考えれば損のない判断かもしれない。
＊
高校時代、ほとんど飲酒経験がないのに、男女がワイン・グラスをかわす場面を小説に描いたことがある。
酒には憧れがあった。
清い憧れである。
文芸的な憧れといってもよい。
我が家は酒とは無縁であった。
父が酒嫌いであった。
下戸ではなかったようだが、僕や妹が酒を覚えるまでは、家では1滴も飲まないような人だった。
そのくせ、
「酒は飲めたほうがいい」
と、いっていた。
――酒の席での付き合いを重視しろ。
という意味だったと思う。
父は、酒が嫌いというよりは、酒の席が嫌いだったように思う。
若い頃に、酒の席での振る舞い方を、きっちりと習得できなかったのかもしれない。
父は大学に自宅から通っていた。
だから、祖母は学生時代の父をよく知っている。
祖母によれば、父は、ほぼ毎日、夕方には帰宅していたそうだ。
「ありゃ、酒の誘いは、ほとんど断っておったんじゃろうよ」
と祖母はいっていた。
ちなみに、父の兄は酒豪である。
祖母が嘆いたくらいの酒豪である。
――二人を足して2で割れば、ちょうどいいのだが……。
というようなことを、よくコボしていた。
父がそんなだから、僕は高校を卒業するまで、酔っ払いというのを、みたことがなかった。
酒を飲んでいる人をリアルタイムでみたことすら、なかった。
だから、酒に憧れたのだと思う。
文芸のアイテムとして憧れた。
いま思えば、チャンチャラおかしい。
普通に考えれば、そんな代物ではない。
少なくとも、憧れの対象ではない。
好奇の対象になるのが、せいぜいであろう。
|
|
|
|
2005年3月21日 (月) |
いつか「死ねなく」なる |
映画は何度もみるものじゃないな、と思う。
以前、
――同じ映画を10回もみれば映画監督になれる。
という話をきいたことがあるが、10回もみれば8回目、9回目はどんな心境なのだろうか？
尋常ではあるまい。
おそらく、本気で映画監督になろうと思っている人以外には無理な話なのだろうと思う。
が――
そのことをいいたいのではない。
たとえ、違う作品であってさえ、映画は何度もみるものじゃないという気がしている。
何となくみたい映画を10本みるよりは、本当にみたい映画を1本だけみるほうが、ずっといいように思う。
映画の良さに慣れないほうがいい――というのが一点だ。
大きな絵、大きな音――これに慣れると、なぜか白ける。
（別にいいじゃん。そこまで大きくしなくても……）
と、なってしまう。
真剣に映画を撮っている人には申し訳ないと思うけれども……。
もう一つの理由はリアリティにある。
これは映画に限らない。TVドラマにもいえる。
映像作品がもつ宿命である。
ここでいう「リアリティ」というのは、大雑把な意味でいっている。
例えば、芝居やミュージカルにはリアリティが希薄である。
舞台の上で起こった出来事をリアルにみる者はいない。
俳優さんたちが虚構の役割を演じているということを、観客は比較的、容易に意識し続けることができる。
しかし、映画やTVドラマは、どうか？
僕らが映像をみているとき、画面の向こうの出来事を虚構と割り切り続けることが容易だろうか？
どこかの世界で本当にあった出来事のように錯覚したりすることはないだろうか？
少なくとも、僕は錯覚する。
アニメーション映画でもない限り、画面の向こうに、もう一つの別の現実世界があると信じている。
そう信じてみるほうが映画は楽しい。
しかし、それゆえに……。
どうしても白けるのである。
出演している俳優さんに白ける。
勘違いしないで頂きたい。
俳優さんの演じるキャラクターが、例えば、アニメーションの生み出すキャラクターに劣る、などとは思わない。
俳優さんの演技がリアルで、優れていればいるほど、観客の僕は白けるのである。
同じことを以前の『道草日記』にも書いた気がする。
簡単にいえば、
（あ、僕、この人、知ってるよ）
に集約される。
初めて出会うキャラクターのはずなのに、
――以前、他の作品でみたことがある。
というわけだ。
同じ顔つき、同じ背格好の俳優さんが、衣装をかえ、メイクをかえる。
いくら上手にかえても、同じ人間であることまでは誤摩化せない。
白けの根源が、ここにある。
例えば、何年か前に映画『プライベート・ライアン』で二等兵の若者を守って死んだトム・ハンクスさんが、今度は映画『ターミナル』の空港で立ち往生していたりする。
（あんな死に方をした人なのに……）
である。
俳優さんは何度でも「死ぬ」――
巧い俳優さんほど、何度でもリアルに「死ぬ」――
いくらでも鮮烈な「最期」を、繰り返し、繰り返し、僕らにみせてくれる。
俳優さんの力量に感歎はする。
が、物語を享受する立場としては、やはり白けざるを得ない。
演技が迫真であればあるだけ、白けざるを得ない。
だって、この世では、人というものは須く、一度、死んだら終わりなのだから……。
俳優さんは極力「殺さない」ほうがいい。
そういう意味で、俳優さんは消耗品なのだと思う。
何度も「殺す」うちに、いつか「死ねなく」なる。
俳優さんが「死ねない」というのは、俳優さんにも痛いことだろう。
それ以上に、物語の作り手にとっても痛いはずだ。
「死ねない」人たちの物語では、人の心を揺さぶる物語にはなりにくい。
逆手にとって、
（人は絶対に死なないよ！）
という物語を作る手は残されているけれど……。
|
|
|
|
2005年3月20日 (日) |
「洛陽の紙価を高からしむ」 |
――洛陽の紙価を高からしむ。
なる言い回しがある。
洛陽（らくよう）とは中国・古代王朝の都の名で、紙価（しか）とは、文字通り、紙の値段のことである。
この言葉を、僕は作家の陳舜臣さんの一文で知った。
中国・晋の時代（3世紀頃）に左思（さし）という文人がいた。
その文人が『三都賦（さんとのふ）』という韻文を書く。これが大層な傑作で、洛陽の人々の評判をよび、皆、これを争って手写した。
手写とは、紙を買ってきて、自分の手で書き写すということである。
印刷技術のない時代である。
手写のために、皆が一斉に紙を求めたので、洛陽では紙の値段が上がった。
それで、ベストセラーのことを、
――洛陽の紙価を高からしむ。
と形容する。
今日でも普通に用いられる言葉である。
このような言葉を生んだ『三都賦』なる韻文が、どういうものか、僕は知らない。
陳舜臣さんよれば、中国・三国時代の3つの都の自慢合戦なのだという。
三国時代は晋の時代の直前である。
魏、呉、蜀の三国が覇を競った。
『三国志演義』で有名な名軍師・諸葛孔明は蜀の丞相である。
丞相とは、今でいう総理大臣のような地位だ。
諸葛孔明のことは陳舜臣さんも、お書きになっている。
が、魏の曹操のことも、お書きになっている。
むしろ、曹操のほうに、より強く思い入れをお持ちのような気がする。
曹操は『三国志演義』では、ときにマヌケな悪役振りを発揮するが、人物としては諸葛孔明よりも魅力的かもしれない。
話がそれた。
気になっているのは、
――洛陽の紙価を高からしむ。
という形容句それ自体である。
僕は、この言い回しを陳舜臣さんの一文で初めて知った。
（へえ。そんな言葉があるの！）
という感じである。
（そんな言葉、みたことない）
であった。
ところが、面白いことに、この言葉を知った後では、あちこちでみかけるようになった。
一度や二度ではない。
講談社の『日本語大辞典』にもデカデカと載っている。
――洛陽の紙価を高める。
で載っている。
だから、陳舜臣さんの一文で、
（へえ。そんな言葉があるの！）
と驚いた僕は、我が身の不明を恥じなければならない。
実は今までにも、この言葉には散々、出会ってきていたのだが、意味がわからなかったから、勝手に読み飛ばしていたのかもしれない。
洛陽は、中国史をかじった者なら、お馴染みの都市名である。
そんなメジャーな固有名詞に因んだ表現であるから、強烈な印象として残る。
日本人にとっての洛陽とは、ある種、ファンタシーの響きをもつのではないか。
洛陽だけではない。
長安（ちょうあん）にせよ、成都（せいと）にせよ、そうである。
外国の都市名だ。
しかも古代からの都市である。
洛陽も長安も成都も、本来は、ときの中国語で発音されるべきである。
つまり、これらを「らくよう」「ちょうあん」「せいと」と、現代日本語風に発音する限り、実在の洛陽や長安や成都とは別の都市を指しているのではないか。
少なくとも「らくよう」「ちょうあん」「せいと」などと呼称される都市は、中国のいかなる時代にも存在しない。
存在するのは、現代日本人の心象世界の中だけである。
そう思うと、
――洛陽の紙価を高からしむ。
には、さらに特別な響きがあるように思う。
これまで、出典を「陳舜臣さんの一文」とだけ書いてきた。
実は、その一文を僕は大学入試の過去問題で知った。
2000年の宮城教育大学の前期日程試験の国語だ。
かつて、教え子の一人が受験した大学である。
陳舜臣さんの随筆に『紙の道』というのがあるそうだ。
そこからの抜粋だという。
原典を書店に求めたが、みつからない。
陳舜臣さんには意外と随筆が少ないので、すぐにみつかるかと期待したが、今でも難渋している。
