|
2004年11月30日 (火) |
裸体の美 |
中学のとき、美術の先生が、こんなことをいった。
――画家が女の人の体を描くのは、いやらしい気持ちからではないんだよ。美しいから描くんだよ。
教室は、一気に静まり返ってしまった。
その先生は中年の女性で、時折、個展などを開くような芸術家肌の女性だったのだが、いつも周囲に鬱屈した印象を与える人で、生徒には、あまりよくは思われていなかった。
そんな先生がいったことなので、すっかり教室は白けてしまったわけである。
同じことを、例えば、みるからに快活そうな先生が、いかにもサラッとした口調でいったなら、何ということはなかったように思う。
とはいえ、その先生の言葉は、教室を白け切らせてしまったことで、かえって僕の脳裏に長く留まることになった。
高校を卒業し、親元を離れた頃から、女性の裸体を週刊誌やスポーツ紙のグラビアで目にすることが多くなった。
当然、最初は「いやらしい気持ち」でみていたわけだが、次第に、そうとばかりはいえなくなっていった。「いやらしい」とは違った観点から、女性の裸体を意識するようになった。
――本当に美しい。
と思うようになったのである。
僕は絵を描かない。塑像も造らない。
だから、女性の裸体を具象化したいとする美術家の気持ちに心底、共感することはできないのだが、ある程度の理解は示せる。
眼前の美を、形として残しておきたいという欲求は、そんなに特異なものではあるまい。
念のために言い添えておくと、本当に美しい裸体というのは、そうは、お目にかかれない。
女性の裸身は、今日もなお、雑誌の巻頭などに氾濫しているが、そのどれもが美しいと主張するつもりはない。
ごくたまに、美しい裸体を目にする。
そして、その美は、なぜか「いやらしい気持ち」とは縁遠い。
通常、裸体の美は性欲と密接な関係にある。
少なくとも、男が女性の裸体をみるときは、間違いなく、そうである。
しかし、女性の裸体から性の要素を取り除いてなお、意識にのぼり得る美――というものがある。
もちろん、性の要素は無理に取り除かれるものではない。
無理に排除しようとしても無駄である。
なぜか、自然と取り除かれているのである。
冒頭で触れた美術の授業の頃に、僕は新田次郎さんの小説『武田信玄』を読んでいた。
その中に、たしか主人公の武田信玄が、美しい側室を連れ、湯浴みをするシーンがある。
側室の裸体があまりにも美しいので、それとはなしに横目で眺める場面だ。
ときの信玄は若かった。
だから、僕は、
――よくも風呂場で、そんな気持ちになれるなあ。
などと思ったりもしたのだが、そんな感慨は滑稽なまでに稚かった。
もちろん、若かりしとはいえ、信玄は、その裸身を単なる「いやらしい気持ち」から盗み見たわけではない。
大名と側室との関係である。
閨に入れば、いくらでも「いやらしい気持ち」になれる。
信玄は、湯浴みをする側室の裸体を、本当に美しいと思ったからこそ、盗み見たのであろう。
そのことに気付くのに、僕は10年近い歳月を要した。
裸体の美には、下世話な好奇心を飲み込んで余りある奥深さがある。
このことを中学の美術の授業で教えるのは至難の技であろうか――
|
|
|
|
2004年11月29日 (月) |
「娘、元気でブスがいい」！ |
最近の『道草日記』では、美しい女の子の話をたくさん書いた。
どうやら、僕は、つまらないくらいに健全な男らしく、若い女性は基本的に皆、綺麗だと思いたがる。
しかし、現実は、そうもいっていられない。
例えば、世の中の女子高生の大部分は、そんなに美しくないということを、認めないわけにはいかない。
今朝も、電車の中で多数の女子高生と乗り合わせた。
彼女たち10人の内、9人までは、実は、それほどには美しくない。
……というより、美しくみせる努力がみられない、とでもいうべきか？
制服をだらしなく着てみたり、不自然な化粧をほどこしてみたり、わざと下品に振る舞ってみせたりする。
あれでは、どんなに素材が良くても、自ら進んで「ブス」を演出しているようなものである。
「自ら進んで」というのは、決して大げさな表現ではない。
実際に、彼女たちに、
「どうして、そんな格好をするの？」
と質すと、
「だって、可愛くないほうがいいもん！」
と、素っ気ない返事が戻ってくる。
確信犯である。
でも、それは、そんなに悪いことではない。
痛ましい事件が後を絶たない時世だ。
若くて美しい女の子が残虐な凶行に巻き込まれ、命を落としたという報道も珍しいことではなくなった。
そういう凶行にあった女の子たちは、もちろん、実際に若くて美しかったのだろうけれど、おそらく、自分でも一生懸命に「若くて美しい女の子」を演出していたに違いない。
その努力が最悪の形になって跳ね返ってくる。
世の中には、そういう理不尽がある。
となれば、自ら進んで「ブス」を演出する女の子を、どうして責めることができようか。
むしろ、彼女たちは賢い。
もし、僕が彼女たちの父親だったら、どうだろうか、と考えてみた。
例えば、電車の中の彼女たちの姿態をみて、腹を立てるだろうか？
答えは、否である。
どんな変質者が乗ってくるかわからない電車の中では、むしろ「ブス」でいてくれたほうが、ずっと安心なのである。
大昔、
――亭主、元気で留守がいい。
というコピーがはやった。
いまは、
――娘、元気でブスがいい。
である。
愛娘は、家庭の団欒とか披露宴の席とかで、美しければいいのである。
何も電車の中で積極的に媚態を振りまく必要は、本当は、これっぽっちもない。
|
|
|
|
2004年11月28日 (日) |
男性の恋愛経験の法則（前編） |
高校1年生を相手に平面幾何を教えた。
家庭教師として、である。
正確には、家庭教師ではないけれど、まあ、大差はない。
高校数学は2年前に指導要領が見直され、いまの2年生から平面幾何が必修になっている。
その指導要領に依れば、平面幾何のキモは、図形的考察そのものというよりも、直観的考察内容の表現の仕方に、重きが置かれているようである。
つまり、証明とは何かということである。
証明とは、何か？
簡単にいえば、明らかに正しいといえる事柄を根拠に、明らかに正しいとはいえないことを、正しいと説明すること―ーである。
当然、どの程度のことを「明らかに」とみなすかで、証明の仕方は変わってくる。
その辺を詰めて考えていくと、証明の実際は、なかなかに難しい。
僕自身は、こういう手続きは、そんなに嫌いではない。
だから、高校生相手に平面幾何の証明を教えることは楽しかった。
僕は、どうも
「明らかに正しいといえる事柄を根拠に、明らかに正しいとはいえないことを、正しいと説明する」
というプロセスに、知的好奇心を覚えるようである。
具体的に、どういうことか？
二等辺三角形の概念を素材に説明してもいいのだが、それでは『道草日記』的にはつまらないので、ここでは、男性の恋愛経験を素材に、説明してみよう。
例えば、僕は、男性の恋愛経験について、次の「定理」が成り立っていると思っている。
【男性の恋愛経験の定理】
女性にとって十分に魅力的な男性Ａは、恋愛経験が十分に豊かであるか、酷く乏しいかの、どちらかである。
この命題は「明らかに正しい」とはいえない。
これを「明らかに正しい」といえる事柄を根拠に、説明する。
それが証明である。
＊
【男性の恋愛経験の定理の証明】
男性Ａは、女性にとって十分に魅力的なので、異性との交際の機会に恵まれている。
よって、次の2通りに場合分けできる。
１）男性Ａが異性との交際に興味をもっている場合
男性Ａは異性との交際に興味をもっているので、最初に自分に好意をよせてきた女性Ｂが出現すると、すぐに交際を始めるが、他の女性たち（女性Ｃ、女性Ｄ……）も次々と自分に好意をよせてくるため、一般に、男性の異性への愛情は分散する傾向にあるから、男性Ａは、随時、女性Ｂとの交際を中断し、他の女性たち（女性Ｃ、女性Ｄ……）との交際を重ねていく。
よって、恋愛経験は十分に豊かになる。
２）男性Ａが異性との交際に興味をもっているとはいえない場合
男性Ａは異性との交際に興味をもっているとはいえないので、最初に自分に好意をよせてきた女性Ｂが出現しても、すぐに交際を始めることはなく、それでも、他の女性たち（女性Ｂ、女性Ｃ……）が次々と自分に好意をよせてくるため、一般に女性にとって魅力的ではない男性が抱く「女性にもてたい！」という焦慮の念が生じることはなく、異性との交際への関心は次第に希薄化していく。
よって、恋愛経験は酷く乏しいものになる。
以上１）２）より、男性Ａの恋愛経験は、十分に豊かであるか、酷く乏しいかの、どちらかであることが示された。
＊
正確には「定理」ではなく「法則」である。
「男性の恋愛経験の法則」と呼ぶのが相応しい。
このようにして、一見、「明らかに正しい」とはいえないことも、「明らかに正しい」といえること――例えば、異性との交際に興味をもっている男性は、すぐに交際を始めるとか、男性の異性への愛情が分散する傾向にあるとか――を根拠に、「正しい」と説明することは可能である。
その「明らかに正しい」とはいえないことが、「正しい」と説明されてしまう手続きの妙に、僕は惹かれているようである。
（後編に続く）
|
|
|
|
2004年11月28日 (日) |
男性の恋愛経験の法則（後編） |
（前編より続く）
ちなみに、例えば、
――男性の異性への愛情は分散傾向にある。
が本当に「明らかに正しい」かどうかは別の議論である。
これは数学の世界にもあることで、例えば、二等辺三角形の2つの底角が等しいことを示すのに、
――2辺の長さとその2辺が挟む角とが等しい三角形は、すべて同じ形の三角形である。
といえることを利用するのだが、なぜ、そういえるかについては、敢えて言及しないことになっている。
つまり、二等辺三角形の2つの底角が等しいことを示すときは、なぜ
――2辺の長さとその2辺が挟む角とが等しい三角形は、すべて同じ形の三角形である。
と、みなせるのかは考えない。
もし、どうしても考えたいのなら、別個に証明をする――そういうことになっている。
つまり、
――男性の異性への愛情は分散傾向にある。
という命題も、別個に証明すればよい。
もっとも、この命題は経験的事実というべきだろう。
経験的事実は証明できない。
実は「男性の恋愛経験の法則」を「定理」と呼べない理由も、そこにある。
定理は、経験的事実によってではなく、定義や原理によってのみ説明される。
だから、「男性の恋愛経験の法則」は「法則」であって「定理」ではない。
ところで、
――男性の異性への愛情は分散傾向にある。
を、
――男性の異性への愛情は分散する。
と書き換えれば、随分、原理っぽくなる。
これは原理だろうか？
少なくとも浮気性の男性にとっては、間違いなく原理であろう。
|
|
|
|
2004年11月27日 (土) |
少女のネクタイは時代の華 |
昨日の夕方から今日の午後まで、東京にいた。
とある会合に出席するためである。
仙台・東京間の移動は、それほど大変ではない。
新幹線の「はやて」を使えば、いまは2時間弱である。
便利になった。
2時間といえば、僕は高校時代、2時間かけて通学していた。
だから、僕にとっては、本当に、どうってことない距離――なのである。
もっとも、在来線の2時間と新幹線の2時間とでは、かかるお金が全然、違うが……。
帰りの新幹線の中で、女子高生とお母さんとの二人連れを目にする。
時節がら、大学の推薦入試であろう。
来春の入学を期し、東京にやってきていたのだと思う。
特段に可愛らしい女の子というわけではなかった。
なのに、思わず注意が向いたのは、その子が、高校の制服を着ていて、しかも、その制服がネクタイを締めるタイプのものだったからである。
ネクタイ姿の女子高生は珍しい。
スカーフやリボンに比べれば、圧倒的に希少である。
だからというわけではないのだが、
――女の子のネクタイ姿は美しい。
との思いを新たにした。
これは、僕だけの意見ではない。
以前、僕が付き合っていた彼女のお姉さんも、しきりに、そんなことを主張した。
――女のネクタイというのが、いいんだよ。
と。
何がいいのか、もっと詳しくきいておけばよかった。