根気よく求め続ければ、そのうちに出会えるだろう。
こういう拾い物があるから、受験指導は止められない。
指導の最中に垣間見た一文は、なぜか強烈なインパクトを放っている。
その後、何年にもわたり、心に残り続ける。
不思議である。
|
|
|
|
2005年3月19日 (土) |
マンガ『日本の歴史』 |
歴史好きの子供だった。
そうなった理由は、自分でも、よくわからない。
地理や公民よりも歴史が好きだった。
地理や政治や経済や倫理は、歴史を通し、好きになった。
僕の少年時代の日本史観の核はマンガ『日本の歴史』である。
なかでも『小学館版 少年少女学習まんが 日本の歴史』（監修・児玉幸多、全21巻）が大きい。
このマンガの絵は、あおむら純さんという方がお描きになっている。
かつてはアニメーターだったそうだ。
初版1刷は1983年――僕が十歳のときである。
当時は大騒ぎであった。
――歴史をマンガで伝える試みが始まった！
とかで、マスコミが騒いだ。
当然、
――歴史がマンガで説明できるのか？
と懐疑的な意見もあったそうである。
哲学ですらマンガに描いてしまう今日からすると滑稽だ。
噂をききつけた母が僕に買い与えた。
病気で近くの小児科医にかかった帰りのことだったと記憶している。
『小学館版 少年少女学習まんが 日本の歴史』は全21巻である。
母は、そのすべてを買い与えたわけではない。
買い与えたのは第16巻『幕末の風雲』であった。
――歴史好きは結構だけど、源義経や徳川家康の時代を、いくら知っていても現代には役立たない。幕末以降の近現代史を学びなさい。
と、いうわけである。
一面の真理ではある。
が、当時から、僕はそれほど感じ入っていたわけではない。
母は年中、文句をいっていなければ気がすまない人だ。
これも、その一環であったろう。
（はいはい……）
という感じで、その第16巻『幕末の風雲』のページを開いたはずである。
＊
マンガ『日本の歴史』は、当初から複数の出版社が競合していた。
また、その後、何人かの有名なマンガ家が大著に挑戦したりもしている。
しかし、あおむら純さんの作品を越えるものはない――と僕は思っている。
あおむらさんの、どこが優れているか？
まず絵が柔らかい。
マンガならではの柔らかさである。
その柔らかさが登場人物を活き活きとみせている。
それでいて、人間の重みを感じさせる。
徳川家康も長屋の爺さんも、皆、同じ人間の重みをもっている。
もちろん、内容も遜色ない。
高校の日本史の教科書代わりに十分になり得る。
不思議なマンガである。
今日――
その、あおむらさんの『小学館版 少年少女学習まんが 日本の歴史』第20巻を買う。
理由は後日、記す。
とにかく、あることが気になり、今日、閉店まぎわの書店に駆け込んで買った。
僕が小学校のときに買ったものは、引っ越しのどさくさに紛れ、どこかにいった。
現在、手元には一冊も残っていない。
にもかかわらず、あちこちのページを、よく覚えている。
今でも、しばしば思い出す。
だから、確認したくなることもある。
とりわけ、日本史について物を書くようになってからは、そうである。
立ち読みで済ませてもよかったのだが、せっかくなので買うことにした。
良書は何度でも買う主義である。
手にとると、懐かしい。
と同時に驚きもある。
今、読んでも感銘を受けるのだ。
今日、買った第20巻は昭和前期が舞台である。
この時代の書物を僕は多く読んでいる。
この半年だけでも十数冊、読んだ。
それでも黙らせる迫力がある。
傑作だ。
初版から20年以上が経っている。
なのに、まだ絶版していない。
嬉しい。
将来、もし自分に子供ができたら――と考える。
いまのところ、全巻を買い与えるつもりだ。
が、押し付けたくはない。
無言のまま、子供の目のつくところに置いておくのである。
見向きもしなければ、それで構わない。
多分、僕が記憶の確認に用いる。
問題は、一巻、一巻、買い与えるか、全巻をまとめて買い与えるか――である。
僕の場合は「一巻、一巻」だった。
早く続きが読みたいと思う反面、一つの巻を繰り返し通読した。
どちらがよいか？
思案のしどころである。
|
|
|
|
2005年3月18日 (金) |
「司馬史観」の幻 |
つい最近まで、物語は奇想天外がよいと信じていた。
受け手の意表を突きまくる展開が理想の物語だ、と――
いまは、そうは思わない。
荒筋がわかっていて、結末がよめていても、それでも引き込まれてしまう物語が、理想の物語ではないか、と――
結構、無茶なことをいっているつもりだ。
が、もしかしたら、もっともらしくきこえているかもしれない。
例えば、ミステリー小説に当てはめて考えよう。
エライことである。
――荒筋がわかっていて、結末がよめていても……。
というのは、
――犯人がわかっていて、その犯人が、どこで、どんな風に事件を起こしたかがわかっていても……。
ということである。
そこまでネタばれしていながら読者を惹き付けるなど、あり得るだろうか？
だから、「理想の物語」といった。
そんな物語は、滅多にないだろうと思う。
あるいは――
司馬遼太郎さんが、そうかもしれない。
司馬さんの作品は歴史小説が多い。
そして、有名な事件や人物を描く。
なかには、司馬さんが描いたことで有名になった事件や人物もあるが、今となっては同じことだ。
だから、司馬さんの作品はネタばれしている。
『坂の上の雲』も、そうである。
日露戦争時代を舞台にした物語だ。
NHKが近い内に準大河ドラマ級の大型番組に仕上げるという。
主要登場人物は秋山好古、真之の兄弟――
兄・好古は陸軍騎兵隊の司令、弟・真之は連合艦隊の参謀であった。
二人の活躍は、今年が日露戦争終結100年のこともあって、いまや司馬遼太郎ファンならずとも熟知している。
僕も今日までに、かなりの入れ知恵を受けた。
それでも『坂の上の雲』は読ませる。
とにかく、読ませるのである。
筆致が随筆風である。
およそ小説らしくない。
先日、教え子が、やはり司馬遼太郎さんの『翔ぶが如く』を読んで、
――本当に、みてきたように書かれてますよね。
と苦笑していた。
司馬さんのような小説文体が、彼には酷く珍しかったらしい。
新聞記者時代の文章経験なのだろう。
後の大作家といえども、記者時代には、本当のことしか書くことを許されなかった。
そのときに培ったノウハウが、あの筆致に発展したに違いない。
だからなのか、「司馬史観」という言葉が生まれた。
珍妙な言葉だ。
司馬さんの神髄は歴史家にはない。
小説家にある。
昨今、司馬史観は歪んでいる、との指摘が喧（かまびす）しい。
例えば、日露戦争の旅順攻めを指揮した乃木希典を不当に貶めている、というものだ。
そのような批判は、いずれも『坂の上の雲』を歴史書ととらえたがっている。少なくとも、積極的に小説ととらえようとはしていない。
司馬史観の擁護派にせよ否定派にせよ、そうした姿勢にこそ問題があったと、みるべきだろう。
司馬さんの書く小説を歴史書とみなす世相が糾弾されるべきであった。
『坂の上の雲』は歴史書ではない。
小説である。
この当たり前のことを、僕らは、よく認識することである。
司馬さんは歴史小説家として偉大になり過ぎてしまった。
そのために、とうとう昭和史を扱うことができなくなってしまったのではないかと、僕は空想している。
昭和に触れるのを慎まれたというが真相ではなかったか？
司馬さんが、いくら小説として描いても、世間は、そうはとってくれない。
歴史書とみる。
だから、いい加減なことは描けない。
司馬さんは戦前の体制派を憎悪していたといわれる。
そのエネルギーは凄まじかったそうだ。
それを存分に充填させた作品を、是非、読みたかった。
歴史の客観性――などとウルサイことはいわず、昭和の体制派をコテンパンにやっつける小説を読みたかった。
司馬さんなら、太平洋戦争（大東亜戦争）を、どう描いたろう？
満州事変は？
真珠湾は？
ミッドウエーは？
沖縄戦は？
急逝が惜しまれる。
いや、そうではない。
あまりにも公的な作家になってしまわれたことこそ、悔やまれる。
もっと自由で気ままな執筆をさせてあげられなかったのかと、一人、勝手に思っている。
|
|
|
|
2005年3月17日 (木) |
2つのプライベート |
結婚したら、僕は『道草日記』に何を書くだろうか、と考えた。
――その前に、まず相手でしょ？
という意地悪は、この際、ナシでお願いしたい。
この問いを考える上で鍵となる概念は、2つのプライベートである。
プライベートには2種類ある。
個のプライベートと場のプライベートだ。
個のプライベートとは、例えば、僕なら僕が有する僕個人のプライベート――
例えば、夜、寝る前に何をしているかとか、風呂では何処から洗いはじめるかとか、いつも電車の中で何を考えているかとか……要するに僕個人にしか知りえないこと、である。
個のプライベートは、だから、当人が本気で隠そうと思えば、まあ、何とか隠しきれる。
とりあえず当人が黙っていれば、外部に知られることはない。
これに対し、場のプライベートは厄介だ。