通常、ネクタイは男が締めるものである。
僕も、やむを得ない事情があれば、締める。
自分のネクタイ姿をみて、いつも思うのは、
――つまんねえ。
である。
僕に限らず、男のネクタイ姿は、概して、面白みに欠ける。
あまりにも、ありふれているからだ。
それでも、四十、五十のオバさま方にとっては、ちょっと違うものらしい。
それまでネクタイとは無縁だった少年が、急にネクタイを締めるようになる。すると、しきりに、
――ほお。
と、ため息をつくことがある。
少年の男になる瞬間に、ある種の甘美を見い出すらしい。
だが――
僕にとっての少女のネクタイ姿とは、そんなものではない。
日頃、ネクタイと無縁の少女がネクタイをしめる瞬間の甘美といったら、ない。
冗談抜きで、ドキドキする。
わけもなく、落ち着かない。
普段はネクタイを絞めない少女がネクタイを締めることで、アクセントがつく。
しかし、それだけではない。
俳優の渡哲也さんは、ひと昔前に、TVのバラエティ番組に出演し、面白いことをいった。
渡さんは、司会者のみのもんたさんを尊敬している。
――みのさんは、僕にないものを、みんなもっている。
と、渡さんはいう。
そのうちの一つが、ネクタイによる無意識のセックス・アピール――
――みのさんがネクタイを弄ると、ある種の女性には、たまらないセックス・アピールになるそうだ。ネクタイには男性生殖器の象徴性があるからだ。でも、そんな色気が僕にはない。
そんなことを、渡さんはいった。
もちろん、男の僕にとっては、みのもんたさんのネクタイを弄る姿は、それほど重要ではない。
ただ、この話、少女のネクタイ姿の妙と、どこか通じていることは間違いない。
僕が、少女のネクタイ姿に特別な魅力を感じるのは、そこに、ある種の性倒錯が横たわっていると感じるからだ。
男性のセックス・アピールのアイテムを少女が身に付けることで成り立つ性倒錯――である。
平安末期、白拍子というものが、はやった。
遊女が男装し、歌舞を披露する。
源義経の愛妾としてしられる静御前は白拍子である
なぜ、唄を歌ったり、踊りを舞ったりするのに、男装なのか？
多分、少女にネクタイを絞めさせるのと同じ発想である。
……などと書いて、しまったと思った。
これを読んだ世の女の子たちが、
――そんなエッチな目でみられているんなら、絶対にネクタイなんか絞めてやんない。
と、ソッポを向いてしまうかもしれない。
それは困る。
時代の華が一つ失われる。
男性の女装が華となり得るには、並み外れた努力が必要である。
しかし、女性の男装は、そうでもない。
遥かに容易に美しい華となり得る。
まして、少女の男装ほど、見事な華はない。
当代のネクタイ姿の女子高生たちは、平安末期の白拍子たちに匹敵し得る時代の華である。
日常的にみれなくなったら、寂しい。
|
|
|
|
2004年11月26日 (金) |
外国人の女性 |
外国人が増えた。
特に女性が増えた。
今日も、昼食のために、仙台駅近くの中華そば屋に入ったら、注文を受けにきた店員は、若い中国人女性だった。
他の店員と中国語っぽい言葉を交わしていたので、多分、間違いないだろう。
先日も、都内でJR埼京線に乗ったら、隣に座ったのは韓国人の女の子の二人組だった。
これも、しかと確認したわけではないが、喋っている言葉が韓国語っぽかったので、多分、間違いないだろう。
中国人、韓国人の女の子は、本当に日本人の女の子と変わらない。
リアクションが変わらない。
もちろん、言葉は全然、わからない。にもかかわらず、笑い方、相槌の打ち方、うなずきのタイミング、黙っている時間、どれも恐ろしいほど日本の女の子と変わらない。
少なくとも、31歳男性である僕の目には、まったく同じように映る。
ただ、用いている言語だけが違うのである。
だから、遠目には、まるで区別がつかない。
普通に日本人の女の子たちかと思い、よくみると、アジア系の女の子だったりする。
ある意味、当然か。
肌の色はもちろん、服装なども日本人とまるで違わないのである。
遠目に区別をつけろ、というほうが無茶なのだ。
白人や黒人の若い女性なら、こうはいかない。
もちろん、肌の色は違う。服装も違うだろう。しかし、一番に違うのは、話をしているときのリアクション――
10代、20代の白人女性は、とにかく違う。
同年代の日本人や韓国人や中国人の女性とは、何か根本的なレベルで違う気がする。
もちろん、僕の目に可愛らしく映るのは、日本人や韓国人や中国人の女性なのだけれど……。
でも、それは、単に僕がアジアに長くいるから、というだけかもしれない。
たまに、１週間ほどヨーロッパに滞在することがある。
最初の数日は、ヨーロッパの若い女性の「可愛らしさ」が全くわからない。
とても、10代や20代の女性を、
ヨーロッパの女の子
とは呼べない。
しかし、なぜか、帰国間際には、その「可愛らしさ」が、わかってくるのである。
ヨーロッパの若い女性
が、
ヨーロッパの女の子
になっている。
不思議である。
もしかしたら、こういうことにも慣れが重要なのかもしれない。
慣れが全てを解決するならば、例えば、国際結婚なども、そんなにびっくりすることではないのだろう。
育った国が違うということを忘れるときが、あるそうである。
さもありなん、である。
|
|
|
|
2004年11月25日 (木) |
娘か嫁か、それとも彼女か |
小学校や中学校のときは、
――早く僕にも彼女ができないかなあ。
と思っていたものである。
遠い昔の出来事だ。
以前、五十代の女性に、
「彼女、いないの？」
と訊かれたことがあった。
「いません。――募集もしていません」
と即座に切り返し、退散――
お見合いでもセットされた日には、かなわないからである。
その女性は、なぜか、
――僕と一緒になる女性は幸せになる。
みたいなことを、のたもうた。
もちろん、僕を堅気の人間と信じてのことであろう。
まさか、こういうサイトで、あんなことや、こんなこと（ロリコンとか、女や男の色気とか、エロティシズムとか）を論じているとは思ってもいないに違いない。まして、小説を書くなど、もっての他である。
素の僕しか知らないと、そういうことになる。
断言しよう。
僕と結婚する人は、間違いなく不幸になる。
今わの際に、
――いったい、私の人生は何だったの？
と、こぼすこと請け合いである。
その根拠は、過去10年のケース・スタディの結果である。
ちなみに、サンプル数は2――21歳のときに1年間付き合った彼女と、去年の春まで4年間付き合った彼女と、である。
念のため――
――というわけで、いまの僕は、とくに誰かと付き合いたいとは思わない。
結婚したいとも思わない。
あ――
結婚はしてもいいかな。
もし、この世のどん底を味わってみたいという人があれば……。
つまり、いまの僕は「彼女」を必要としていないということである。
小・中学時代、あれほど熱望した「彼女」を、である。
代わりに熱望しているものがある。
それは――
娘――
ないし、息子の嫁――である
わかっている。
（まず、結婚して、子供を作ろうよ）
という話である。
しかし、欲しいものは欲しい。
欲しくないものは、欲しくない。
だから、小説書きなんかが続くのだろうな。僕の場合は……。
ここまで徹底した現実逃避も珍しいに違いない。
小・中学校時代から、そうだった。
（彼女が欲しい）
などと思いつつ、積極的に恋をしてこなかった。
こんな愚痴を、今日になって突然、クドクドと書く気になったのは、つい先ほども、くだんの女性に、
――どんな人と結婚するのか、楽しみだわあ。
と、いわれたからである。
10年前なら、僕も楽しみだった。
いまは、とんでもない――
――そんな可愛そうな人をこの世に作っていいのだろうか？
とさえ思う。
娘や嫁に優しくする自信ならある。
けれど、妻に優しくなれるかどうかは、不安だ。
優しくしたいとは思っているのだけどね……。
こんな自分を、10年、20年前の僕は、全く予想できなかった。
きっと、10年、20年先の自分も、全く予想の外にあるに違いない。
鬼籍に入っているかもしれないし……。
ちなみに、なぜ、僕の彼女は不幸になるのか？
おそらく、物語を作ろうとする僕の欲求――物語欲――が強いからである。
朝から晩まで小説のことを考えていれば幸せな男を、休日、行楽地や部屋掃除に借り出すからいけない。
そんなことをしたら、僕の物語欲が、全て彼女に向かってしまう。
そうやって虚構世界に住まわされた現実世界の彼女が、不幸の極限を味わうのは当たり前であろう。
――ということは、好きなだけ物語を作らせてくれればいい。
ということか？
それを平気で許すような彼女なら、たしかに、不幸にはならないのかもしれない。
まあ、試す価値はないと思うけれど……。
多分、僕の物語欲が衰えるのを待つのが一番早い。
もし、このまま衰えないのなら、一生、独り身でもいいや。
でも、子供は欲しいなあ。
娘か嫁か、どっちでもいいから……。
不毛である。
今日の『道草日記』は、不毛である。
いつも不毛だが、今日は、とくに不毛である。
これって、結局、くだんの女性の言葉、
――どんな人と結婚するのか、楽しみだわあ。
に動揺したってことだろう。
マル太くんって、単純！
|
|
|
|
2004年11月24日 (水) |
「男でも女でもない」の具体例 |
11月19日の『道草日記』で「男でも女でもない」魅力について述べた。
簡単にいえば「幼児の魅力」のことなのだが、我ながら、いい加減に過ぎる表現だったと反省している。
当然、肝心なのは、
男でも女でもない魅力 ＝ 幼児の魅力
とは何ぞや、ということであった。
いくら何でも、もう少し具体的に説明しないとまずい。
これでは、何もいっていないに等しい。
というわけで――
今日は銀行にいってきた。
ATMの前で順番を待っていると、自動ドアの前で盛んにジャンプしている男の子がいる。多分、まだ３、４歳――
最初は何をしているのかわからず、少し離れたところから、しばし注視しているうちに、ようやく事態が飲み込めた。
男の子の体重が軽すぎて、自動ドアを開けられないのである。
大人が、いとも簡単に開けるのをみて、
――う〜む。
と首を傾げていた。
その仕草が何とも微笑ましい。
これが「男でも女でもない」魅力の一例である。
おそらく、玲瓏な美男子が同じことをやっても、あるいは、絶世の美女が同じように首を傾げても、滑稽なだけである。
他にもある。
先日、仙台駅前のペデストリアン・デッキを歩いていたら、自分の体と同じくらいの荷物を引きずっている女の子とすれ違った。
小学校低学年くらい――前屈みに視線を落とし、遥か遠い改札口を必死に目指している。
――うんしょ、うんしょ
と、懸命に歩いていた。
実は、その10メートルほど先に親御さんが待っていたのだが、僕の視界には入らなかった。
だからこそ、その子の必死に荷物を引っ張る様子が輝いたのである。
もし、傍に親がいたら、
――手伝ってやれよ。
で終わりである。
そもそも、そんな大きな荷物を子供に預けてどうする？ ――という感じである。
でも、小さな体が、単身、大きな塊に挑む様子は、壮観であり、ユーモラスでもある。
――ガンバレ。
と、つい応援したくなる。
これも「男でも女でもない」魅力の一つといっていいだろう。
どうやら、この手の魅力には何がしかの笑いのセンス――が密接に関わってくるようだ。
それ故に、例えば、異常性愛といったグロテスクなジャンルからは本質的に縁遠い。
だいたい、性愛ほど笑いから遠いものはない。例えば、笑いながら性行為に及ぶ者は、まず、あるまい。猥褻行為も、おそらく同様であろう。
ということは、もしかしたら、幼児を異常性愛とみなす人は、ユーモアのセンスに欠けているのではないか？
少なくとも、自動ドアの前で何度もジャンプしている男の子や、自分の体と同じくらいの荷物を引きずっている女の子をみて、思わず微笑んでしまうような感覚は、持ち合わせていないのであるまいか？
つまり、「男でも女でもない」魅力とは、そうした微笑みに裏打ちされた愛らしさではないか、ということである。
性愛とは、あまりにも対照的な魅力といえよう。
性愛の美は、対象を突き放すことで生じる。
しかし、幼児の愛らしさは、対象を手繰り寄せることで生じる。
幼児に残虐な仕打ちを与えてしまう人とは、おそらく、幼児を、ひたすらに突き放してしまう人なのであろう。手繰り寄せるなど、思いもよらぬことに違いない。
そう考えれば、いたいけな子供に対する残虐非道の数々を説明できないことはない。
もちろん、説明ができるというだけである。
そうした非道が許されるわけではない。
|
|
|
|
2004年11月23日 (火) |
もう、おばあちゃんに？ |
女性に歳は伺いにくい。
とくに、自分よりも歳上だとわかっている人には、なおさらである。
昨日、副業の職場で、同僚の女性と雑談をした。
アツコさんという。
四十代の方である。それで間違いないと思う。たしか、数カ月ほど前に、ご自分の歳を、
「四十四、五……」
と、おっしゃっていた。
もちろん、
――女性に歳は伺いにくい。
ので、確認はできない。
ちなみに、旦那さんは四十九歳だそうである。
何事にもサバサバとした人で、ショートヘアが様になる。割と男っぽい。ちょうど、学校の体育の先生のイメージに重なる。ジャージやトレーナー姿が似合いそうな方である。
それでいて、小柄で、華奢で、綺麗な人である。
仕事中は滅多に笑顔をみせて下さらないが、決して愛想が悪いというわけではない。
いつも、ハキハキとした口調で、ものをおっしゃるからだろうか。
ユーモアに秀でた人で、ニコリともせずに軽妙な冗句を飛ばす。
僕が声に出して笑うと、ちょっと照れたように微笑まれる。
そのお顔が、何ともよい。
初めてお会いしたときから鮮明な印象が残ったので、その後、小説のキャラクターのモデルになって頂いた。
もちろん、ご本人はご存じないことである。僕が小説を書くこともご存じない。
そのアツコさんに、この夏、お孫さんができた。ご長男夫婦のお子さんだという。
――もう、おばあちゃんに、なっちゃったんですか？
と水を向けると、
「好きで、なったんじゃないですよ。交通事故にあったようなもんなんです」
と、例によって、ニコリともせずに嘆かれる。たしかに、五十路前で「おばあちゃん」になるのは珍しいことに違いない。交通事故よりも確率は低いかもしれない。
「――まあ、ダッコしていれば、一応は可愛いんですけどね」
といって、お孫さんを抱くときの仕草をみせて下さる。
どうみても「おばあちゃん」のそれではない。
ご長男は二十一歳――まだ、若い。
お嫁さんも若い。
「若い、なんてもんじゃないですよ」
と、これまたニコリともせずに、おっしゃる。
「あの歳で、よく子供なんか産む気になったなあと思いますね。――同い年なんですよ」
と、おっしゃるので、誰と同い年なのかハッキリしなかったこともあり、
「アツコさんと同い年ですか？」
と、からかったら、うふふ、と女の子らしくお笑いになって、
「違いますよ」
と、軽く右手をお振りになった。
「そんなこと、考えたくもない……」
それは、そうである。
息子さんが、自分と同い年の女性と結婚したら、さすがのアツコさんでも、参るだろうな……。
お子さんは、ご長男をいれて三人――
いずれも男の子だという。
「男なんか、いらないですよ。何の役にも立ちませんからね」
――ええ、そう思います。僕も男ですけど……。
「一人くらい、女の子が欲しかったですよ」
――三人も息子さんがいれば、一人くらい、気立ての良いお嫁さんが来ますよ。
「……だといいんですがねえ」
ちなみに、ご長男のお嫁さんは育児の手を上手に抜く人らしい。
息子さんが夜勤で家にいないときなどは、よく泊まりに来るそうだ。お孫さんの世話は、そのときに頼まれる。
「なんか知らないけど、頼むのが上手なんですよねえ」
と、小首を傾げておられる。
どうやら、お嫁さんにとっては、かなり頼りがいのあるお姑さんのようである。アツコさんのお人柄なら、そうだろうなと納得――
不意に、
「今日の話は皆には内緒ですよ」
と釘を刺された。
「もし、噂が広まったら、真っ先に疑いますからね」
と、おっしゃるので、職場では黙っていることにする。『道草日記』には書いちゃうけれど……。
ちなみに、アツコさんがモデルになったキャラクターは、僕が一年ほど前から書いているファンタジー小説に登場する。
女将軍で、魔術師のお姫様の後見役である。
外見のみ、アツコさんに依った。
性格まで依ると、物語の筋が変わってしまうので、それは無理――
――いっそ、物語の筋を変えてしまおうか？
と思うくらい、アツコさんのキャラクターは立っている。
今度は別の作品で、是非、ご性格も頂戴しよう。
|
|
|
|
2004年11月22日 (月) |
美少女の死顔 |
昨日の『道草日記』の続きである。
男からみた女性の官能性というものは、どうも、女性を、ある程度、突き放してみなければ、生じてこないものらしい――という話をしていたのであった。
当世風の綺麗な女子高生たちが、椅子に縛られ、ナイフでメッタ刺しにあう――というドラマをみたことがある。
このドラマを作り手は、ほぼ間違いなく、そういうシーンを撮りたかったのである。
身動きがとれなくなった女子高生が、血まみれになっていく様子を、映像におさめたかったのだと思う。
タイトルもズバリ、
――美少女の死顔は美しい
である。
身も蓋もない。
女子高生を子にもつ親の立場にたてば、
（もってのほか！）
というコンセプトだ。
もちろん、道徳的にみれば、お話にならないほどに低俗で、下劣な作品なのだが、あくまでフィクションである。
大目にみて頂きたい。
さて、この作品が、椅子に縛られたまま刺し殺される少女を、官能的に描くことに失敗したかといえば、答えはノーだ。
多分、成功している。
少なくとも、僕ら日本人（の男ども）にとっては、60〜70年代の欧米の類作よりも、はるかに官能的だといってよい。
しかし、いくらフィクションとはいえ、そのように惨殺される少女たちに官能美をみようと思ったら、惨殺される少女たちを、ある程度、突き放しみなければ、無理である。
直に会うことも、話すこともない人形――奇妙に純化された「少女」という抽象観念を宿す疑似生体――とでもみなさなければ、そこに官能美をみてとることは無理である。
演じる女優さんが無名ならば、よし――初めての女優さんは、観賞者の頭の中で、極めて容易に「生ける人形」と化す。
逆に、演じる女優さんが有名で、しかも自分のお気に入りの女優さんだったりすると、手続きは複雑だ。
観賞者は、その女優さんが生身の人間であることをやめ、ある種の純虚構的存在に化身したと思い込む必要性に迫られる。
そう思い込まない限り――つまり、「生ける人形」になったと、みなさない限り、官能美など吹き飛んでしまう。
要するに、女優さんが本当に惨殺されるシーンは痛ましいだけである、ということだ。
いや――
かりに、血まみれの少女が、虚構世界の内部で完結していたとしてさえ、観賞者が、わずかに見方を変えれば、その血まみれの少女の官能美は容易に揮発する。
くだんの作品も、一応、ドラマではあるから、少女が惨殺されるまでに多くのシーンを経る。少女たちが、それなりに思い、悩み、苦しみ、それでも精一杯に生きている（とみなせる）シーンが続く。
そうした数々のシーンを経て息づいた魂が、惨殺という形で、呆気無く途絶えることの意味を真剣に考えれば、たとえ、それが物語の中の出来事であったとしても、背筋の凍る思いがする。
椅子に縛られ、ナイフでメッタ刺しにあう少女に官能美をみようと思ったら、その少女を人間だと思ってはいけない。「生ける人形」とみなさなければならない。
本来、少女は、少女である前に、人間であるはずなのだ。
が、この手のB級サスペンスには当てはまらない。
少女は、人間である前に、まず少女なのである。
ところで――
この作品のタイトル『美少女の死顔は美しい』は、何とかならないものか？
いわずもがな、である。
もし「美少女」の死顔が美しくないのだとすると、話がややこしくてしょうがない。つまり、美少女の死顔が、例えばオジさんの死顔よりも美しいのは至極、当然ではないか、ということである。
――美少女は死顔も美しい。
これなら、わかる。
作者のメッセージは、多分、これだろう。
|
|
|
|
2004年11月21日 (日) |
「色っぽいんだなあ」？ |
今日は、一日、忙しくて、結局、昨日の『道草日記』で紹介したバタイユの『エロティシズム』は、ほとんど読み進めていない。
しばらくは副業で忙しいので、つん読かな。
昨日の夜から、ちょっと体調が悪い。
頭がボーとして、鼻はむずがゆい。クシャミも出る。
高校時代、僕の友人が、自分の好きな女の子の体調不良の様子をみて、
「これがまた、色っぽいんだなあ」
などと、こぼしていたが、多分、あんな感じである。
その女の子が辛そうに鼻をかんだりする仕草は、たしかに色っぽかった。
もちろん、本人は、しんどかっただけだと思う。
男とは、いい気なものである。
ちなみに、僕は全然、色っぽくないと思うが……。
結局、男からみた女性の色気というものは、その女性と、ある程度、距離がとれていないと、みえてこないものだという気がする。
風邪をひいて苦しんでいる女の子を色っぽいと思うのは、その女の子を遠くから眺めているときだけで、もし、それが自分の彼女だったら、
――これがまた、色っぽいんだなあ。
みたいな暢気なことには、ならないはずである。
事実、その友人は片思い中だった。
だから、例えばホラー映画で、殺される女の人が妙に官能的に演出されているとき、映画の作り手や鑑賞者は、等しく、その哀れな女の人を、突き放しているように思う。
殺される女の人こそ、いい迷惑である。
そのあたりについては、面白い話があるのだが、今日のところは時間がない。
またの機会に――
|
|
|
|
2004年11月20日 (土) |
『エロティシズム』 |
夕方、書店に寄って、ジョルジュ・バタイユ（Georges Bataille）の『エロティシズム（L'EROTISME）』（酒井健訳、ちくま学芸文庫）を買う。
バタイユは20世紀フランスの思想家――代表作『エロティシズム』には幾つか既訳があるが、新訳が今年の1月に出た。
買ったのは、その新訳である。
僕がバタイユを知ったのは、澁澤龍彦さんの『エロティシズム』（中公文庫）によって、であった。
澁澤龍彦さんは昭和3年生まれの随筆家・作家――
サディズムの語源となったサド公爵を始め、多くのフランス文学作品の翻訳でも知られる。
予備校時代から大学時代にかけての僕は、すっかり澁澤龍彦さんに魅せられていた。
澁澤さんの文章は、決して平易というわけではないのだが、何しろ題材が刺激的なので、つい手にとって読んでしまう。
難しくて、よく理解できない箇所があっても、さして気にならない。わかるところだけでも読もう、という気を起こさせる――
不思議な文章である。
その澁澤さんの『エロティシズム』で、バタイユのことを知った。
バタイユの『エロティシズム』は、これから読む。
これも、なかなかに難解そうである。
新訳だから、それなりに読みやすいとは思うが、澁澤さんの『エロティシズム』よりは読みずらいだろう。
日本人の訳した外国語の書物より、日本人の書いた日本語の書物のほうが、取っ付きやすいに決まっている。
だから、今年の1月に新訳が出たことは知っていたのだが、手が伸びずにいた。
それを今日、買ったのである。
やはり、この手の知的好奇心は、容易に抑えられるものではない。
――エロティシズムとは何か？
簡単にいえば、人間の性的活動全般から健全な部分（純粋な生殖行為など）を差し引いたものだろう。
しかし、そのように簡単に答えを出して済む問題ではない。
澁澤さんによれば、エロティシズムの定義については、
――多くの学者がじつにいろんな説を述べていて、にわかに断定を下しがたい（澁澤龍彦『エロティシズム』中公文庫）
のだそうである。
そんなに多くの学者が「エロティシズム」などというテーマで学説を構築しているとは信じがたいのだが、かの澁澤さんがいうのだから、間違いあるまい。
何とも奥が深いテーマなのである。
澁澤さんは昭和62年に亡くなっている。
僕が14歳のときである。澁澤さんの著作との出会いは、その5年後の19歳のときまで待たなければならなかった。