複数の個のプライベートが寄り合って形成するのが場のプライベートである。
一番、考えやすい例は家庭であろう。
例えば、日頃、自分の配偶者と、どういうやり取りをしているかとか、家事分担はどうなっているかとか、風呂はどちらから先に入るかとか……要するに家庭内の日常が、それにあたる。
個のプライベートは当人が占有できる。
場のプライベートは、そうはいかない。
場のプライベートは他の個――つまり、他者――との共有である。
だから、いくら自分が気をつけていっても無駄である。
何か簡単なことで、もれてしまうかもしれない。
もちろん、逆も気を付けなければならない。
自分の都合だけで、おいそれと、もらしていいものでもない。
高校を卒業してから、僕はずっと一人暮らしである（途中、半同棲みたいなことは何度かあったが）
だから、この2つのプライベートの区別を、しばしば忘れることがあった。
そりゃそうなのだ。
独り者にとっては個も場もない。
個のプライベートが即ち場のプライベートとなる。
子供の頃、母は何度も嘆息していた。
「一人なら、いくらでも好きに暮らせるからね」
と――
あのときの母がいいたかったことは、つまり、
――個のプライベートと場のプライベートとがピッタリ重なればラクなのに……。
ということに他ならない。
あとで知ったことだが、母にも少なからず一人暮らしの経験があった。
ところで――
僕はプライベートを割と平気でさらすほうと思う。
もちろん、全ての人にさらすわけではない。
だから、素の僕を知らない人は、僕がガードの固い男だと思っている。
事実は違う。
僕はガードを緩めるのが好きである。
実は好きである。
『道草日記』を御覧になれば、おわかりだろう。
けど、緩め過ぎると大変なことになるんだけどね……。
こんな僕が、それなりに問題なくやってこれたのは、もちろん、個のプライベートと場のプライベートとが一致していたからである。
とくに前の彼女と別れてからは完全に一致している。
結婚したら、どうなるか？
普通の意味で息苦しくなることは間違いない。
結婚したら、どうしたって個のプライベートと場のプライベートとはズレてくる。
僕が『道草日記』に、亡き父のことや遠くに住む母や妹のことを書けるのは、場のプライベートを共有していないからである。
例えば、もし母と同居していたら、どうか？
もちろん、母のことなど書けるわけがない。
多分、そんな気持ちにすら、ならないだろう。
だいたい何を書いたらいいのか？
何も思い浮かばないんじゃないか？
だから――
僕が結婚したら、少なくとも妻のことは何も書けないだろうと思う。
夫婦は1週間に1回くらいで会うのが、ちょうど良い。
そういう人がある。
いわゆる週末婚の思想だ。
週末婚は場のプライベートを共有しない結婚である。
これはいい。
もし、週末婚なら、僕は妻のことを、たくさん書けるだろう。
『道草日記』が妻のことだらけになるかもしれない。
それはそれで、それなりに幸せな結婚生活だ。
最悪なのは、場のプライベートが存在しない結婚生活である。
当然、場のプライベートが形成されるはずなのに……ない。
あるのは、2つの独立の個のプライベート――
う〜ん――それは悲惨だ。
絶対、悲惨だ。
そうなる前に――
離婚するべきなんだろうな……きっと……。
けど――
結婚してまで離婚したくはないよ……ホント……。
|
|
|
|
2005年3月16日 (水) |
沖縄もしくは琉球のこと |
ひと昔前、日本史の受験勉強をしていた頃、
「沖縄の人たちは独立したほうがいいんじゃないでしょうか」
といわれ、
（そうだ！）
と感じ入ったことがある。
もちろん、本気ではない。
――沖縄県は日本国から独立すべきだ！
などと真剣に議論したのではない。
本当にそうなら、怒る人がいたり、喜ぶ人がいたりで大変だろう。
政治的にも、かなり複雑な話になると思う。
そうではなくて、沖縄を取り巻く風土や文化、あるいは琉球王国などの辿った歴史の概観から、何となく、
――沖縄には独立国が似合う。
と思ったに過ぎない。
無責任な共感だった。
ひと昔前のことである。
今になって、こんなことを思い出したのは、最近、寺島尚彦さんの『さとうきび畑』を聴いたからだった。
『さとうきび畑』は太平洋戦争（大東亜戦争）末期の沖縄戦を唄ったものだ。
沖縄の夏と戦火の現実とが巧く融合されている。
僕の戦争のイメージは夏の風物に重なる。
僕だけではあるまい。
もちろん、太平洋戦争の終結が8月15日で、以後、8月がくる度にマスコミは戦争特集を組む。
だから夏の風物に重なるのだろうが、映像や書籍などが伝える沖縄戦のイメージ――暑い夏の日の戦火のイメージも、決して無視できるものではない。
『さとうきび畑』は色々な人が歌っているときく。
僕が聴いたのは、THE BOOM の宮沢和史さんのものだ。
THE BOOM は高校時代から気になっている。
特に宮沢さんの書く詞には、日本人のアイデンティティやナショナリティを中心テーマに据えた作品が多い。
そういえば『島唄』なんていうヒットナンバーもあった。
あれもTHE BOOM の手による。
『島唄』では沖縄民謡がモチーフにされた。
他にも、THE BOOM には沖縄民謡を絡めた作品や企画が多い。
メンバーは、最初、誰もが沖縄とは無縁だったという。
なのに、ここまで入れ込ませる何かが、沖縄にはある。
『さとうきび畑』の中で、
――戦火は沖縄の島の外からやってきた。
という内容の節がある。
最初はアメリカ軍のことをいっていると思ったが、宮沢さんの力強くも物悲しい歌声で聴いていると、違うことを考えるようになった。
もしかして、日本の軍部や政府のことをいっているのかもしれない、と――
歴史にイフ（if）は無意味だ。
が――
ふと思う。
もし、沖縄が独立国だったら、どうだったか、と――
あるいは、スイスのような永世中立国になっていたのではないか、と――
太平洋戦争に巻き込まれることはなかったのではないか、と――
もちろん、今日の基地問題に悩むことも、なかったに違いない、と――
沖縄（琉球）は、古くから中国や日本と密接で複雑な関係を保ってきた。
中国（清）や日本（薩摩藩）に服従しつつも、逞しく独立国の体裁を保っていた時期は長い。
日本の幕末期には、たしか黒船で有名なアメリカのペリー提督を相手に、強かな外交戦術を展開したのではなかったか――
沖縄の人たちの多くが真に独立を望んでいるのかどうかは、わからない。
おそらく、そう簡単に割り切れることではないだろう。
だが、沖縄には独立国が似合う。
無条件で、そう思う。
もちろん、そんなに単純な話ではないと思うけれど……。
|
|
|
|
2005年3月15日 (火) |
街を好きになるとは？ |
ちょっと考えてみた。
街を好きになるとは、どういうことなのか――
＊
今夜は久々に国分町で飲んだ。
国分町とは、仙台の飲屋街である。
帰りは、人をタクシーで送るため一旦、郊外まで出、そこから再び仙台市街に戻ってきた。
僕の自宅は仙台駅から歩いていける距離にある。
一人になって、あとは家に戻るだけとなったときに、不意に外を歩きたくなった。
「ここでいいです」
と告げ、早々にタクシーを降りた。
30分ほどの散策となった。
多少、酔っぱらっていたので、気持がよい。
が、それ以上の理由として、やはり、仙台の街が好きになってきた、ということが挙げられる。
仙台に引っ越してきて11年になる。
最初は好きになれなかった。
テレビ東京系列がみられないとか、大きな本屋が少ないとか、何となく街に活気がないとか、全体的にノンビリしているとか……。
住めば都という。
その通りだ。
今の僕にとり、仙台は明らかに「都」である。
最近、母は、どういう了見からか、
――そろそろ仙台を離れたほうがいいんじゃない？
などという。
その気は全くない。
岡山を離れるときは躊躇すらしなかったのに不思議なものである。
要するに、岡山の街は好きになれなかったということだ。
正確には、好きになる暇がなかったというべきか。
岡山に暮らしていたのは高校の三年間だけである。
しかも、通っていた高校は広島県福山市にあった。
岡山の街がしっくりこないのは、今も変わらない。
岡山には父の墓があり、母は今も岡山に住んでいる。
だから、度々、岡山の街を訪れる。
けれど、街を歩こうとは思わない。
目的地に着く前にタクシーを降りてしまおう、とは思わない。
その街が好きかどうかの基準は、おそらく簡単だ。
意味もなく歩きたくなるかどうか――ではなかろうか。
仙台の街は意味もなく歩きたくなる。
バスや地下鉄は利用したくなくなる。
自転車や自家用車を打ち捨てたくなる。
ちなみに――
東京は歩きたくなる。
大阪を歩きたくはならない。
鎌倉は歩きたくなる。
京都を歩きたくはならない。
同様に――
チューリッヒやプラハなら歩こうと思う。
パリやニューヨークを歩こうとは思わない。
世界有数の都市だから好きになるわけではない。
史蹟が豊かだから好きになるわけでもない。
多分――
長い間、住んでいるから好きになる、というわけでもない。
|
|
|
|
2005年3月14日 (月) |
人は嫌いなものから食べるのか？ |
食事のとき、好きなものから食べるのか、嫌いなものから食べるのか――
嫌いなものから食べるというのは、好きなものを後回しにするということである。
さて、あなたは、どちらか？
僕は、嫌いなものから食べるタイプにみえるらしい。
たしかに、そうすることがある。
特に、料理を残すと具合が悪い席では、そうだ。
一瞥し、まず
（これは苦手だあ！）
と思うものから手をつける。
僕は果物が苦手である。
人によっては信じられないことかもしれない。
オレンジ――
グレープフルーツ――
ぶどう――
メロン――
そんなに美味（おい）しいとは思わない。
不味（まず）いとまでは思わないが、できれば食べずに済ませてしまいたい。
果物は、だいたい食べるのに手間がかかる。
ぶどうなど最たるものだ。
ひと粒ひと粒、皮をむき、種をとり、
（ああ！ 面倒臭い！）
である。
そうまでして食べたい味ではない。
コスト・パフォーマンスが悪すぎる――少なくとも僕には、そうである。
多分、本当の理由は別にある。
学校給食だ。
昼休みになっても、
――食べるまで許さない！
などと訳のわからない指導を受けた。
ますます果物がイヤになった。
果物が給食に出ると慄然とした。
鬱になった。
家庭も原因の一つだった。
母は、よく果物を食べさせたがった。
体に良いからという理由である。
さすがに、学校給食のような無理強いはなかったが、あまりにも執拗に勧めるので辟易した。
だから、僕は果物を嫌う。
憎悪の対象ですら、ある。
果物のほうこそ、いい迷惑である。
自分の味のせいではないのだから……。
話がそれた。
好きなものから食べるのか、嫌いなものから食べるのか、の話であった。
しばしば、そのどちらであるかで、その人の性格がわかるという。
本当だろうか？
僕は果物を嫌う。
そして、前述の通り、僕は嫌いなものから食べるタイプとみられている。
だから、果物から食べる。
凄い勢いで食べる。
――果物が好きなの？
と、きかれるくらいの勢いである。
違う。
嫌いだから食べる。
勢いが出るのは果物が憎いからである。
こんな僕でも、果物から手をつけないことがある。
よくある。
むしろ、果物から手をつけることのほうが少ない。
どうしたことか？
僕が果物から手をつけないと、どうなるのか？
残す。
手を全くつけない。
――なんで果物だけ残すの？
と、いわれるくらい、残す。
当然だろう。
だって嫌いなんだから……。
結局――
好きなものから食べるのか、嫌いなものから食べるのか――で、人の性格がわかるとは思えない。
わかるのは、現時点での決意の程であろう。
――目の前の嫌いなものは、どうしても食べなければならない！
との覚悟であれば、嫌いなものから手をつける。
――まあ、いいか。
と思っているときは、好きなものから手をつける。
それだけである。
僕は、しばしば、嫌いなものから食べるタイプにみられる。
自分でも、そうだと思っていた。
が、違う。
単に自己観察が甘かっただけだ。
実際には、好きなものから食べることのほうが多い。
圧倒的に多い。
それはそうだろう。
嫌いなものでも絶対に――などという決意は、そうそう固まるものではない。
この点に関しては、人は皆、同じなのではないか？
そう思う。
|
|
|
|
2005年3月13日 (日) |
名文の条件 |
僕は多分、読書が嫌いである。
以前の『道草日記』にも書いたことだ。
僕は、書くために読んでいるのだ、と――
（そんなんでは、いけない）
とは思う。
だが、人の書いたものを読むのは、なかなかに骨の折れる仕事なのだ。
少なくとも僕にとっては……。
読解と解釈――といってもいい。
あるいは、読むと考える――といってもいい。
とにかく、人の書いたものを読んで、自分のものにするには、２つの段階を経なければならない。
最初は、筆者が何をいおうとしているのかの理解――読解――
次は、それをいうに至った筆者の胸中の理解――解釈――
この際、「読解」や「解釈」の言葉は無視して頂きたい。
便宜上、そう呼んでいるに過ぎない。
読解の段階は、筆者の刻んだ文字羅列の情報をたどる作業に過ぎない。
だから、この段階での誤解は単なる誤読ということになる。
筆者の文章力が未熟で、筆者の胸中が正しく反映されていないという場合は別にして、大抵の場合、この段階の誤解はトレーニング次第で、かなりの部分、防ぐことができる。
問題は次の段階――解釈の段階だ。
これは、筆者の胸中を思い図る段階である。
例えば、なぜ筆者は、その情報を文字羅列として刻もうと思ったのか、である。
厄介なことに、これは、いくらトレーニングを積んでも、できるようになるとは限らない。
読解の段階での誤解――つまり、誤読――を滅多にしないような人であっても、筆者との相性次第では、解釈の段階では容易に失敗する可能性がある。
だから、僕は読書が嫌いだ。
まず、最初の段階――読解の段階で緊張する。
気楽に読めない。
筆者が文字羅列に込めた情報を、ただヒタスラに追っていく。
疲れる。
そして、次の段階――解釈の段階――
ここで、いよいよ絶望的になる。
読解だけでも大変なのに、さらに解釈かよ、と――
だいたい、人の心は覗けないんだから……と思う。
しかし、筆者の胸中を推し量らずして何のための読書かと思い直し、解釈に取り掛かる。
ストイックに過ぎるのかもしれない。
しかし、一度こういう癖がつくと、なかなか、やめられない。
やめると筆者に失礼したような気がしてしまう。
便宜上、読書を２つの段階にわけた。
実際は、そんなに明瞭にわけられるものではない。
境界は曖昧だ。
承知でわける。
やはり、両者の区分は大切だ。
実は、この区分が名文の条件に関わってくるような気がしてならない。
名文とは何か？
おそらく、読解が容易で解釈が困難な文のことである。
読解が容易で解釈も容易だと、バカみたいなものだ。
母親が学校帰りの子供に残すメモなどは典型だ。
――冷蔵庫にお昼が入ってます。チンして食べなさい。
は読解も容易で、解釈も容易である。
状況から「お昼」が「昼食」を意味しているのは明らかで、「チンして」が「電子レンジで温めて」と、わかるだろう。
現代日本人なら誰でもわかる。
だから、こういうのを名文とはいわない。
名文というのは、例えば、
――慌てて死ななくてよかった。
と、いうものである。
これも読解は容易である。
――慌てて死ななくてよかった。
といわれ、
「それ、どういう意味？」
と訊く者はない。
だが、解釈となると、どうか？
例えば、これを書いた人の胸中を推し量ることはできるのか？
――なぜ、そのような言葉をいう気になったのか？
という意味で、
「それ、どういう意味？」
と、きく人なら多分たくさんいる。
こういう文章は名文だと思う。
名文は、ときに迷文に堕すが、原理的な必然という気がする。
実は今日、ある本を読んでいて、
――慌てて死ななくてよかった。
という一文に出会った。
解釈ができずに、前後を二度ほど読んだ。
それでも解釈できなかった。
名文だと思う。
こういう文章に出会うと、読書の見方も変わってくる。
僕は、多分、読書が嫌いだ。
読んでいるときよりは書いているときのほうがいい。
昔から、そうである。
しかし、ときに名文に出会う。
読書も、なかなか楽しいものだと思う。
ちなみに、最初の例文、
――冷蔵庫にお昼が入っています。チンして食べなさい。
これが、法律の解説書の書き出しだったりすると、なかなかの名文である。
とりあえず、僕は先が読みたくなる。
|
|
|
|
2005年3月12日 (土) |
「否定的な利益」 |
喫茶店のマスターに向って、常連客が、
――熱いコーヒーを頂戴。
という。
多分、マスターは、いつもの美味（おい）しいコーヒーを出してくれる。
では、
――冷たくないコーヒーを頂戴。
といったら、どうか。
たしかに、「熱いコーヒー」は「冷たくないコーヒー」でもある。
だからといって、マスターは、黙って、いつもの美味しいコーヒーを出してくれるだろうか？
この問題の答えは、究極的には、
冷たくない ＝ 熱い
とみなすか、
冷たくない ≠ 熱い
とみなすかに依る
もし、マスターが、
冷たくない ＝ 熱い
とみなせば、ためらわず、いつもの美味しいコーヒーを出すだろう。
だが、
冷たくない ≠ 熱い
ならどうか？
おそらく、
「何かあったんですか？」
と質すに違いない。
その「冷たくはない」の表現に何らかの意図を見い出そうとするのではなかろうか。
つまり、敢えて「アイス・コーヒー」といわなかった意図である。例えば、先日、よその店で「冷たいホット・コーヒー」が出てきて面喰らい、そのことをマスターにオモシロおかしく伝えようとする意図ではないか、とか……。
今日、英語のネイティブ・スピーカーと議論をしていて、そういう話になった。
英語では、大抵の場合、
not cold（冷たくはない）＝ hot（熱い）
であるという。
ことの発端は、アジア料理の利点や欠点を論じているときに、向こうが、
――What's negative benefits?