だから、僕は生前の澁澤さんを全く知らない。
にもかかわらず、この偉大な怪作家を、つい「さん」付けでよんでしまうのは、澁澤さんの著作に抗いがたく共感するからである。
猥褻な小説や、猥褻なマンガや、猥褻な映画ならゴマンとあるが、猥褻な随筆は、そうはない。
随筆で猥褻が可能だということを、僕は澁澤さんから学んだ。
だから、『道草日記』の艶っぽい部分は、間違いなく、澁澤龍彦作品由来である。
もちろん、その荘厳さにおいては、かなうはずもないけれど……。
|
|
|
|
2004年11月19日 (金) |
「男でも女でもない」のに |
――切り取られた少女は美しい。
などと不埒な言明をした途端、痛ましいニュースが飛び込んできた。
例の「娘はもらった」事件である。
一昨日の午後から行方がわからなくなっていた7歳の女の子が、昨日の深夜に遺体で発見された。
学校帰りに見知らぬ男に声をかけられ、車に連れ込まれたようである。
犯人は女の子を殺害した後、お母さんにメールで遺体の写真を送り付けた。「娘はもらった」の言葉を付して……。
――少女に特別な感情をもっている男の犯罪である可能性が高い。
と専門家はいう。朝のTVでの発言だったので、婉曲な言い回しに徹したのだろう。
普通に解釈すれば、
――少女を性欲の対象とみなす男の犯罪……。
ということだ。
その専門家によれば「娘はもらった」の言葉は「命を含めて全てもらった」という意味らしい。
もちろん、真実はわからない。
11月10日の『道草日記』で、5歳の豪気な女の子の話を紹介した。
銭湯の男湯で、入れ墨のオジさんたちを従え、隣の湯舟に移っていった女の子の話である。
この子に限らず、下町の銭湯では、お父さんに連れられて、幼い女の子が男湯に入ってくる。そして、無邪気に全裸で、湯舟の周りを駆けずり回っていたりする。
少なくとも、僕が東京の下町に暮らしていた10年前は、そうであった。
そんな光景を目の当たりにすると、考えずにはいられない。
銭湯通いをともにしていた友人たちと、密かに話し合ったものである。
（――あれ、ヤバくねえ？ オレたちはいいよ？ そういう趣味ないから……。でも、そういう趣味のヤツがいたら、どうよ？）
（もちろん、他の人の目があるから、すぐにどうこう……ってことはないだろうけどな）
（――でも、そういう目でみられることは間違いない）
（たしかに、世の中、意外と変なヤツは多いからなあ……）
（それって、ヤバくねえ？）
幼女連続誘拐殺人事件の記憶が、まだ新しかった頃である。「変なヤツ」とは「幼女を異常性愛の対象とみなすヤツ」である。
だから、僕に娘ができても、絶対に銭湯には連れていかないつもりである。
自分の娘が――しかも、幼い娘が――そういう目でみられるのは、耐えられないだろう。
僕は小説などを書いているくらいだから「異常性愛」については、多分、世間一般よりは寛容である。
もちろん、虚構世界に限った話である。
そんな僕ですら「幼女」に対する「異常性愛」は、わからない。
いや、正直にいえば、全くわからないわけではない。
何年か前に、小学校に上がるか上がらないかくらいの女の子に色気を感じたことがあった。
しかし、その後、妙に胸糞の悪い思いをしたのも事実である。
僕がわからないのは、そうした胸糞の悪さに全く無頓着な人だ。「幼女」を「性愛」の対象にしたとして、その後に襲ってくる――何ともいえぬ呪わしい気分に無頓着な人である。
ドイツ語で「少女」を表す maedchen（"ae" は aウムラウト）は中性名詞である。おそらく、ドイツ語文化圏では「少女」は「男」でも「女」でもないのだろう。
異論がないわけではない。
例えば、15、6歳の少女を、
「男でも女でもない」
と、みなすのは、どうか？
かえって失礼だ。
とはいえ、就学前後の少女は間違いなく、maedchen であろう。
仮に、6、7歳の少女に普遍的な「女の色気」があったとしても、その魅力は全体のごくわずかでしかないはずである。残りの大部分は「男でも女でもない」魅力――に違いない。
よって、もし、その手の異常性愛者が、幼女の主たる魅力には思いがゆかず、女としての希少の魅力に溺れるのだとしたら、よほど審美眼に問題があるに違いない。
我が子を異常性愛の対象にされる親の気持ちもわからないのだから、想像力にも致命傷があるのだろう。
もちろん、感じてしまうものは仕方がない。
幼女に性を感じてしまう人に向かい、いくら、
「性を感じるな！」
と説教をしても始まらない
人に人の心は縛れない。
肝心なのは、そういう人に、どうやって現実世界との折り合いをつけてもらうのか、ということである。
幼女に希望者を募り、性愛の対象になってもらう――という理屈は通じない。
幼女に風俗嬢やAV女優のような判断力を求めるのは無理である。6、7歳の子に己の行為の真の意味が理解できるとは、到底、思えない。
となると、この問題は根が深い。
対症療法では駄目だ。何とか、根治療法を考えないといけない。
何か、よい方策はないか？
今回のような痛ましいニュースは、金輪際、耳にしたくないものである。
|
|
|
|
2004年11月18日 (木) |
切り取られた少女の美 |
切り取られた少女は美しい。
ときに息を飲むほどに美しい。
ここでいう「切り取られた少女」とは、時間的、空間的に固定された少女という意味である。
あるいは、特定の時刻に、特定の位置に縛り付けられた少女という意味である。
緊縛趣味のことじゃありませんぞ。念のため！
要するに、写真にうつされた少女ということである。
そうした少女は、ときに類い稀なる美を発露する。
電車の広告や雑誌の巻頭などで目にする少女は、しばしば、商業的に洗練され過ぎていて、どうにも活き活きとした魅力に乏しいものだが、それでも、なぜか、稀にハッと息を飲むことがある。
「ロリコン趣味だあ！」
などといわずに、まあ、お付き合い頂きたい。
実は、その美しさが何によるものなのか、いまだに僕にはわかっていない。
以下に、わかっている範囲で記述したい。
もちろん、「ハッと息を飲む」のは、何も少女に限った話ではない。大人の女性にも、みられ得ることではあろう。
とはいえ、その頻度は圧倒的に十代の少女に多いようだ。
学生時代、五歳ほど歳下の異性の後輩の顔を、何気なく写真にとったことがある。
特段の工夫をこらしたわけではない。ただ遊び半分に、その女の子の名を呼び、普通にシャッターを切っただけだった。
が、現像されてきた写真をみて、びっくり――
息を飲むほどに美しい。
「ロリコン趣味だあ！」
と、切って捨てることなかれ――
切って捨てるのはたやすいが、どうも、それだけでないらしいのは、その写真をみた本人が、やたらと、びっくりしていたことにもよる。
――いままでの自分のどの写真とも違う。
のだそうだ。
思うに、無意識の所作が、突き抜けた美となって発露したのではないか？
少女に限らず、子供は一般に自分の所作（仕草、顔つき、立ち居振る舞いなど）を十分にコントロールすることができない。
おそらく、経験に乏しいために、自分の所作が他人にどうみえているのかを、的確に把握できないからである。
だから、子供は、たいてい美しくはみえない。せいぜい原石程度の美しさである。
しかし、子供は、ときとして、とんでもない美を醸し出す。その美は、本人の思惑や計算を飛び抜けているがゆえに、人知が及ばない。
もちろん、同じことは少年にも、いえる。
それが僕のアンテナに引っかからないのは、僕にそういう趣味がないからで……。
ところが、経験を積み、大人になるに従って、人は自分の所作を適度にコントロールできるようになる。
だから、とんでもない美を醸し出すことが少なくなるかわりに、みっともなく醜態をさらすことも少なくなる。
例えば、女優さんは、ベテランになるに従って、息を飲むほどの美がなくなるかわりに、みていて安心できる美が備わる。
そういえば、女優さんは、ベテランになる従って動画に強くなる。一方、駆け出しの女優さんは、概して、動画に弱い。
動画も写真であることに変わりはないが、時間的、空間的な縛りは弱い。この「縛り」の緩みが、決定的な違いをもたらす。
写真集などで底知れぬ美をたたえていた少女が、TVドラマに出演するなり、ファンをガッカリさせたという話は、珍しくない。
これも、人の無意識の所作が思い掛けない美に昇華するということと、何らかの関係があるのかもしれない。
と、いうわけで――
時間的、空間的に切り取られた少女は、美しい。
ときに息を飲むほどに美しい。
まさに人知を越えた美なのだと思う。
当代の名うての写真家には、十代の少女ばかりを撮ってまわっている人たちがあるけれど、彼らを単なる「ロリコン趣味だあ！」で済ましてはいけない気がする。
もしかしたら、彼らは、人知を越えた美の追求者なのかもしれない。
|
|
|
|
2004年11月17日 (水) |
少年・少女で勧善懲悪を |
昨日、構想中だったファンタジー小説のあらすじを書き上げる。
「ファンタジー」というのは正確ではないかもしれない。SF、あるいは、スペース・オペラ（宇宙活劇）と呼ぶべきか。
長編である。
だから、あらすじを書いた。
短編や中編なら、いきなり書く。
あらすじを決めないほうが、勢いが出る。
実は、今回の作品は、Mr.アニリンくん――11月9日の『道草日記』で紹介済み――からの宿題である。
今年の夏頃に、
「どんな小説をよみたい？」
と彼にきいてみた。
他人のアイディアから出発することで、新境地が開けるのではないかと考えたからである。
当時、Mr.アニリンくんには、僕の小説を二作品ほど読んでもらっていた。だから、僕の作風をよく知った上で、彼は答えてくれた。
「男性が主人公のスペース・オペラがいいですね」
と――
それから、
「勧善懲悪物がみてみたいです」
とも――
「男性が主人公の」という注文は、おそらく、彼に読んでもらった僕の作品は、二作品とも女性が主人公だったからだろう。
「勧善懲悪物がみてみたい」という注文は、僕が、彼の大好きな『サクラ大戦』を、彼の前で、迂闊に論評してしまったからである。
――『サクラ大戦』は本来の勧善懲悪の図式から逸脱しているよ。
と指摘たら、
――じゃあ、本来の図式をみせて下さいよ。
ということになった。
ちょっと不用意な発言だったな。
たしかに、『サクラ大戦』に、例えば、中国古典にみられるような勧善懲悪の図式（絶対的に強大な悪に立ち向かう非力の善という図式）が、色濃く出ていれば、もっと物語が映えるのに……とは思う。
しかし、所詮は余計なお世話である。『サクラ大戦』は僕の物語ではない。
とにかく、自分の軽はずみな一言のお陰で、勧善懲悪物を構想するハメになった。
僕は勧善懲悪が好きではない。善が悪に、悪が善にコロコロとひっくり返る物語が好きである。
だから、逆にいえば、こういうことでもなければ、勧善懲悪物に挑戦する気にはならなかったろう。
そういう意味で、Mr.アニリンくんには感謝している。
ところが、何事も、中途半端な気持ちでは、成就は難しい。
いま、あらすじを読み返してみると、やはり、勧善懲悪の色合いが薄まっていると断じざるを得ない。
原因は、僕が男性キャラクターを主役に据えようと頑張ったからである。
どうやら、男性が主人公の勧善懲悪物は、根本的なところで、僕の性には合わないらしい。
たしかに、絶対的正義を信じる男なんて、僕は格好悪いと思っている。たとえ、その「男」が女であっても、少年であっても、やはり格好悪い。
でも、少女なら許せるかな？
だから、僕は『サクラ大戦』が好きなのだと思う。
きみには負けるがね、Mr.アニリンくん――
――というわけで、僕が勧善懲悪物を書くなら、主人公は少女にしたい。
でも、Mr.アニリンくんからの宿題は、あくまで「主人公は男たるべし」であった。
勧善懲悪の色合いが薄まったのは、その辺のギャップを微妙に調整した結果である。
具体的に、どう調整したか？
主人公が二人ということになった。
少年と少女――
二人とも物語の進行に伴い、歳をとっていく。
この二人、少なくとも、現時点では、僕の好みに合致する。
少年は、やや虚無的で、絶対正義も絶対悪も信じていないのだが、ひょんなことから、絶対悪に立ち向かうことになる。
どういうことかというと、少女が、その「絶対悪」と、のっぴきならぬ関係になってしまったために、退くに退けなくなるというお話である。
よいリハビリになりそうだ。
最近は、自分の好みに合致しないキャラクターばかりを描いていた。
もちろん、まだ、あらすじが決まっただけだから、この先、中身は、どんどん変わっていくだろう。
そのほうがよい。書いていて楽しみが広がる。
ただし、訳あって、ラストシーンは決まっている。
これは、多分、よほどのことがない限り、動かさない。
完成は、遅くとも来年の四月頃としたい。
長篇は、ゆっくりと、緻密に書くに限る。
|
|
|
|
2004年11月16日 (火) |
妙に「男の色気」がわかるとき |
一昨日の『道草日記』で「男の色気」に触れた。
男が男に感じる色気という文脈だった。
ちょっと奇をてらいすぎたか？
外角低め、ぎりぎりのコースに渾身のスライダー（変化球の一種）を投げ込んだ気分――
やはり、初球は、ど真ん中のストレート（直球）でいくべきだった。
女の人が感じる「男の色気」について――
僕が、女友達や女性の知人から得た情報を総決算すると、女性は、男性が思ってもみないところに色気を感じるようである。
例えば、手だ。
それも指先――
――あの指になら触られてもいい。
とか、
――あの指は絶対にイヤだ。
とか思う、という話をきいた。
３、４年ほど前に、３つ４つ歳上の女性からきいた話である。
彼女が、女性の中の多数派かどうかはしらないが、妙にリアルな告白にきこえたので、少なくとも彼女自身が、男の指先を重要な判断基準に加えていることは間違いないと思っている。
おそらく、ちょっとした男の手付きに、微妙な色気を感じているのだろう。
女性向けの「男の色気」については、頭の中では、わかっているつもりである。
例えば、電車に乗って、中吊り広告などみていると、
（ああ――これは女性にとっては色気のある男なんだろうな）
という写真を目にすることがある。
ちなみに、そういう写真――男の目には、とくにマイナスでもプラスでもない。
みていて不快に思うということもなければ、何となく心が惹かれるということもない。
一昔前、製薬会社の広告で、妙に色っぽい女性の写真があった。そういう写真を、女性は不快に思うらしく、すぐに別の写真に取り替えられていた。
もちろん、男の僕としても、公共の場で、そういう写真をみたいとは思わないから、別に、取り替えてもらって構わないのだが、
（何も、そこまでしなくも……）
と思った覚えがある。
その辺には、微妙な男女差があるらしい。
女性が感じる「男の色気」は、男にとっては――少なくとも、僕にとっては――あくまで他山の石である。
ところが、男性向けの「女の色気」は、そうではないらしい。女性も敏感に反応する。そして、大抵の場合、女性は、そうした「女の色気」に負のイメージをもっている。
男性向けの「女の色気」が、女性向けの「男の色気」に比べ、街中に多量に氾濫しているからかもしれない。いい加減に嫌気がさした、ということか？
以上は、現実世界の話である。
虚構世界では、もう少し話は複雑だ。一昨日の『道草日記』と同様である。
例えば、女性を主人公に小説を書いたりしていると、妙に「男の色気」のわかるときがある。
もちろん、女性が、女性の視点で書いた小説を読んでいても、わかるときはわかる。
結構、生々しくわかる。
もちろん、所詮は虚構世界での話だから、切実性はない。
けれど、紛れもなく、
（ああ――こういう男にはメロメロとくるのよね）
と、わかったような気になることがある。
恐ろしい。
虚構という装置には、底知れぬ魔力が秘められている。
|
|
|
|
2004年11月15日 (月) |
人はみかけに…… |
人はみかけによらないものである。
今日、電車に乗っていたら、隣に、何だか「こわ〜い」感じのオジさんが座った。
――こりゃあ！ どこ、みとんじゃい！ みせもんじゃないぞ！
の、オジさんである。
続いて、そのオジさんの隣――僕からみて、隣の隣――に、もう一人、やはり「こわ〜い」感じのオジさんが座った。
二人は知人らしく、互いに、
「よお」
などといって、挨拶をしていた。
ヤバい雰囲気なのである。
何よりも、もう一人のオジさんの腕には、青い入れ墨がしてあった。タオルで隠してはあったけど……。
危険を察知したのか、近くに座っていたお姉さんが、不意に立ち上がって席を変えた。
僕は、そのお姉さんよりも遥かに近くに座っていたので、立ち上がろうにも立ち上がれない。
席をかえるには、ちょっと、わざとらし過ぎた。
――なんじゃい！ 貴様！ オレの隣は座れねえっていうのかい！
などと、いいがかりを付けられても困るし……。
うーん。
やばいぞ、マル太くん！ このピンチをどう切りぬける？
……仕方ないので、そのまま、大人しく、じっとしていた。
この二人のオジさん、最初は、僕には、さっぱり意味のわからない会話を交わしていた。
無遠慮に大声で喋っているので、聞き耳をたてなくても、明瞭にきこえてくるのだが、意味は、さっぱりわからない。きいたことのない言葉ばかりだった。
だが、やがて、話題は意外な方へ――
――ブッシュさん、勝ったでしょ？ これからイラクは泥沼化するね。
――うーむ。そうだな。
――今回の選挙で、アメリカは没落を早めましたよ。
――ああ、そう？
――間違いないですよ。あんな間違いだらけの戦争をやってちゃ……。
（ヤケに普通の会話だな……）
と思って、きいていると、今度は話題が小泉政権に――
――いまの内閣は駄目だ。そろそろ、とりかえないと……。「自衛隊のいくところが非戦闘地域です」なんて、いってるようじゃ……。
――うーむ。
たしかに、先日、そんなニュースがあった。
国会でイラクの「非戦闘地域」の見解を問われ、小泉総理が上記のように答弁し、方々から批判を浴びたという。TVでも新聞でも話題になった。
――情けないんだよな、いまの政府は……。声は大きいくせに、行動が伴わない。
――そうだな。
――まるで、オレみたいだなあ。
おい。
何も、そんな小ネタで笑いをとろうとしなくても……。
とにかく――
二人は、以後、30分くらい、延々、現在の日本の政治状況や社会状況について、大まじめに――多少、青っぽく――語り合っていた。
いかにも「こわ〜い」感じのオジさんたち二人が……である。
ちょっと、ユーモラスですらあった。
もしかしたら、この二人、ただの堅気のオジさんだったかもしれない。
人はみかけによらないものである。
|
|
|
|
2004年11月14日 (日) |
男の色気 |
二十歳の頃、新聞だか雑誌だかの芸能記事を読んでいて、
――萬屋錦之介には男の色気がある。
という一文をみつけ、首をひねった。
「萬屋錦之介」とは、いわずと知れた時代劇スター・萬屋錦之介さんのこと――
往年のファンには「中村錦之助」の名のほうが馴染みがある。
その記事は男性によるものだった。だから、ここでいう「男の色気」とは、男が男に感じる色気ということになる。
もちろん、世の中には同性に性愛を抱く人が大勢いる。そういう男性が同性に「男の色気」を感じるのは当然であろう。
問題は、そうでない男性が、同性に色気を感じることがあるのかどうか、ということである。
ないだろう――
というのが、僕の現段階での結論である。
少なくとも、いまの僕には「男の色気」はわからない。
とはいえ、男に「女の色気」を感じることはあるかもしれないと思う。
稀に女の子みたいな男の子をみかけることがある。
そういう少年に「女の色気」をみようと思えば、多分、可能だろう。
積極的にみようとは思わないが……。
以上は現実世界の話である。
虚構世界にまで視野を広げると、話はやや複雑化する。
女の人の書く小説の中には男性同士の恋愛を扱ったものがある。
近年は、あらゆる年齢層に向け、様々な作品が書かれているときく。
対象読者は女性ないし少女だそうだ。
僕は男だが、時々、そういう小説を読む。
念のためにいい訳をしておくと、後学のために読む。
女の人の筆による濡れ場の描写を勉強するには、このジャンルが最も参考になる。男の僕には絶対に真似できない表現がゴロゴロ出てくる。
で――
そのときに、必ずといってよいほど、感じることがある。それは、男性同士のカップルの内、どちらかの属性は、完全に女性であるということだ。
もちろん、物語の設定上は、両方とも男である。しかし、大抵の場合、どちらかは、
――ええ、これって、女性じゃん。
となってしまう。
むしろ、下手な女性キャラクターより、遥かに女性っぽい。
当たり前といえば当たり前のことかもしれない。
だって、書き手が女の人なのだから……。
江森備さんの小説『私説三国志 天の華・地の風』第1巻（全9巻）を読む。
この作品は男性の同性愛がモチーフである。
主人公は諸葛亮、字を孔明――『三国志演義』では稀代の名軍師として活躍する。
しかし、この作品での孔明は同性愛者である。ついでにいえば、マゾヒスト――
だから、一般的な『三国志』ファンに、この作品はうけが悪いのだが、僕は悪い印象を持っていない。
文体が流麗で、心情描写が微細で、何より、三国時代の雰囲気が伝わってくる。『三国志演義』から派生した二次創作としては一級品であろう。江森さん独自の物語解釈も秀逸で、既存の物語に精通している人には十分に読みごたえがある。
ちなみに、僕が、この作品に最初に触れたのは十五のとき――当時、最新刊だった第2巻を読んだ。
もちろん、面喰らった。
――ええ？ 孔明が男娼なの？ カッコわる〜。
しかし、そのときの僕は既に背徳小説にすっかり慣れていたので（！）すぐに作品世界に溶け込んでしまう。
残念ながら、
孔明＝女性
と読み替える必要には迫られたが……。
江森さんの孔明は、どう読んでも女性――男装の麗人――としか思えなかった。
作中、孔明が男性として振る舞うシーンが出てくるが、リアリティーには乏しい。逆に、女性として振る舞うシーンにヤケに生々しい色気がある。「女の色気」である。
江森さんが女性なら、むしろ、そうなるのが自然だったかもしれない。
ネットで検索する限り、江森さんは女性のようだが……。
というわけで、僕に「男の色気」はわからない。しかし、江森さんの孔明のように、男に「女の色気」を感じることはある。
虚構世界での話である。
現実世界で、そういう経験はない。
美しい男の人というのを、まだ、みたことがない。
格好いい男、渋い男、女性的な男はみたことがあっても、美しい男はみたことがない。
もし、美しい男が実在するならば、その人に「男の色気」を感じるのだろうか？
多分、感じないだろう。
感じるのは「女の色気」だと思う。
それにしても、萬屋錦之介さんの「男の色気」とは、何だったのだろう？
ちょっと気になる。
|
|
|
|
2004年11月13日 (土) |
Nice to meet you! (ん?) |
風邪をこじらせた。
先月末から、クシャミ、ハナミズが続いている。
今日も、夕方過ぎから急に具合が悪くなり、家庭教師先で悪戦苦闘――
何を話したか、よく覚えていない。
家庭教師を終え、やっとの思いで家路に着く。
先日の『道草日記』でも触れたが、僕は車を、自宅から離れた駐車場にとめている。
家までの道のりは2キロほど――
いつもは適度な運動になるが、今日のような日は最悪だ。
しばらく、車の中で横になっていた。
もちろん、ヒーターは入れっぱなし――でないと、寒くていけない。
30分ほど横になって、クシャミ、ハナミズが落ち着くのを待って、ようやく、2キロの道のりを歩きはじめる。
いつもは自転車なのだが、今日に限って、歩きである。
つくづく、ついていないと思った。
が――
歩き出して5分程して、思い掛けない友人に出会う。
ジャラル・イザディさん――イラン人の研究者だ。
去年の春に帰国したはずだが、今年の夏に、また戻ってきたという。
ひとしきり、再会を喜ぶ。
思わず、
――Nice to meet you!
と、いってしまった。
それは違うぞ。
初対面じゃないんだから……。
向こうも、かなり喜んでくれていたらしく、やはり、
――Nice to meet you!