といったことである。
おそらく、
――普通は（アジア料理の）利点と考えられているもので、好ましくないと思われる利点があるとすれば、それは何か？
くらいの意味だったと思う。
だが、僕には、すぐに理解できなかった。
「bemefit」は一般に「利益」だ。
「negative」は「否定的な」である。
だから、「negative benefits」は矛盾である。「否定的な利益」では意味が通じない。百歩譲ったとして、かなり特殊な状況でしか通用しない表現であろう。
言葉のルールに違反しているといってよい。
が、それで構わないとネイティブ・スピーカーはいう。
――意味が文脈から明らかな場合には、言葉のルールを破って構わない。
というのだ。
少なくとも英語では、そうなのだと――
例えば、「not cold」や「hot」の話である。
もちろん、言葉のルールを厳密に当てはめれば、「not cold」は「hot」以外に、「not cold」かつ「not hot」も含む。
「not cold」かつ「not hot」とは、日本語では「ぬるい」という。
だが、英語の日常会話では、そういう中間は存在しないものとして話を進めるのだという。
真実は知らぬ。
多少の誇張が、あるように思う。
ただし、言葉の意味をあまり論理的にとらえない傾向が英語にはあるのかもしれない。
アメリカン・ジョークなどで、例えば「冷たくはないホット・コーヒー」を「普通に熱いホット・コーヒー」という意味で用いていたネタがある。
同じジョークを日本語でやっても、ピンとこない。なぜか、英語風に聞こえる。
英語は日本語より論理的な言語である、という見方は根強い。
が、実際は、そうでもないらしい。
少なくとも「negative benefits」や「not cold ＝ hot」は論理的ではない。
日本語は言葉のルールを割と論理的にとらえるようだ。
論理的でない表現を用いるときは、たとえ日常会話であっても、
――ちょっと変な言い方だけど……。
くらいの断りをいれる。
日本語で「否定的な利益」というときも、多分、
――ちょっとおかしな表現ですが「否定的な利益」というものを考えてみましょう。
くらいの注釈が付くだろう。
そうした感覚は英語には希薄なのかもしれない。
英語は日本語よりも論理的である、という見方は、実は神話ではないかと思っている。
|
|
|
|
2005年3月11日 (金) |
美徳と背徳とは（前編） |
美徳と背徳とは車の両輪だろうか？
わかりにくければ、光と闇とでよい。理性と本能と、あるいは清廉と頽廃と、でもよい。
要は、清と濁と、である。
この『道草日記』は、実は両極で揺れている。
美徳と背徳との両極である。
子供の頃に学問に触れた。
父が科学者だったこともあり、将来は立派な科学者になると決意した。
中学2年か、3年のときである。
大学にいき、大学院にいき、科学者になるべく、それなりのことをした。
今でも学問に興味はあるし、科学や科学者は嫌いではない。
だが、今の僕には文芸がしっくりくる。
科学よりも、しっくりくる。
僕が最初に文芸を意識したのは、中学2年か、3年のときだった。
科学と同じ時期である。
だから、僕にとって科学と文芸とは等距離にある。
にもかかわらず、文芸により親しみを感じるのはなぜか？
文芸には美徳と背徳とを抱き合わせる素地があるからである。
文芸には両極が必要だ。
いや――
もっといえば、文芸には背徳がとりわけ重要である。
背徳が削られた文芸の、なんと味気ないことか。
もちろん、背徳だけで文芸になるわけではないけれど、背徳という毒がなければ文芸は勢いを失う。
科学は違う。
美徳だけで成り立つ営みである。
科学に背徳はいらない。美徳だけでよい。
闇も、本能も、頽廃もいらない。光と理性と清廉とで十分である。
厳密には難しい。
多少の背徳がなければ、魅力ある科学にならないとみる向きもある。
だが、文芸のように背徳がなければ成り立たない、と考える人は誰もいないだろう。
それを、僕は大学時代にイヤという程、味わった。
大学とは、そういうところだ。少なくとも、建て前としては、そうだ。
僕には向かないと思った。
美徳だけの世界は息苦しい。
いや――
違う。
何かが決定的に足らない感じ――
そう――
車の片輪が欠けている感じ、といってよい。
これは僕だけの感覚なのだろうか？
＊
（後編へ）
|
|
|
|
2005年3月11日 (金) |
美徳と背徳とは（後編） |
（前編より）
昨日、僕は『道草日記』の中で文句をいった。
ヤバい国語の教材のことである。
子供に小説をよませ、きれいごとの人間解釈を押し付けている教材への怒りであった。
紛れもなく、それは怒りであった。
小説を教材に選ぶなら、人の心理を余すところなく突け、と――
子供を、きれいごとだけで誤摩化すんじゃない、と――
実は、書いた後で後悔をした。
なぜ、自分は、あんなにも腹を立てたのだろうか、と思った。
きれいごとですませて、何が悪い、と――
所詮、教材である。
編者は、文芸のプロではない。
きれいごとですませるくらい、いいじゃないか、と――
きっと彼らには美徳の世界が全てなのだ。
背徳の世界など、思いもよらぬに違いない。
僕が腹を立ててしまったのは、そこに起因する。
「ヤバい国語の教材」に両極がなかったからである。
美徳と背徳との両極である。
そして、さらにいえば、そのことへの、きちんとした理解――あるいは諦観――がなかったからである。
僕は自身は、両極があって初めて安定をみる。
美徳だけでは不安になる。
物足らなくて不安になる。
片輪の車をみて不安になるのと同じである。
だが、そんな僕は世の多数派であろうか？
「ヤバい国語の教材」など、珍しくもない。
特に中学校の国語はそうである。
そもそも、小説を教材に選ぶことが当たり前になっている。
単なる教材なら、よい。
教科書に掲載するのは、よい。
しかし、入試の素材になるのである。
小説で入試問題――
これほど大胆で危険なことはないのに、無自覚である。
繰り返す。
危険だからといって、安易に遠ざけるべきではない。
危険な小説を子供の目にさらす――大変に結構である。
相応の覚悟があるならば――
つまり、覚悟もないのに教材に選ぶな、ということである。
背徳と向き合う覚悟で選べ、ということである。
文芸は美徳と背徳との両極を抱き合わせ得ると前述した。
実は、両極に分離できるという発想自体が幻想である。
文芸において、両極は渾然一体である。
それゆえに、文が芸になる。
が――
だからといって――
僕に彼らを責める資格があろうか？
以上の主張は、結局、美徳と背徳とを車の両輪とみなす発想が根幹になっている。
僕にとって、この根幹が人生の出発点なのである。
よって、ここに出発点がない人たちにとっては、僕の主張は戯言の域を出ない。
――何をいっているんだ、あいつ？
となる。
＊
美徳と背徳とは両輪であろうか？
本当に両輪であろうか？
――そうに違いない！
と叫ぶ自分がいる一方、
――そんなの思い込みだ。
と諭す自分がいる。
本当のところはわからない。
正直、わからない。
このまま、わからないほうが幸せかもしれないとさえ、思う。
|
|
|
|
2005年3月10日 (木) |
暗澹とした |
二十歳のなるかならぬかの頃、僕は自分の小説の中で、とある男の心情を描写した。
三十歳に近い男の心情描写である。
数年前に結婚した妻と、ある夜、パーティに出かけた。
妻とは十代の頃からの付き合いで、パーティが終わった後、学生時代を思い出し、二人で久々に多くの酒を飲んだ。
妻は先に酔いつぶれ、男は妻を背負って帰宅した。
盛装のままの妻を寝床に横たえたとき、その妻の寝顔をみて思わず、
――抱きたい。
と思う。
そして、苦笑する。
――まだ体は若いのだ。
と――
二人は仲のよい夫婦だった。
が、いくつも問題を抱えていた。
新婚の熱は冷めていた。
とくに最近は二人とも仕事が忙しく、寝床を共にすることもなかった。
それでも平気だったのは、自分の心が老いたからだと、男は考えていた。
そんな男が、妻の寝顔に欲情し、抱いた感慨が、
――まだ体は若いのだ。
というものだ。
当時の僕は、これを、そのままの意味で書いた。
せいぜい、妻を大切に思う気持ちや、妻と一緒にいられる喜びを滲ませようと企んだに過ぎない。
が、いま、自分が思うことは、そうしたことではない。
――この男は、自分で自分にのろけたのだ。
ということである。
自分で自分に自慢し、そんな自分に苦笑したのではなかったか。
もちろん、そんなことは、どこにも書かれていない。
行間に込められてすら、いない。
僕は確かに覚えている。
十年前の僕は、そんなことなど、つゆも考えなかった。
＊
子供に小説を読ませることの意義を考えている。
とりわけ、人世の機微が織り込まれた小説だ。
例えば、親になった子が、かつての自分の親を振り返り、親の葛藤を思い知るという小説である。
そんな小説、子供の読者に、わかるものだろうか？
わかるはずがないと思う。
わかったとしても、それは表層の理解であり、実感の伴わない感慨である。
親に経済力がないばかりに、子が盗みを働いた。
問い詰める親――告白する子――
やがて、子は親に構ってもらいたい一心だったことが判明する。
親は泣いて詫びた。
――ごめんな。ごめんな。ごめんな。
と――
子は不審に思う。
悪いのは自分なのに、なぜ、親が詫びるのか？
親は、我が身の不甲斐なさから、子が悪事に走った事実を噛み締めている。
涙の意味は、子への愛おしさだけではない。
十分な稼ぎが得られない自分への苛立ちと、惨めな自責の念とであろう。
だが――
こんなことを、子供はわかるだろうか？
――世の中、金じゃない。
などという。
が、金がなければ生きていけない現実もある。
それを普通の子供は知らない。
少なくとも、思い知ってはいない。
そんな子供に、こんな話を読ませる意義は、どこにあるのか？
あるとすれば、ひとつ――