と、いっていた。
かなり奇妙な会話である。
もちろん、二人とも、
――また、会えてよかった！
という意味で、いっているのである。念のため！
それにしても、奇妙な偶然であった。
もし、僕が風邪を引いていなかったら、僕が車の中で30分も横になっていることはなく、だから、彼とは会わなかったはずである。
風邪の状態が重ければ、今日の家庭教師をキャンセルしており、やはり、彼とは会わなかったはずである。
あるいは、たまたま歩きじゃなければ――
考えだしたらきりがない。
お互いの身上話のあと、やはり、話題は中東情勢へ――
いまのところ、テヘランは穏やかだという。
だが、アメリカのブッシュ大統領が再選されたので、気は休まらない。イラクの次はイランだと、かの地の人々は考えている。
実際、イランは、アメリカのいうところの「悪の枢軸」の一角を占めていた。
驚いたことに、彼はアメリカの脅威にも、温和な笑顔で言及した。
いまさらジタバタしても、始まらないということなのだろう。
達観しているのだと思う。
――いつでも連絡してくれ。
といって、彼は自分の名刺を渡してくれた。
今度の滞在は来年の3月までだという。
近い内に飲みに誘おう。
おっと――
彼は酒を飲まないのだった。イスラム教徒だから……。
ランチにでも誘うか――
おっと――
いまは断食月だった。
とりあえず、ゆっくり話する機会をみつけよう。
|
|
|
|
2004年11月12日 (金) |
困った人 |
散歩をしながら考えた。
世の中で一番に困った人とは、どういう人だろうか？
かなりネガティブな思考である。
――そんなことを考えたお前が「一番に困った人」ではないか？
そうかもしれない。
まあ、たまには、いいだろう。
文化的感性に基づくコメントに、科学的合理性を挟もうとする向きは、珍しくない。
「異性に見向きもしなかった少年が、急に女の子に夢中になる。なぜか？」
――第二次性徴期に入ったからさ。
とか――
「ラーメンには魔力がある。なぜか？」
――生体のエネルギー貯蔵に適した脂質が、多量に含まれているからさ。
とか――
「流行歌の旋律には普遍性がある。なぜか？」
――ヒトの脳が心地よいと感じる音程パターンは有限だからさ。
とかいった具合である。
いつも、そんな風に考えてしまう人は、例えば、
――占星術は天文学的根拠を欠いているので、とるに足らない。
とか、
――東洋医学は実証主義と無縁だから、あてにならない。
とかいって、その意義を安易に否定してしまう。
科学的に説明できないという理由だけで、占星術や東洋医学を無視しようとする人は、やはり、どうかしている。
所詮、堅物に過ぎるのであり、真面目が過ぎるのであり、面白くない人なのである。
しかし、だからといって、そういう人たちを、
「下らねえ連中だぜ！」
と、簡単に切って捨てるのも、どうか？
もちろん、科学的合理性がないという理由だけで、占星術や東洋医学を無視しようとする人は、傲慢に過ぎるというか、教養がなさ過ぎるというか、いずれ、褒められたものではない。
かといって、科学的自然観をまったく理解できない人というのも、同様の理由で、褒められたものではない。
女の子に夢中になる男の子も、ラーメンに魔力を感じる愛好家も、類似の流行歌に酔い痴れる歌謡ファンも、皆、一様にヒトである。
ヒトは動物の一種である――つまり、ヒトは自然の一部である。
ヒトが自然の一部である以上、女の子への憧憬やラーメンの魔力や流行歌の類似性にも自然科学的合理性を付与しようとする動きは排除されるべきではない。
ヒトは自然の一部――などというと、怒る人たちがいる。
しかし、これは紛れもない事実であるように思う。
少なくとも、この見方を忘れてしまうと、人は、世の中のありふれた事物に対し、一切の喜びを感じられなくなるようなのだが、さて、どうか？
例えば、ヒトを自然の一部とはみなさないキリスト教的価値観の下では、全知全能の神にすがるという形でしか、生きる喜びを感じられないではないか？
まあ――
余計なお世話かもしれない。
キリスト教であろうと、得体の知れぬ新興宗教であろうと、信じられる人は、信じればいい。
僕には信じられない――それだけのことである。
やれやれ――
ヤケに話が飛んでしまった。
キリスト教の枠組みの中で、ヒトと自然との関係が、どのように論じられているのかを、僕は知らない。
多分、僕の思い込みも入っている。
ただし、世の中の全ての事物は、様々な見地からの説明が可能であるということだけは、忘れたくない。
これを忘れた人は、科学者だろうと、宗教家だろうと、困った人である。
世の中で一番に困った人かどうかは知らないが、有力な候補ではあろう。
どんなときも、多様な物の見方ができるような人でありたい。
なかなか、できることではないのだが……。
|
|
|
|
2004年11月11日 (木) |
カラオケで汚される |
僕はカラオケが苦手である。
はっきりいってしまえば、嫌いである。
なぜ「嫌い」か？
歌える唄がないから――というのが、答えである。
僕は女性の唄を好んできく。だから、もし、カラオケで歌うとしたら、女性の唄がいい。
ところが、三十過ぎのオジさんが女性の唄を歌う場合、よほど上手にやらない限り、サマにはならない。
逆に、自分のお気に入りの女性歌手の唄を歌ったばかりに、居合わせた誰かの中で、その女性歌手のイメージが大きく音をたてて崩れるのを恐れる。
実際、何回か経験済みである。
デビューして十年も経っているような人なら問題はない。
デビューして一、二年の人が問題なのである。
先日、知人がカラオケで、とある有名若手女性ボーカリストの唄を歌った。
その知人は、はっきりいえば歌が下手である。音程はずれるし、声量も乏しい。
加えて、男ときた。
まさに、
（お前が歌うな！）
という感じなのだが、全然、親しくないので、そんなことは口が裂けてもいえない。
おそらく、彼は、そのボーカリストが気に入っているのだろう。
だから、無理して歌うのだ。
ところが、その挑戦が思わぬ方向に作用する。
それまで、僕の中で、そのボーカリストのイメージは正でもなく、負でもなく、完全にニュートラルだった。いわば白い画用紙だった。
その「白い画用紙」に、彼のカラオケは、下手な落書きを描き込んでしまったのである。
それ以来、TVなどで、そのボーカリストの顔を目にする度に、僕は彼のことを思い出すようになってしまった。
どうも、彼の顔の造りが、そのボーカリストと微妙にかぶっていたことが、災いに拍車をかけたようである。
残念ながら、そのボーカリストは、彼の意思に反し、汚（けが）されてしまった。
もちろん、あくまで僕の心象世界の中だけの話ではあるが……。
念のために付記するが、僕は別に彼のことを悪く思っていたわけではない。いまも悪く思っているわけではない。
幾つか悪条件が重なり、最悪の結果を招いてしまった、ということである。
こういう経験を何回かしていると、カラオケなど恐くて歌えない。
「考え過ぎじゃないの？」
と、よくいわれる。
しかし、こういう考えは、一度、頭の中を駆け巡ってしまうと、容易に払拭することができない。
昔はカラオケが好きだった。
いまも、歌うのは好きである。
でも、カラオケは歌えない。
大好きな唄ほど、歌うわけにはいかない。
ちょっと深刻な逆説である。
どうすれば、いいのだろう？
妥当な解決策は見当たらない。
|
|
|
|
2004年11月10日 (水) |
5歳の豪気な女の子 |
非常勤の職場の同僚に、ちょうど僕と同い年の男性がいる。
その方は、今年で5歳になる娘さんのお父さんでもある。
以下は、先日、そのお父さんから伺った話による。
娘さんを連れて、銭湯にいった。
「銭湯」といっても、生活のための銭湯ではなく、半ばレジャーランド化している銭湯だそうである。
僕は予備校生時代、東京の下町に暮らしており、銭湯通いだった。
銭湯では、時折、背中がヤケにカラフルな人たちをみかけたものである。
「おんどりゃあ！ どこ、みとんじゃい！ みせもんじゃないぞぉ！」
……みたいな人たちのことである。
そのお父さん、さすがにレジャーランドっぽい銭湯には、そういう人たちは来ないだろうと思っていたのが、そうではなかった。
娘さんを連れて浴場に入ると、蛇口の前には「カラフル」な背中がたくさん並んでいたそうである。
5歳なので、お父さんに連れられて男湯に入るのは構わない。
お母さんが一緒なら女湯に入っていたのだろうが、このときは、お父さん一人だった。
その娘さん、「カラフル」な背中を、いたく気に入ったらしく、
「おじちゃん！ おじちゃん！」
と、声をかけ始めたから、さあ、大変――
もちろん、慌てたのは、お父さんである。
（おめー、そんな連中に声かけるなよ）
と、天を仰いで嘆息――
ところが、娘さんは「カラフル」なオジさんたちと、すっかり意気投合――
「――お嬢ちゃん！ この湯は、ぬるいなあ！」
「あっちは、もっと熱いよ」
「え？ 本当かい？」
「あっち行こうよ」
「ようし、行こう。――さて、どうかな？ ――お、暖かいなあ」
「ね？ 私のいった通りでしょう？」
……などと完全に対等に話をしている。
いつまでも一緒にいようとするので、お父さんは、たまらず、
「――ほら、向こうで、お母さんが呼んでるよ」
などと嘘をつき、強引に抱きかかえ、退散してきたそうである。
「お母さんなんか、来てないじゃない！」
などと、本当のことをバラされなくて良かった。
それにしても、5歳の女の子が「カラフル」な背中を従え、隣の湯舟に移っている様子は、実に壮観である。
もちろん、「カラフル」な背中の意味が、よくわからなかっただけかもしれないのだが……。
そういうときは、お父さんも、腹を括るしかないですな。
そんな娘さんが一緒なら、意外と楽しくお話できたかもしれませんぞ？
実は、この娘さんには一度だけ会っている。
まだ、3歳だった頃に、職場に連れて来られていたところを、挨拶させてもらった。
もちろん、ちゃんとした挨拶にはならなかったけれど、年齢を考えれば、やむを得ない。
あれから2年――
何とも豪気な女の子に成長したものである。
|
|
|
|
2004年11月9日 (火) |
今日は夜の9時頃から |
今日は夜の9時頃からMr.アニリンくんと長話をする。
Mr.アニリンくんとは1年ちょっとの付き合い――
以前、失われた『道草日記』の中で、
――『サクラ大戦』の筋金入りのファン。
として紹介した。
そこでは「アニリン・ザ・ブラックくん（仮名）」として登場していた。彼の電子メールのアドレスをみて、僕が勝手に名付けたハンドル・ネームである。
正しくは、「Mr.アニリン」である。
……などと書くと、
――ええ？ そんなこと、書いてらしたんですか？
と、本人は、びっくりするかもしれない。
そうである。
書いていたのである。
Mr.アニリンくんは、失われた『道草日記』が健在だった頃の本サイトを知らない。
あとのまつり、である。
気になるかい？
別に悪口は書いていないよ。
気にしないでくれたまえ。
……というわけで、彼が本サイト『二次創作展覧場』で『サクラ大戦』の二次創作小説を書いているのは、至極、当然のことなのである。
ちなみに、『サクラ大戦』とはシミュレーション・ゲームのソフト名である。詳しい説明は『二次創作展覧場』をご覧頂きたい。
小説の掲載は僕からもちかけた。
Mr.アニリンくんは、僕と違い、全般的に奥ゆかしい人なので、
「オレの小説を載せてくれい！」
などと要求したりはしない。
僕とは、ちょうど10歳違いのはずである。
もちろん、彼のほうが若い。
僕が20歳を過ぎた頃、30歳の人はヤケにオジさんにみえたものだ。
いまの僕も、彼の目には、そんな風に映っているのだろうか？
いや――
そうでもないかもしれない。
大学の同級生に12歳違いや14歳違いがいた。
しかし、彼らは不思議と老けてみえなかった。
サラリーマンのスーツを着ていると、20代でもオジさんにみえるのに、学生みたいな格好をしていると、40代でも、そうはみえないから不思議である。
そうはいっても、容貌を間近で観察すれば、自分より遥かに歳上だということは実感できたから、その辺は甘くはないだろう。
鏡で見比べれば、10年前の顔写真が、たまらなく若いのが、自分でも、よくわかる。
そのMr.アニリンくんを相手に、最初の小１時間は仕事の話を、残りは、僕の学生時代の話（自慢話を含む。すまん）や僕の人生観の話（お説教を含む。すまん）をした。
かなり喋った。
3時間は喋ったかな？
しかも、後半は、ほとんど僕が一人で喋っていた。
いかん。
こうして、人は老いていく。
気を付けねば……。
Mr.アニリンくんと別れたあと、帰りの車の中で、辛島美登里さんのアルバムを聴く。
ちょうど、僕が彼くらいのときに聴いていたアルバムだ。
最近、めっきり聴いていなかった。
理由は簡単――去年の春まで付き合っていた彼女が、辛島美登里さんの詞を嫌っていたから――
――あまりにも女っぽいところがイヤなの。
という。
イヤだといっているのに、わざわざ聴く気持ちにはなれず、以後、自然と封印していたアルバムである。
あれから5年が経つ。
さすがに、僕も多少は変わっていた。
同じ詞であっても、受け取り方が微妙に違っていることに気付く。
Mr.アニリンくんが聴いたら、もっと違う印象をもつだろう。
彼にとって、辛島美登里さんは、もう歴史の人かもしれない。
中小規模のCDショップから辛島さんの棚が消えて久しい。
辛島さんの『サイレント・イブ』を、彼は知っているだろうか？
僕らの世代なら、よほど音楽に疎い人でも『サイレント・イブ』の主旋律くらいは聴き覚えがあったものだが……。
世代のギャップがあるから音楽は面白い。
こういうのを、僕は否定的にはとらえない。
とらえたくない。
ふむ――
今日は、久々に日記らしい日記だ。
たまには、こういう『道草日記』も、いいかもしれない。
|
|
|
|
2004年11月8日 (月) |
12歳のジョージアちゃん |
どんなに酷いことをされたとしても、誰にされたかで印象が変わってくる。
暗愚な親爺にされたのか、無垢な少女にされたのかで、様相は大きく変わってくる。
たとえ、結果が、どちらも同じように深刻で、悲惨で、不幸であったとしても……である。
何の話か？
――アメリカ大統領選挙のことである。
結果は共和党の現職ジョージ・ブッシュ（George Bush）候補の勝利――
現アメリカ政権の中東情勢に対する積極介入方針は、今後、しばらくは維持される見通しとなった。
政治の話を感情論に突っ走って書いても、ろくなことがない。泥仕合いに陥るだけである。
だが、今日は敢えて感情論に走ってみようと思う。
もちろん、単純な感情論ではないけれど……。
昔むかし、ある国で前代未聞の大事件が起こった。
飛行機がビルに突っ込み、大勢の人が命を落としたのである。
その国の偉い人は、すぐに犯人を捕まえ、きつく罰を与えた。
ところが、事は、それだけではおさまらなかった。
――もっと悪い奴がいる。
と、いうのである。
その「悪い奴」とは「大量破壊兵器」なるものを持っていて、再び、その国に悪さをしようと企んでいるのだという。
自国の民が、自分の目と鼻の先で、大勢、殺された。
そんな光景は、もう、二度とみたくない。
だから、今度は、先制攻撃を仕掛けよう。
――正当な理由がありません。
と諌言する者があった。しかし、その国の偉い人は、
――構うものか！
と、いった。
――そもそも、あいつはパパの仇だ。いい機会ではないか。パパの無念を晴らしてやる！
そう喚き、その国の偉い人は、「悪い奴」のもとに大軍を派遣し、罪のない大勢の人々を巻き添えにした。
その「偉い人」が、実は、12歳の無垢な少女だった――というのなら、おそらく、
（――しょうがない）
と、僕はあっさり許してしまう。
もちろん、感情論的に……である。
同じことを、58歳のジョージ・ブッシュさんがするか、12歳のジョージア・ブッシュちゃんがするかで、少なくとも僕の態度は180度、変わってしまう。
12歳のジョージアちゃんだったら、
――正しい決断を迫らなかった側近たちが悪い。
のである。
もちろん、どちらでも事態の無惨さに変わりはなく、非常に罪なことには違いないのだが……。
ちなみに、12歳のジョージ・ブッシュくんなら、どうか？
多分、許さない。
自分が12歳だったときを振り返ると、やはり、とても許すことはできないだろうと思う。
もちろん、自分とて同じ過ちを犯すかもしれない。
しかし、だからこそ、なおのこと、許せないのである。
ところで、なぜ「12歳」にこだわるのか？
それは、戦後のGHQ（General Headquaters）の司令ダグラス・マッカーサー（Douglas MacArthur）が「日本人精神年齢12歳説」を唱えたことによる。
マッカーサーの真意には諸説があり、一概に日本人を侮蔑したものではないとする向きもあるのだが、普通に考えれば、かなり浅はかな発言といってよい。
いったい何を根拠に「日本人精神年齢12歳」なのか？
ちなみに、いまのアメリカ政権の精神年齢は十分に「12歳」である。
もちろん、これは日本人的価値観に基づいた上での話であって、いまのアメリカ政権が、客観的にみて、
――精神年齢12歳。
などと主張するつもりはない。
そんな資格は誰にもない。
同じことが、マッカーサーにもいえたはずである
彼は、当時のアメリカ人的価値観に基づき、「日本人精神年齢12歳説」をぶちあげたに過ぎない。
そんな、
（いわんでも、いいこと――）
を、いってしまう当たりが、日本人的には十分に「12歳」である。
後年の僕が、そう感じていることを、マッカーサーは受け入れるだろうか？
おそらく、受け入れないだろう。
それでよい。
その程度のつまらないことである。
しかし、「日本人精神年齢12歳説」も、その程度につまらないことだということは、明確に主張しておきたい。
先ほどの感情論的イラク戦争談義に戻ろう。
いずれにせよ、イラクに住む多くの人々を不幸にしているのが12歳のジョージアちゃんである、という物語なら、まだしも絵になる。
けれど、実際には58歳のジョージさんだというのだから、救いようがない。
しかも、これは物語などではなく、現実に起こっている出来事である。
「12歳」を、せめて「22歳」くらいにしてもらいたい。
――でないと、イラクを中心とする中東情勢は、混迷の度合いを増すばかりである。
|
|
|
|
2004年11月7日 (日) |
小説世界の原風景 |
僕は小説家になりたいと思っている。
だから、というわけではないが、僕は、この世の全ての人には、小説家の素地があると思っている。
この世の全ての人が、小説家になるに相応しい物語を、心の奥底に抱えているのだと思っている。
ただし、そうした物語は、通常、顕在化はしない。外界に向かって表現する必要性が感じられないからである。
だから、多くの人は小説家になったりはしない。
「ならない」のであって「なれない」のではない。「なる必要がない」だけである。
昨日の『道草日記』の句――
ぬばたまの闇に匂ふは乱るらむ
剣と炎と艶の姫ぎみ
は、僕が詠んだ。
十八、九の頃である。
当時の僕の抱えていた物語が、なぜか短歌の形をとって、外界に発信されたのである。
「ぬばたまの」は、「黒」「髪」「闇」など、夜に関する言葉にかかる枕詞で、格別の意味はない。
「匂ふ」は「にほふ」とよみ、「匂う」の古語である。艶のある美しさを指し、「女性の色香が匂う」という意味で用いられることがある。
「乱る」は「みだる」とよみ、「乱れる」の古語である。「入り交じる」とか「だらしなくなる」という意味であり、ときに「思い悩む」という意味で用いられることがある。
「らむ」は現在推量の助動詞「らむ」であり、現在、起こっている事柄への原因や意義の推量である。
百人一首の中に、
ひさかたの光のどけき春の日に
しづごころなく花の散るらむ
という有名な句があるが、この「らむ」は「乱るらむ」の「らむ」と、ほぼ同じ用法である。
「剣」や「炎」は、そのまま「けん」や「ほのお」とよむ。
一方、「艶」は「えん」とよむ。「つや」とよんでもいいのだが、音の関係から「えん」とよむことにする。
だから、昨日の『道草日記』の句は、
――漆黒の闇に色香がただよっているのは、思いが千々に乱れているからであろう。剣を握り、炎のように気性の激しい艶のある姫ぎみが――
くらいの意味である。
これが僕の小説世界の原風景であった。
もちろん、ここで表現された内容は、その原風景のごく一部に過ぎない。いわば断片である。
面白いのは、小説世界は、こうした断片が膨らんでいって完成するのではない、ということである。何となくフツフツと醸成され、朧げに形を成したものが、あるときを境に一気に結晶化する。
ひと度、結晶化してしまえば、後には退けない。
どうにかして、外界に向けて発現させないといけない。
もちろん、誰かに依頼されたわけではない。
とにかく、発現させないといけない、と思うのである。
「頼むから止めてくれ」
といわれても、表さずにはいられない。
アメリカの人気TV番組『Inside The actor's Studio』（邦題『〜自らを語る アクターズ・スタジオ・インタビュー』NHK）で司会を務めるジェームズ・リプトン（James Lipton）さんが、
「なぜ、俳優は演技をするのでしょうか？」
という質問に対し、こう返していたのを思い出す。
――俳優は、観客に拒まれても、観客に奉仕せずにはいられないのです。
小説家も、まさに、それと同じである。
読者に、
「頼むから止めてくれ」
といわれても、つい、書き続けてしまう――そういう人が小説家なのだ。
僕の場合、幸か不幸か、もう、そういう状況に追い込まれてしまっている。
冒頭の句が、僕の小説世界の原風景の臨界点であったわけだ。
もちろん、プロならば話は別である。
プロは、ただ書いていればよい、というものではない。売れるものを書かなければならない。
しかし、売れるかどうかという点は、本来、小説家には、どうでもいいことのように思える。
真の小説家がプロの小説家である可能性は、必ずしも100％ではないのではないか？
そういう気がする。
|
|
|
|
2004年11月6日 (土) |
ぬばたまの |
今日の一句――
ぬばたまの闇に匂ふは乱るらむ
剣と炎と艶の姫ぎみ
歌の意味については、明日――
|
|
|
|
2004年11月5日 (金) |
脱いでも凄い？ |
美しい女の人を、男サイドから、身勝手にみさせてもらうとき、つい、思ってしまうことがある。それは、
――この人は、いま、こうしてここにいるから、美しいのだな。
と、いうことである。
昔、
――私、脱いでも凄いんです。
というコピーがはやった。
しかし、あれは、どうも嘘っぽい。
もちろん、「嘘っぽさ」も魅力の一つだから、コピーとして全く駄目だなどというつもりは、ないのだが……。
ちょうど、このコピーがはやっていた頃、ある男性ライターが雑誌に面白い一文を寄せていた。どんなライターで、どういう雑誌だったかは忘れたが、高尚な雑誌でなかったことは、たしかである。
仕事でアダルトビデオ（AV）の女優（あるいは風俗店の女性）と混浴をした。もちろん、こちらも向こうも全裸である。
ところが、その女優さんとは、それが初対面――
だから、なのか、
――不思議なくらい、スケベ心が湧いてこなかった。
という。
その後、風呂から上がり、服を着て、再度、対面――
すると、
――今度は、すぐにスケベ心が湧いてきた。この女優と一緒に風呂に入ったんだと思うと、急に興奮してきた。
のだそうである。
これを読んだときに僕が思ったのは、この逆はあるのだろうか、ということであった。
普通に服を着て対面し、
――ああ、この人は綺麗だな。
と思ったとする。
……で、次の瞬間、何かの事情で、風呂場で対面することになる。もちろん、互いに全裸で……。
そのとき、
――私、脱いでも凄いんです。
とは、決してならないだろうなと、僕は思った。
男が、女性を美しいと思うとき、その美は多分に文脈（context）に依存している。
駅のホームで電車を待っているという文脈――
幼子の手を引き、歩いているという文脈――
花屋の店先で客の相談に応じているという文脈――
レストランでウエイトレスとして料理を運んでいるという文脈――
婦人警官として街頭をパトロール中であるという文脈――
いずれも、そうした個々の文脈の中で、適正な魅力を放っているからこそ、その魅力が女性の美として認識されるのだと思う。
もちろん、女性が、女性に対して同じようなことを思うときには、かなり違った視点によるものと思われるのだが、少なくとも男が――少なくとも僕が――女の人を美しいと思う心的メカニズムは、上記の通りである。
だから、AV女優は凄い。