いまの自分には理解できない何かが、そこにはあるらしい、と思わせるくらいではないか？
だからといって、この手の話が子供に不要だと主張するのではない。
実感不能の逸話だからといって子供から遠ざける意義は薄い。
が、少なくとも学校教育には馴染まないのではないか？
もちろん、教室で、
――わからないことを、わからないままにせよ。
が通用するなら、それで構わないのだが……。
なぜ、こんな話を始めたのか？
ヤバい国語の教材をみつけたからである。
親の視点からみた小説（体裁上は子の視点だったが）を読ませ、底の浅い納得を強いる教材をみつけたからである。
解説には、きれいごとだけが書いてある。
親の見栄、金への執着が削られ、子への愛だけが強調されていた。
小説は何を書かないかが大事である。
そこに書かれなかったことこそが、読者に味わいの裁量を与える。
同じ描写であっても、読者の人生経験の程度によって、感じられ方は様々に変わってくるものである。
冒頭、僕が、わざわざ自分の小説を持ち出したのは、それを多少なりとも証左したかったからだ。
小説は、ときに作者本人にもわからないメッセージが、命となり得る。
だから、小説は面白い。
「ヤバい国語の教材」の編者には、それがわかっていたのだろうか？
おそらくは、わかっていない。
そもそも小説を読解問題の題材にしている時点で、推してしるべしである。
暗澹とした。
どうにか、ならないものなのか？
|
|
|
|
2005年3月9日 (水) |
人間はわからない |
人間のことは、どんなに知っても、知り過ぎることはないと思っている。
結局、人は、
――人間とは何だったのか？
との問いを抱えたまま、あの世に旅立つのではないか。
大学院で科学研究を志していた頃、
――科学とは何か？
という疑問に執着した。
――そんなことに悩んでいると科学者になれないよ。
といわれた。
科学とは何か、を突き詰めて考える科学者は少ないようである。
それと同じような意味で、人間とは何か、を考える人間も少ないのかもしれない。
人間とは何か、を追求する人を、
――自分の尻尾を追い回す栗鼠みたいなもの。
と揶揄する向きがあるそうだ。
たしかに、真に人間らしい人間は、
――人間とは何か？
など考えないものかもしれない。
ちょうど、
――科学とは何か？
で科学者が深刻に悩んだりしないように――
とはいえ――
人間というものは、わからない。
わかったような気にはなれるが、結局はわからない。
親子のことをとっても、夫婦のことをとっても、肉体のことをとっても、精神のことをとっても、社会のことをとっても、歴史のことをとっても、わからないことだらけである。
自分の尻尾を追い回すから、わからないのだろうか？
自分の尻尾を追い回している栗鼠は、自分が追いかけているものは、もう一匹の別の栗鼠だと思っているのだろうか？
それとも、自分の尻尾だとわかった上で、それでも追いかけざるを得ないのだろうか？
どうも後者のような気がする。
自分の尻尾だとわかっていて、それでも已まざる本能に突き動かされ、同じところをグルグルと回っているのではないか？
グルグルと回りたければ、回ればよい。
回っている当人は幸せなのだ。
たとえ、傍目には、どんなに愚かな行為にみえたとしても……。
ただし、同じところをグルグルと回っていては、やがて疲労困憊する。
栗鼠も人間も、それは同じであろう。
ときには休むことも重要である。
いつも疲労困憊していては、人生は楽しめない。
|
|
|
|
2005年3月8日 (火) |
春はやはり、いいものである |
今夜の仙台は雨だった。
融け残った雪が、かなり減った。
もうすぐ、春である。
そういえば、ここ数日の陽射しは心なしか暖かい。
やはり春はいいものだ。
春を礼讃するのは本当でない――
という随筆を読んだことがある。
春よりも秋である、と――
何の話か？
人生の話である。
人生の春とは、青少年期――いわゆる青春時代のことであろう。
――青少年期は、ろくなものではない。あらゆる経験に乏しく、不安にさいなまれ、悩みは尽きず、苛立ち、苦しむ日々ではなかったか。
という。
そんな青少年期の若者は可哀想なのだ。
羨む必要など、これっぽっちもない。
かわりに、
――実りの秋に、もっと目を向けよう。
という。
「実りの秋」とは人生の秋のことである。
――青少年期ではなく、中年期以降老年期に至るまでを礼讃しようではないか。
というのだ。
この随筆を、僕は19歳のときに読んだ。
なるほどと思った。
自分は現在、青少年期だが、たしかに、そんなにラクではない。
楽しいものでもない。
だから、
――青春時代とは、人生の辛い時期である。春の風が冷たく、まだ肌寒いように……。
という考えに、すっかり傾倒した。
中年期以降を「人生の秋」ととらえる見方も、当時の僕には斬新で、即、気にいった。
（僕も早く歳をとりたい）
などと思った。
（毎年、毎年、春の訪れを喜ぶ奴の気が知れない。あんなに辛い春だというのに……）
とも――
当時、春先は鼻炎に悩まされていた、ということも遠因であろう。
たしかに僕は春を忌み嫌っていたのである。
だが――
いまは少し考えが変わってきている。
やはり、春の訪れを喜ぶのは人情だ。
なぜか？
人生の春は二度と訪れないからである。
実りある人生の秋を満喫したら、あとは永遠の冬が待っているだけである。
人生の四季とは、かくも恐ろしい。
が、自然の四季は違う。
春は何回でもやってくる。
青春時代は辛い。
だが、二度とやってこない。
これが人生の春の価値を高らしめている。
ひいては自然の春の価値をも高らしめている。
春が訪れる度に、自身の青春時代の苦味を思い出す。
と同時に、人生の春は二度と訪れないということを思い出す。
人々が春を礼讃したくなるのは、そのようなわけではないか。
試みに、毎年、毎年、
――この春が最後だ。
と思うようにしてみるとよい。
切ないこと限りない。
わけもなく哀しくなってくる。
とりわけ重い病の人たちは、春が来る度に思うという。
――来年のサクラは、みれるだろうか？
と――
春はやはり、いいものである。
|
|
|
|
2005年3月7日 (月) |
ガラスの破片で手を切った |
左の手の平から血が滲（にじ）み出ているのを、何とも不思議な感覚で眺めていた。
傷は割と深いらしく、滲み出るというよりは溢（あふ）れ出る感じだった。
まさか、動脈が切れたわけではないだろうが……。
動脈は深層を、静脈は表層を走っている。
通常の切り傷では、動脈まで、
――スパ！
といくことは、まず、ない。
昨夜、学生時代のアルバイト先で後輩たちと酒を飲んでいた。
空が白み始め、
「そろそろ、お開きに……」
となった矢先、左の手の平を切った。
テーブルを拭こうと布巾を濡らし、しぼったら、左手が痛い。
みると、朱色だ。
酔っぱらっていたので、
（あれぇ？ なんか痛いぞ〜）
という感じである。
シラフなら、
（うぉわ！ いてぇ！）
だったはずである。
飲み始める前に、布巾の近くでコップが割れた。
そのときの破片が残っていたようである。
とりあえず圧迫止血――
絆創膏の類いが見当たらなかったので、傷口を指で、ひたすら抑えた。
10分くらいで止まった。
結局、最後は後輩たちが近くのコンビニエンス・ストアで絆創膏を買ってきてくれ、事なきを得る。
ガラスの破片が残っていないことを願って、貼付した。
患部を動かしても鋭い痛みはないので大丈夫だろうとは思うのだが……。
＊
人は、ともすれば、自身を社会的な存在としかみなさない。
自身を自然的な存在――動物の一種と常に意識しながら生活している人はそれほど多くはないだろう。
少ないわけではない。
病気や怪我などで体の具合が、どうにもいけなくなったとき、人は自身の自然的存在なるを知る。
大腸癌で逝った父は、死ぬ数カ月前から腹部の張りに悩まされていた。
腹水である。
癌性腹膜炎であった。
――この腹をどうにかして欲しい。
と何度も周囲に訴えた。
処置には限界がある。
多少は軽快したが、結局、父が腹の不快感から解放されることは、最期までなかったろうと思う。
人は、最期は自身の非社会的なるを知って、死ぬ――ものらしい。
――死んだら、石ころになる。
と父はいった。
ヒトは神経系を高度に発達させ、心なるものを抱き、平時は自身を社会的存在としてしか認識できないまでになってしまった。
が、死んでしまえば、
――石ころになる。
のである。
真意はわからない。
――自然にかえる。
という意味だったかもしれないし、
――無意味な存在になる。
という意味だったかもしれない。
母はいい意味では、とらなかった。
だから、この話をすると母は眉を顰（ひそ）める。
――お父さんは、気の迷いから、そんな寂しいことをいったのだ。
と母はいう。
父は、母には、
――あの世で、また家族団らんできればいい。
と語ったそうである。
――身は朽ちても、心は別にある。
という意味だったと母はとっている。
どちらも父の本音だろう。
＊
昨夜、左手の出血をみて、何となく考えた。
この次、自分はどういう形で自身の自然的存在なるを知るのだろうか、と――
スポーツをしていて、それを感じられる人がいるという。
幸せだ。
僕は感じない。
多分、病気や怪我のときに思い知ることになるだろう。
|
|
|
|
2005年3月6日 (日) |
禅 |
――まずは坐禅。
なのだそうである。
悟りを得るべく、一心不乱に取り組むのが坐禅だという。
そのためには雑念を払う。
最初は1から10までを数えることで雑念を払うそうだ。
これが難しい。
会得するまでに一年はかかるという。
＊
禅の話をしている。
禅宗の禅である。
我が家の宗教は臨済宗だ。
臨済宗は禅宗の一種である。
厳密には「禅宗」という名の宗派はない。幾つかの宗派を総称し、「禅宗」と呼んでいる。他に曹洞宗、黄檗宗などがある。
が、それを初めて意識したのは、父が亡くなったときである。
父が息を引き取り、
――さて、お葬式は……。
と、なったときに、
――うちは臨済宗だから……。
と母がいうので、臨済宗のお坊さんに葬儀を依頼することとした。
臨済宗には幾つか流派がある。
我が家は妙心寺派であった。
臨済宗妙心寺派――
父が亡くなった日の夜、僕らは岡山市内の臨済宗妙心寺派のお寺を、片っ端から調べ上げている。
くわしいことは覚えていない。
なぜか、市内では、候補は数えられるほどしか挙げられなかった。
最初に電話したお寺はブッキラボウな応対だった。
――明日から妙心寺派の重要な会合がある。ムリ。
というのだ。
「妙心寺派は、どこもそうだよ」
とも、いわれた。
――どこの妙心寺派の寺だって、明日以降の葬儀は引き受けられないだろう。諦めろ。
と、いうことらしかった。
かまわず、二件目をかけた。
今度は、とてもゆったりとした口調の浮き世離れした応対だった。
悪くいえば、悠長で暢気……。
しかし、一件目のお寺の応対が俗っぽかったせいか、その浮き世離れに随分、救われたことはたしかである。
こちらの用件もきかれぬうちに、
――今日は、うちの寺で音楽の催し物がありまして……。それはそれは心和む調べでした。
などとおっしゃる。
「あ、あの……、お葬式をお願いしたいのですが……」
と切り出すと、
「いいですよ」
と即答だった。
一件目の素っ気ない対応が耳に残っていただけに、意外だった。
念のために、
「明日は妙心寺派で重要な会合があるとききましたが……」
と問うと、
「――いや、そういうこととあっては、お引き受けしないわけにはいかない」
と、おっしゃる。
高僧だと思った。
以後、そのお寺との関係は今日まで続いている。
禅宗のお坊さんたちに親しみを感じるようになったのは、この時からだ。
今日の『道草日記』を禅の話から始めたのは、某雑誌で禅の特集記事が掲載されていたからだ。
が、以前の僕なら、そんな記事、歯牙にもかけなかったろう。
禅など、日本史の教科書の事項でしかなかった。
実をいえば、今でも禅には近付きがたい感覚をもっている。
畏れといってもよい。
坐禅で雑念を払うなど、僕には到底、無理だ。
雑念の塊のような男なので……。
――とても、ついていけません。
というのが正直なところである。
でも、興味はある。
件（くだん）のお寺にお邪魔し、禅宗のお坊さんたちとお話をするのが結構な楽しみであったりする。
心が洗われるのだ。
少しだけ雑念も振り払われる。
否――自分が雑念の塊であるという事実を冷静に確認できる――という程度だろう。
＊
僕が今日、目にした禅の特集記事には、鎌倉の有名な古寺が催す座禅会の案内が含まれていた。
一般人が対象だという。
心の混沌から逃れるべく、多くの人が参加するそうだ。
昔、付き合っていた彼女は、この手の坐禅会に興味をもった。
不意に、
「坐禅がしたいの！」
というので、
「いってくれば？」
と見送った。
結果は不発だった。
手近なところで済ませたのがマズかったらしい。
――普通のオッサンが出てきて説教して帰された。
という。
もちろん「説教」というのは法話のことだろうが……。
＊
彼女と今さら、よりを戻すつもりはない。
ただ、今日、雑誌でよんだ坐禅会のことは、知らせてあげたいと思った。
彼女は今、たしか鎌倉に住んでいる。
そのはずである。
|
|
|
|
2005年3月5日 (土) |
ゴロゴロ、寝てないよ、ピー |
新幹線に乗って座席に着こうと上着を脱いだら、ちょうど前の座席の人の携帯電話の画面が目に入った。
メールを打っている最中で、
件名：ゴロゴロ
本文：寝てないよ。
ピー
とある。
このあと、どう続くのか、かなり気になる。
「ピー」って何だ？
みると携帯電話の持ち主は20〜30代の男性だった。
スーツ姿である。出張中のようだった。
お嫁さんへのメールだろうか？
お子さんへのメールだろう？
「ピー」の先が気になって仕方がなかったが、まさか、そのまま覗き込み続けるわけにもいかず、上着をたたんで座席に着いた。
これだから、うかつにプライベートはさらせない。
かくいう僕も、しばしば『道草日記』を新幹線の中で書くのだが、そういうことは本当はしないほうが安全だ。
誰がみているか、わからない。
たとえ、それが赤の他人であってもイヤなものである。
16年前――
父が千葉から岡山に転勤になった頃――
僕は母と二人で新幹線に乗ることが多かった。
父は一足先に岡山に赴任しており、僕たちは、まだ千葉にいた。
僕は翌春の高校入試の事情で、千葉と岡山とをいったりきたりしていた。
それに母が付き添ったのである。
当時、母と二人きりになるのは既に珍しかったので、母は車中、しきりに話し掛けてきた。
が、
――誰かにきかれているかと思うと恥ずかしい。
という理由で、僕は母の誘いに応じなかった。
その割には、赤川次郎さんのユーモア・ミステリをよんで、一人、ケタケタ笑っていたので、
――そっちのほうが、よっぽど恥ずかしい。
と母は思ったかもしれない。
それは、さておき――
その、
件名：ゴロゴロ
本文：寝てないよ。
ピー
の話である。
他人のプライベートは、なぜ、こうも興味深いのだろう？
例えば、新幹線の中で、前後・隣の座席の人たちの話に耳をすませていると、実に飽きがこない。
どこの誰の話かもわからないのに、なぜか関心が持続する。
以下、蛇足ながら付言しておくと――
大袈裟にいえば、そこに文芸の本質があると思う。
文芸は個の特異性を追求する余り、世の普遍性に迫る営みといってよい。
どうしようもなくエキセントリックの主人公を、呆れるほどユニークな境遇に放り込むことで、時に、たまらなく人の心を揺さぶるドラマに仕立てるのが文芸である。
特異の最果てに、なぜか普遍がある。
他人のプライベートは個であろう。
少なくとも普遍の対極にあるといってよい。
他人のプライベートの面白みは、そこにある。
特異と普遍との表裏一体に僕らは心惹かれるのではないか。
だから、他人のプライベートを、ただ漫然と耳にしていたのでは、つまらない。
できるだけ、その個の世界に深く分け入り、その最奥に横たわる普遍を探り当てなければ面白くない。
このことを、皆、おそらく無意識のうちに、よく理解している。
悪評高きワイドショーがなくならないのも、ネット世界でブログが大流行なのも、その辺に確固たる社会的合意が形成されているからではないだろうか？
もちろん、ワイドショーとブログとでは、えらい違いだけれども……。
それにしても――
件名：ゴロゴロ
本文：寝てないよ。
ピー
の最奥には、さて、いったい何があったのか？
覗き込むのを止めざるを得なかった僕に、この特異の向こうに横たわる普遍を探り当てることは到底、無理だった。
「ピー」の先が気になって仕方がなかったのは、そのためである。
|
|
|
|
2005年3月4日 (金) |
小説の読み方 |
最近、小説を幾つか、立て続けに読み始めた。
僕は小説書きを生業にしたいと思っている。
だから、半ば勉強のつもりで読んでいる。
それなりにストレスが溜まる。
何しろ、「勉強のつもり」なので……。
心掛けているのは、一字一句、見逃さずに読むということ――
そして、辛くなったら無理をしないということ――
読み始めて数ページであっても、辛くなったら、読み続けないことにしている。
とはいえ、本屋で一度は手にとったのだから、どこかしら気に入ったところがあったわけで……。
大抵の場合、気に入ったのは物語である。
小説と物語とでは違う。
小説は手法だが、物語は中身だ。
同じ物語を伝えるのに、小説という手法があれば、映画という手法もあれば、マンガという手法もあれば、ゲームという手法もある――そういうことである。
本屋で、おおよそにわかるのは、せいぜい物語までだ。
小説としての実体をつかむには、長時間の立ち読みが必要である。
せめて序章くらい読み切らない限り、小説の実体はわからない。
通常は、そんな立ち読みは無茶である。
だから、
（えいや！）
と見切り発車で買うわけだが、これが、よく外れる。
そういうときでも、
（買うんじゃなかった）
とまでは思わない。
が、それは、あくまで僕が「勉強のつもり」だからであって、特段、小説書きになろうと思っていない人にとっては、まさに、
――金返せ！
のレベルだろう。
同じ物語でも、小説としての化粧具合が違うだけで、自分の性に合ったり合わなかったりする。
この不一致をゼロにしたくて、僕は小説書きになりたがっているのかもしれない。
少なくとも自分の書く小説だけは自分を裏切ったりしない。
最近の小説を読んでいて、気になることがある。
主人公の登場が遅いということだ。
なぜかは知らない。
もしかしたら、映画やTVドラマの影響かも……とは思う。
映像の物語では、しばしば意味不明の伏線シーンが冒頭にくる。
ただ絵を追っていればいい映像なら、それでもいいが、活字で同じことをやられると辛い。
（――で、誰の物語なわけ？）
とか、
（要は、どういうこと？）
とかなどと、つい意地悪く思ってしまう。
もちろん、そんなことは良質の物語にとっては些細な傷に過ぎない。
物語がよければ、小説としてのデキなど無視される。
『源氏物語』だって、主人公の登場は遅かった。
実は、僕がより関心をもっているのは、物語のほうである。
（いかに物語をつくるのか？）
これこそ、僕を夢中にさせる問題提起だ。
物語の手段として、小説は簡便である。
一人で、できる。
映画は、そうはいかない。
マンガもゲームそうだろう。
小説という手法を志す以上、上質の小説に仕上げたいとは思う。
ところが――
何をもって「上質」とするか？
これが難しい。
おそらく、書き手によって違う。
所詮、自分にとっての上質を追求せざるを得ないのではないか？
万人が認める上質など幻想に過ぎない。
いまは、そう思っている。
|
|
|
|
2005年3月3日 (木) |
失恋は難しい |
失恋は難しい。
わけても男の失恋が難しい。
物語に描くにしても、物語として受け止めるにしても、難しい。
――僕らは、お互いのために別れるんだ。
みたいに美化されても、
（け！ ナニいってやがる！）
と思うし、