とりわけ、一切の文脈なしに画面に現れ、それでも女性としての魅力を失わずに強力に放っている人は、本当に凄いと思う。
そんなAV女優、なかなかいないと思うのだが……。
この夏に公開されたチャン・イーモウ（張芸謀）監督の映画『LOVERS』の中で、女優チャン・ツィイー（章子怡）さん扮する盲目の踊り子が、遊廓の中で、次のようにいい放つ。
――ここの花は造り物。本当に美しい花は野山に咲く。
AVを現代の遊廓の亜型とみなすならば、この台詞は、今日の実情をも、よく照らし出している。
全ての文脈を削ぎ落とし、女性の性として魅力を全面に押し出そうとすると、かえって女性の本来の美が――性的な美でさえ――損なわれるというパラドクスは、決して故のないことではない。
どんなにAVにはまり込んだ男でも、ある年齢を境に、全く見向きもしなくなるという。
大人になったからとか、分別がついたからとかではない。
単に物足りなくなったからだと、僕は思う。
|
|
|
|
2004年11月4日 (木) |
恋は積極的に！ |
昨日の『道草日記』で、少年が少女に――ではなく、男が少女に――恋をする話を書いた。
実は、そういう小説を書き上げたばかりだった。
書き上げたといっても、まだ8割くらいの出来なのだが、とりあえず、物語としては一応の完成をみたと思っている。
ミステリー小説である。
もちろん、「式部たかし」名義である。「マル太」は小説を書かない。少なくとも単独執筆はしない。
実は、ミステリーは生れて初めて書いた。
僕にミステリーは書けないと思っていたのだが、思い切って書いてしまえば、何とかなるものらしい。
近いうちに、どこかのサイトで公開することになると思う。
関心のある方は、是非、ご覧頂きたい。
ミステリーなので、もちろん、男が少女に恋をする話がメインになる訳ではない。
書いていたら、自然と、そういう話が副産物になってしまった。
実は、男が少女に恋をする話は、よそのジャンルで、散々にやったことなので、僕としては、かなり不本意である。
（なんで、そっちに話がいくのだ？）
と、ひとしきり、悩む。
昨日も書いたとおり、これは僕が悪い。
まだ少年だったときに、ちゃんと少女に恋をしなかったツケであろう。
――少年諸君！ おじさんのいうことを聞け！ 恋は積極的に！
などというと、僕より年上の人は失笑するだろうか？
でも、本当にそう思う。
あとで悔いても遅い。
こうなったら、とことん、男が少女に恋をする話を書いてやろう。
男が女を愛する話と同じくらい深い話にしてやる。
すでにお気づきのことと思うが――
そうである。
今日の『道草日記』は、ちょっとアグレッシブである。
なぜか？
実は、昨夜、小説を書いていて、徹夜をした。
徹夜の昂揚感は久し振りである。
きっと、あとで後悔するだろうな。
徹夜明けに日記など書かなければよかった、と――
まあ、いいや。
|
|
|
|
2004年11月3日 (水) |
なぜ、少年は少女に…… |
――なぜ、少年は少女に恋をするのか？
もちろん、この問いは、「少年」と「少女」とを入れ替えても、同じくらいの重大性を帯びるのだが、とりあえず、僕は男なので「少年」を主語とする。
――答え、それが生物学的摂理だから。
というのは、どうにも嫌な答えだ。
つまり、種の保存のために、男は女に自分の子を孕ませるよう、プログラムされていて、思春期になったら、自然と女に関心を抱くようになる――という考え方は、どうにも嫌である。
まあ、これが真実だったとしても、絶望したりはしないけれど……。
僕は、小説を書く。
ところが、実は、少年を主人公にした物語を、僕はここ10年、書けないでいる。
理由は、おそらく、
――なぜ、少年は少女に恋をするのか？
の問いに、僕なりの回答を得ていないからだ。
回答を得ていない理由は、僕が少年だった頃に、あまり積極的に恋をしなかったからだろう。
もっと積極的に恋をすればよかったと、いまは思っている。
だから、いまの僕が小説を書くと、どうしても「男」が「少女」に恋をする物語になってしまう。
――なぜ、男は少女に恋をするのか？
（そりゃ、ロリコンだあ！）
という指摘はもっともだけれど、僕にとっては、やり残してしまった大きな宿題みたいなものだから、逃げる訳にはいかない。
とりあえず、暫定的な答えとしては、
――未知なる存在への知的好奇心による。
と、しておこう。
やはり、少年にとって――いや、全ての男にとって――少女は、永遠に未知なる存在なのだと思う。
僕は、よく少女を主人公に物語を書く。
未知ゆえに、主人公に据えたがっているのは、間違いない。
それは、既知の少年や男では、格好よいキャラクターに描けないからというのが主な理由なのだが、未知の少女だからこそ、楽しく描けるという点も大きい。
――なぜ、少年は少女に恋をするのか？
――答え、少女が未知なる存在だから。
うーん。
ちょっと、お上品過ぎる答えだ。
そこに性が絡まないわけがないだろう？
いかに性を絡ませるのか？
それこそが重要な問題なのであるが……。
答えは、なかなか、まとまらない。
|
|
|
|
2004年11月2日 (火) |
ロリコンの夢、一千年 |
ロリコンとは、ロリータ・コンプレックス（Lolita complex）の略で、
――成人男性が、少女にしか性欲を感じないこと。また、そのような人。
を指すのだそうである（講談社『日本語大辞典』1989年）
ロシア生まれの小説家ナボコフ（Nabokov）が、1955年に発表した小説『ロリータ』に由来する。
僕は、『源氏物語』の『若紫』を読むとき、どうしても、このロリコンの概念に絡まれてしまう。
病の祈祷のために山村を訪れた光源氏は、庭で遊ぶ美少女を盗み見る。
――うち語らひて心のままに教へ生ほし立てて見ばや
とあるので、
（親しくなって、意のままに教え育てあげて、面倒をみたいなあ）
ということである。「面倒をみる」というのは、自分の妻として生活を保証するくらいの意味だから、もう少し、明け透けに訳せば、
（うまくたらしこんで、自由にあやつって、ものにしちゃいたいなあ）
と、いうことである。
ちなみに、マンガ家の江川達也さんの訳は、
――親しく交わって、私の意のままに教え育て上げて、Hしたいなあ
である（江川達也『源氏物語』第5巻『若紫』）
「見ばや」を露骨に訳すところが、いかにも江川さんらしい。
当時、光源氏は20歳前後――
一方、美少女のほうは10歳――
この美少女が、後に『源氏物語』のヒロインとも目される紫上その人となる。
前述の「ロリコン」の語意に照らせば、
――少女にしか性欲を感じない
というのがロリコンなのだが、光源氏は、そうではない。
その証拠に、光源氏が10歳の紫上に懸想する理由として、
――かの人にも通ひきこえたるにや
とある。
「かの人」とは、義母・藤壷宮のことであり、光源氏よりも5歳程年上であった。
実は、このときの光源氏は藤壷宮に夢中なのである。
しかし、義母を愛するわけにはいかないので、その面影を求め、幼き日の紫上にアプローチする。「かの人にも――」の一文の直前には、紫上が藤壷宮の姪にあたることも明かされる。
もちろん、光源氏が10歳の少女に性を感じ取ったであろうことは間違いないのだが……。
どうなのだろう？
はたして、いわゆる「ロリコン」を、前述の辞典通りの意味に用いている人が、どれくらい、いるのだろうか？
むしろ、希なのではないだろうか？
少なくとも、僕の周囲では『若紫』にあるような感覚で用いられることが多いように思う。
つまり、
――通常は性を感じさせない少女に、つい性を感じてしまうこと。また、そのような人。
辞典通りの意味でのロリコンは滅多にないだろうが、この意味でのロリコンだったら、多くの男にあてはまり得ると、僕は思っている。
僕自身は、どうかって？
それは、内緒――
いつぞやの『簡易掲示板』を、ご覧あれ。
ところで、このときのボタンの掛け違いが、晩年の紫上を残酷に苦しめることになる。
光源氏が、自分の面影を通し、藤壷宮に想いを寄せていると考えた紫上は、それまでの光源氏の事実上の正妻としての自信を打ち砕かれ、えもいわれぬ寂寥を感じる。
作者・紫式部は、こうした展開を予め見通してから『若紫』を書いたのだろうか？
もし、彼女にインタビューができるなら、この点を真っ先に質問したい。
『源氏物語』が今日もなお鬼気迫る人間模様を伝えるのは、登場人物たちの心理描写の普遍性による。その普遍性は、時代をこえ、境遇をこえ、思想をこえ、僕らの価値観にしみ入ってくる。
少なくとも、『若紫』の光源氏が、幼き日の紫上にみてとった感覚を、つぶさに述懐する現代男性を、僕は知っている。
ロリコンの夢、一千年――
ナボコフが『ロリータ』を発表する遥か以前に、ロリコンの原形があった。
それを、我が国の女流作家が紡いだ、というところが面白い。
というわけで、日常的な意味での「ロリータ・コンプレックス」は、「若紫コンプレックス」とでも呼んだほうが、僕にはしっくりくる。
|
|
|
|
2004年11月1日 (月) |
人の心を動かす文章 |
うまい文章とは何か、簡単には説明できない。
おそらく、定義は各人によって異なる。
行間の情感こそが「うまい文章」の基本だという人もあれば、軽快でリズミカルな文章こそ「うまい文章」だという人もある。
僕自身に確固たる基準はない。
とにかく、人の心を動かす文章が「うまい文章」だと思っている。
――そんなの当たり前じゃないか！
と思った人は、まともである。
もちろん、大事なのは、どうやったら「人の心を動かす」か、ということだからだ。
嘘がない――というのが、「うまい文章」の必要条件であると思う。
経験不足の人が書いた文章には、必ず「嘘」がある。
――いや。嘘なんか書いてないよ。
という反論はわかるのだが、この「嘘」は、大抵の場合、本人が気付かない嘘である。
例えば、本当は、こんなこと思ってもいないのに、決まり文句という理由だけで、つい加えてみたり、あるいは、いまさら、こんな当たり前のことを主張したくはないんだけど、他に書くことがないから、つい加えてみたり、といったことである。
語彙や修辞について、とやかくいう人があるが、そういうものは、たくさん読んで、たくさん書けば、自然と身につくもので、初心者が気にする必要はない。
今日付けの朝日新聞『天声人語』は良かった。
「良かった」などと僕がいうのも、おこがましいが、本当に良かった。「嘘」がないと思ったからである。
香田証生さんのことを書いていた。
イラクで人質になり、結局、無惨に殺されてしまった香田証生さんのことである。
まず、冒頭、
――なぜ危険なイラクにあえて行ったのか、と問いただしたくなるような気持ちにもさせられた。
という。
僕も同じことを思った。
件の武装組織は、ほとんど犯罪組織だったといわれている。その組織に拘束され、カメラの前に座らされた香田さんが、小泉総理に向かって、
「すいませんでした」
と、謝っていた様子は、全国のTVで放映された。
「……あと、また、日本に戻りたいです」
と、呟いたことも、全国に伝えられた。
中東からの日本語の肉声は、いかにも頼りなく、弱々しかった。
香田さんは、いわゆる「自分探し」で、イラクに赴いたと考えられている。
まだ、二十四歳だった。
生きることの意味を探し、敢えて危険な地に向かった。
本当は「生きることの意味」など、日本国内のそこらじゅうに転がっているのだが、二十代の頃は、それに気付かない――
気付けない。
ニュージーランド在住だったという。
おそらく、日本語のメディアに十分に触れることなく中東入りしたことが、災いした。
イラクの危険をリアルに認識できなかったのだと思う。
そんなことよりも、今後、自分がどういきていくかで、いっぱい、いっぱい――だったのだろう。
――そして「日本に戻りたい」とつぶやいたとき、生きつづけること自体の価値を悟ったのではないだろうか。
と『天声人語』は語る。
ようやく「自分探し」が終わったと思ったら、殺された、とも――
結びは、
――不条理との思いが募る。
という一文だった。
香田さんへの複雑な思いが、よく表れている。
決して、きれいごとだけではない思いが、よく伝わってくる。
――不条理との思いが募る。
僕も、まったく同感だ。
二十四歳だったときの自分を振り返るとき、香田さんのことは、決して他人事ではない。
多くの人が、香田さんの無惨な幕切れに、若き日の自分の焦慮を重ねたと思う。
今日の『天声人語』は、人の心を動かした。
|
|
|