――俺をおいて行っちまうなんてヒドイじゃないか！
と泣き言をいわれても、
（アホか！ この根性なし！）
と思う。
女の人からみたら、どうなのだろう？
実は全く違うものかもしれない、と思っている。
男の失恋を難しいと思うのは、僕が男だからかもしれない。
男にとって、女の人の失恋は、そう嫌なものでもない。
少なくとも僕はそうだ。
たしかに、男が女の人の失恋を物語に描くのは難しいが、それは女の人にとってもリアリティのある物語にしようと思うから難しいのであって、そうでなければ、意外と気楽に描ける。
少なくとも、描いていて気分が悪くなるということはない。
男の失恋は、ときに気分が悪くなる。
物語の受け手になっても、送り手になっても、悪くなる。
女の人は、女の人の失恋を、どうみるのだろう？
やはり、嫌なものなのだろうか？
物語に描く上で、あるいは、物語として受け止める上で、容易ならざるものなのだろうか？
もし、そうなら、人は一般に同性の失恋を疎ましく思うものだ、ということになる。
自分の失恋体験とリアルにリンクするからに違いない。
失恋に、良いも悪いもないと思っている。
僕も何度か失恋を経験したが、それと同じくらい失恋させたこともある――つまり、こちらから交際を拒んだことがあるということ――
失恋に道義的な価値を付与するのは無茶である。
二人の相性が合うか合わないか――そんなのは当人同士には決してわからない。
実は相性が良いのに、どちらかの一方的な思い込みで別れるケースは珍しくないと思っている。
逆に、実は相性が最悪なのに何十年も連れ添っている夫婦など、ゴマンとある。
ある男女が別れるか別れないかは、ある男女が出会うか出会わないかに同じくらいに偶発的だと思っている。
僕らは失恋に、つい何か特別な意味を見い出しがちだが、実はそれは思い過ごしではないか――
何十年と連れ添おうと、二人で仲良く心中しようと、最期は一人で、この世を旅立つのが人間である。
手に手を取り合って夢の世界に赴くことがないように、僕らは決して死後の世界に二人で仲良く赴くことはない。
いずれは必ず別れるのである。
ならば、いつ別れても同じではないか。
もちろん、その別れが延びて幸せになることはあるには違いないが……。
失恋とは、そうしたものだと僕は思う。
いつか来る別れが、かなり早めにくる――それだけのことだ。
もちろん、以上は僕の思い込みである。
全ての人に受け入れられるとは思っていない。
|
|
|
|
2005年3月2日 (水) |
男の値打ち |
――男の値打ちとは！
などというと、時代小説の小見出しになりそうである。
さて、「男の値打ち」とは何なのか？
なぜか、
――女の値打ちとは！
とは、きかれない。
全くきかれないわけではないが、「男の値打ち」に比べれば格段に頻度が落ちるようである。
「女の値打ち」よりも「男の値打ち」に議論が集中するのは、どうしたわけか？
生物学的な視点に立つと、この問題を容易に整理できる。
生物学的にみれば、男よりも女に価値があるのは自明に思える。
生物種の至上命題は種の保存である。
よって、生物学的価値を評価する上では、新たな命の生み出される経緯を考えてみるとよい。
男は、命の創成に、それほどには寄与しない。
己の種をまき散らして終わる。
一方、女は、男のまき散らした種を、己の畑で受けとめ、相応の時間をかけ、自らの内で、じっくりと育む。
命の創成に、より大きく寄与しているのは、女である。
もう少し極端な例を考えよう。
無人島に二人の男と十人の女とが漂着した場合――
あるいは、十人の男と二人の女とが漂着した場合である。
無人島では、やや具合が悪いかもしれない。
昨今では、地球中のどこであっても人の目が行き届く。
ものの数カ月で救助が来るようでは困るのだ。
だから、銀河の果ての無人惑星とでも、しておこう。
その惑星では人類の生存が十分に可能であり、かつ、他の人類は存在しないとする。
さて、どちらが、より長く子孫を繁栄させられるだろうか。
おそらく、二人の男と十人の女とのほうではあるまいか。
かつての人類社会に公然と存在した一夫多妻制は、たしかに多くの矛盾点をはらんではいるけれども、それなりに機能していたことは事実である。
無人惑星に漂着する非常事態となっては、昔日の慣習を復活させるのも、やむを得まい。
要は、種と畑とでは、畑のほうが貴重なのである。
一人の男から採れる種の数は莫大だが、一人の女の備える畑は、基本的には、一つだけなのだから……。
一方、男十人、女二人の場合は、どうか？
雲行きは大いに怪しいといわざるを得ない。
まず、すぐにも女の奪い合いが始まりそうである。
男が八人も余って静かにおさまるはずがない。
多夫一妻制が、そう易々と機能するとは思えないのである。
つまり――
男は邪魔なのだ。
たくさんあっても仕方がない。
少なくとも生物学的には、そうなのである。
もちろん、現実の人間社会においては男の役割も小さくはない。
一家の稼ぎを一手に担う例も、まだ少なくはない。
それは生物学的な値打ちに対し、社会学的な値打ちと呼んでもよいものかもしれない。
ただ、それは所詮、贔屓目である。
生物学的な値打ちに乏しい分、社会学的な値打ちで補っている――ということではあるまいか？
だからこそ、
――男の値打ちとは！
などの議論が盛んなのではないか？
女に値打ちがあることは、
――女の値打ちとは！
などと議論しなくても、既に自明なのである。
考えてみれば、
――男の値打ちとは！
などの議論を好むのは男である。
自らの低価値を自覚するがゆえに、このような議論に固執するのかもしれない。
僕は男だ。
この手の議論を真剣に始めると、気が滅入る。
――男のお前に価値などないよ。
といわれて喜ぶ者など、まず、いない。
だから、この程度にしておく。
そういえば――
女の人で、
――今度、生まれてくるときも、また女がいい。
という人は多いのは、なぜなのか。
他方、男で、
――また男がいい。
という者を、僕はみたことがない。
負け惜しみでいっているところなら、みたことがあるが……。
多分、これも同じ議論に帰着する。
男は一生懸命、己の値打ちを探さなければ、やっていけないのである。
|
|
|
|
2005年3月1日 (火) |
外見に優れた人は…… |
自分の外見に自信があるか否かは、実は意外に大切な指標なのではないかと思っている。
ここでいう「外見に自信をもつ」とは、やや、わかりにくい意味で使っている。
つまり、何も、
――あたしって、かなり美人！
とか、
――俺は美男子だぜぇ！
とかいうことを指すのではない。
強いていえば、
――私は私。
――僕は僕。
と割り切れる逞しさであろうか。
人は、どんなに美しい容姿を備えていても、必ずやコンプレックスを抱くものだといわれる。
そのコンプレックスから、いかに自由になるか――その点が逞しさの基礎を成す。
なぜ、こんな思いに至ったのか。
いわゆるトップ・アイドルと呼ばれる女の子や男の子たちに、考えのしっかりした人が多いように思えるからである。
もちろん、例外はある。
若いタレントの不祥事など、珍しくもない。
が、そういうタレントは、結局は芸能の道では成功していないのではないか。
おそらく、芸能の道が性にあわなかったためである。
無理もない。
十代で自分の適性を見極めるなど、並ではない。
周りが強く推すので芸能界に入ってみた――という例が多いときく。
最初は、それでよい。
そのうちに、自分の適性と周囲の要求との折り合いをつけられるようになる。
TVや雑誌などに登場する少年少女たちは、そうした難問をクリアしていることが多いように思う。
とりわけ、メディアのインタビューなどに応じる様子などをみていると、そう感じる。
もちろん、インタビュアーが巧く誘導している面は見逃せないが……。
＊
今週、僕が密かに気に入っているモデルの女の子が、某雑誌の表紙を飾った。
僕が気に入るというのは、かなり狭義の「気に入る」である。
自分の小説の主人公に据えてしまうくらいのインパクトをもっている、という意味である。
単に可愛いだけの女の子なら、いくらでもいる。
その程度なら、そこまで「気に入る」ことはない。
冒頭のことは、そのモデルの女の子のインタビューを立ち読みしていて思ったことである。
なかなかどうして、しっかりしている。
少なくとも、そこに書かれてある通りのやり取りが実際になされたのなら、かなりの才女であると思った。
僕は家庭教師をやるので、十代の少年少女と接する機会が多い。
そこでの経験を踏まえての感想である。
当てずっぽうに、いっているつもりはない。
多分、そのモデルの女の子は、自分の外見に自信をもっている。
モデルとして売れているのだから当然であろう。
外見の自信は自然と漂ってくるもので、これみよがしに誇示されるものではない。
これみよがしに誇示されていれば、外見の美は、むしろ、くすんでしまう。
男女を問わず、
――いい顔してるのに、イマイチなんだけど……。
という場合は、大抵、この部類に入るように思う。
外見と内面とに密接な因果関係があるのか、と問われれば苦しい。
外見に優れている人は必ず内面にも優れている――などと主張するわけにはいかない。
むろん、内面に優れている人が常に外見に優れているわけでは、決してない。
ただ――
男女を問わず、TVや雑誌などで活躍している人で、多くの人に外見を支持されている人は、大抵、内面にも優れているのではないか、ということである。
TVや雑誌などで活躍できる程の才覚があって、かつ、多くの人に外見の美を認めさせるような人は、やはり、ただ者ではない。
大学時代、僕の同級生が、当時、超売れっ子だった十代のアイドルたちを指し、
――「お前ら、少しは勉強しろ！」と思う。
みたいなことを、いった。
もちろん、単なる一方的な一般論に過ぎなかったのだが、なぜか強い違和感を覚えた。
僕は、例えば今週、某雑誌の表紙を飾った女の子に、同じ台詞は吐けない。
むしろ、こちらが学ばなければならないことが、たくさんあるように思っている。
|
|
|
